この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2013年07月

情報は すべて 内側から入ってくる。。。



自分の内側を見つめて 内観、浄化をしていくと エゴが薄くなり 自分の宇宙と繋がります。

そして 真実が ダイレクトに伝わってきます。

自分自身のこと。。。

これからの未来のこと。。。

すべてが 内側から情報として降りてきます。



だから テレビもニュースも観る必要がなく 本もネットもいらないです〜


まあ コミニュケーションツールとして PCは存在しますが そのうち テレパシーが発達してきますので いらなくなるでしょうね〜


と まあ シンプルになってきます。

断捨離できちゃいますよ♪



チャネリングは どこかの世界にアクセスすることになりますが それは 自分の宇宙にアクセスするわけではないから 信実…ではないでしょうねぇ

また、能力開発して そうなるわけではないので 安心ですわね〜


てなわけで 私は 内観、浄化をおすすめしま〜す


頭のお喋りがなくなりますよ〜

心の浄化がある程度、済んでくると 周りの物への感謝の想いが込み上げてきて その想いを表したいと思うようになった。

そして 内側から 湧き上がる愛を実践したいと思った。

それは 自然のこと。

それは 自分に向けて放出されるものではなく 他者に向けてなされること。
私は 元々 人間と関わることが苦手であったため その湧き上がる愛をどう扱っていいのかがわからなかった。
だから 宙ぶらりんになったんだ。
だけど その後 ツインとの統合を果たしてからは ツインが導いてくれて 人との関わり合いの中 自分の得意分野(ヒーリング)で 他者に対しての奉仕ができるようになった。
すると どんどんと 内側から愛が湧き出てくるんだ。
与えれば与えるほど 奉仕すれば奉仕するほど 身体が熱くなり 愛を伝えたいと思うようになった。

そして グラウディングができてきた。

地球にも宇宙にもしっかりと繋がっているのを感じるようになった。

その愛は奉仕の愛。 掬い上げる愛。抱きしめる愛。

スピリチュアルでは何かと 人の自由意志を尊重して…と言われるけれど

人とはどんな人のことを指すのだろう…

今 目の前で 流れていく人を見て 『人の自由意志を尊重して 救われるようにお祈りをしましょう』と言うのでしょうか?

お腹をすかせている我が子の自由意志を尊重して その子が 自分で食物を得ることができるまで 見守るというのでしょうか ?

自由意思を尊重されるのは 自立した大人です。

奉仕とは 目の前で倒れている人を 抱き寄せ 立ち上がらせる行為だと思います。
立ち上がる勇気を持たせる、自立の仕方を教える、導く行動だと 思います。
あまやすことではなく 自立するまでの手助けをすることだと思います。

人は 教えてもらえないとできないことがあります。
それを 教えることは自立した大人の義務だと思ってます。



私は そんな人たちの足になりたい、手になりたい。
それが 私の喜びです。

人間として生まれた以上 、持って生まれた5感を生かして生きていきたいです。
あ でも 得意分野は 5感以上の部分です^^


追記


人から教えられても それを簡単にできる人と努力が要する人がいます。

努力を要する人には 最初は 付きっきりにならなきゃいけない場合があります。
でも もう 付いていなくても大丈夫だと思ったら 手を離せばいいのだと思います。
その見極めが 大切ですね。

親の役目は子供を育てること。

義務とも言うべきことです。

自分の子育てが原因で子供がうまく自立できない場合があります。

そして 自分(親)が スピリチュアルを学び 自分の子育ての仕方が原因だとわかる場合があります。

スピリチュアルでは自由意志を尊重する と言われます。

そして それを鵜呑みにして 自立していない子供の自由意志を尊重する、見守る、祈る と言います。。。


それって 子育て放棄じゃないでしょうか?


その時点から
子育てのやり直しをするべきだと思うのが 親ではないでしょうか?


甘やかすんじゃないです。
育てるんです。

ちゃんと 自立できるように育てるんです。

育て直しをするんです。
また、子育てをさせていただけるんですよ


子供を自立できるまで育てるのが 親の義務だと思います。

何歳になっても 子供は子供です。

親ならば 自立できるように ちゃんと子育てしてください。

スピリチュアルに生きるとは自分だけスピリチュアルに傾倒しているのでなく まずは家族を調和に導くように実践することなのだと思います。

スピリチュアルは調和です。

調和なくしては何も生まれない。


子育てができて、家族育てができて それから 外に、他者との調和を保てるようになれるといいですね。


まずは 子育て、家族育てですね

こうやって考えると 感謝感謝と言っても わき上がる感情だから 感謝しなさいと言われてできるものではなくて 感謝の気持ちができるような過ごし方をすることが大切だなあ と感じます。
そして 感謝の気持ちがわき上がるような教育が必要だなあ とも思います。それには 謙虚であることが望ましい と感じますね
謙虚さは人を成長させるから。

