この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2013年05月

自分を見つめ 浄化をしてきて 私は 宇宙に 地球に愛されていることを思い出したけれど 未だ、それを思い出せない人がいる現実がある。

生きることに精一杯で 思い出すことすらできない人たちがいる。

自分は恵まれていると思うと同時に そんな人たちに 光を灯したいと思う。
今、私に何ができるかを問われると 自分の光りを拡大すること、違う場所でも灯すこと。。。

私が ライトワーカー、ヒーラー だと 主張しなくても ただ 自分の光りを広げていけるのなら それでいいと思う。


本来なら この地球に住む人類は皆、自身の中に光を持つ神の子なんだ。

自分が光りだと思い出せば 何でもできてしまうんだよ。

思い出すには 内側の種に光りを点火する必要がある。

私は 光りを点火させることができる。

言葉で 指先で 目の動きで…


だから 私は 今日も動く。

人間には感謝の段階があるなあ と思います。


何かをしてもらったら感謝するのは 基本ですが 感謝できない人もいるし、迷惑だ って考える人もいます。

何かをしてもらったら 感謝をするんじゃなくて 何もなくても 感謝する気持ちを持つ人がいる。

生かされていることに感謝できる人。

宇宙そのものに感謝できる人。

考えれば切りがないけど


できるから いいということではなくて

ただ その人の学びの段階だなあ と思うんです。

何かの本を読んだり 講演会に行ったりして 感謝しなさいって教えてもらったとしても 自分の内側が腑に落ちないと 内側から感謝の念が湧いてこないもんなんですよね。

そこを無理して『感謝しなくちゃ!』と思考だけで動こうとしても 実践できないと思うんです。

『感謝』でも『愛』でも 〜しなければいけないものではなく ただ ただ 湧き上がってくるものだから できないからといって 卑下することもなく ジャッジせず 今の自分の段階を楽しんでいれば 何かの気付きにおいて 違う感謝の念が湧き上がってくると思うんで そのまま 身を任せればいいんじゃないのかなあ〜 なんて思いました。

みんなみんな 成長段階にあり 良いも悪いもない。

人類みな兄弟\(^o^)/

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