この世で起こるすべてのことは 自分を成長させるために起こるのであって 決して 自分を落とすためにあるのではないということが気付かされたことが 大きいです。

世界中の人たちに気づきが訪れますように

世界中の人たちが平和でありますように

感謝しなさい 感謝しなさいと言われても 感謝できる心の姿勢がないと 感謝を感じることはできないんです。

その 心の姿勢とは『謙虚であること』なんです。
だから 簡単に言うと

子育てにおいても、仕事においても 『謙虚さを持てる』ように 育てることが必要なんです。

謙虚さがないと感謝しなさい とか 言われても 腑に落ちないし感謝できないんですね。

だから 謙虚な心を育てることが 人間として 必要なことだと思うんです。

芸能界の子役で自分のことをボク、ボクと呼ぶ 悟りを開いたようなことを言う子供がいますね。

彼女は典型的に謙虚さがないと思います。

確かに いいことはいいます。

でもね 目上に対する心配りがないんです。

自分の親よりも年上に向かって タメ口ですから。
そんな子供の意見を聞いて 涙を流している大人… 私からしたらあり得ないです。

謙虚さがあるから 学ぼうと思う。
人の話を聞けるのです。

なぜ、人間に生まれてくるかといったら、謙虚さを学んで成長するためだと思うんです。


人間の心の中に神聖がある。
だけど、人間は神ではないんです


あの子役の子においては 親が謙虚さをしっかり教えていれば もっと 調和を持った話の仕方ができたのではないかと思います。

でも 親が謙虚な心を持てずに 子供にだけ 謙虚を教えようとすると 謙虚なふりをする人間に育てることになります。

それが、裏表のある人間をつくることにもなりますね。

だから まず 自分が謙虚であることを常に心がけていきたいものですね。


私は 今の自分は人に対してごう慢じゃないか、謙虚さはあるかと 定期的に 確認しています。
そういう時には わからせるような出来事が起こります。

そして 学び、修正する。
日々、その繰り返しです。



人間は神にはなれないけど 神に近づくことはできます。

愛することがわからないのは 愛されたことがないから。。。


愛するってことは

ただ 好き って感情だけじゃなくて


愛する気持ちを行動に、形に表すことなんだよ。

魂だけでいるんじゃない。

今 私たちは身体があるんだ。

抱き締める手があり 駆け寄る足があり 愛を伝える口があるんだよ。


本当に 愛している人がいるならば 全身を使って愛を表現するんだよ。。。



それが 本当のグランディングなんだ。

親の背中を見て子供は育つ

と言います。


親が 周りに構わず 勝手気ままに生きていれば 子供もその通りに育つ。

親が 一生懸命 世のため 人のために働けば 子供もその通りに育ちます。


親が 働く姿はそのまま 子供は見ます。


働く と言っても 上司の愚痴を言って 〇〇〇が不満だ とか 〇〇〇はいけないだとか言いながら働けば 子供は 社会は 不満だらけだ、愚痴を言ってもいいんだと思い 社会に出たら その通りになります。


一方、 目標を持って 愚痴を言わず 置かれた立場で 忍耐を持って 働く背中を見せたなら その子供は 目標を持つことの大切さ 謙虚さを身に付けるでしょう。。。


子供に謙虚さを教えるには 言葉でなく 親が 身体で教える他ないでしょう。。。


今の子供は それがないような気がします。


と いうのは 私たち親が そういう 忍耐力、謙虚さがないからだと思います。


子供を育てるには まず、親が 見せる しかありません。


子育てで悩んでいる人、 自分が手本となって見せましょう。


自分ができないことを 子供に望むことはできません。

ネットに繋がらないと なんて 楽なんだ〜。


夏眠いいかも〜

と思っていましたら 何故か 湧いてきましたので アップしますね〜


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いつも 私がくどいくらい言ってるのは『謙虚に』『素直に』『感謝する』ですが


これは 今まで 生きてきて 行き着いたことなんです。

例えば 人間関係において 上司から頭ごなしに怒られたとします。

そこで 昔の私だったら 不満で心の中がいっぱいになり イライラして 他人に当たっていたり、自分はどうしてこんな風に怒られるのだろうと自己否定してました。

次に、スピをかじり出した頃は その不満を口に出すことを覚えました。
話を聞いてくれる仲間ができました。

そうして 次は その不満を浄化することを覚えました。
鏡の法則をよく使いました。
相手は鏡だから 相手の言葉は自分が自分に言いたいこと。
その想いを受け止めて 手離す。

これをすると 相手のことが気にならなくなります。
怒られても きょとん としています。。。

ここまでくると すごく楽に生きられます。

でも 私はまだまだ 進化をしていきました。

どんどん 心の浄化が進んでいくと 次は 自分の内側にある負の感情がほぼなくなってきました。

それに 人に対しても 執着しないというか 自分は自分、相手は相手と割り切って考えられるようになり
例えから言うなら

上司から怒られたことは 自分の学びであり それによって 自分を成長させるものだ と 思えるようになりました。

すべて この世で起きていることは 自分を成長させるために起きていることだから 進んで受け入れようと思えるようになりました。

すると 相手が変わります。
あれほど 自分に対して 怒りをぶつけていた人と 仲良く話せるようになります。

これが 宇宙の法則なんですよね。


そうすると 結局は 人間関係というのは

相手(上司)は 自分のいたらないところを教えてくださる人ということになります。
そこに 不満や愚痴が湧くと 心の葛藤を生みます。
だから とにかく 相手の話しは どんなことであれ 素直に謙虚に感謝をして聞く という姿勢を保たれれば 自分の心は穏やかにいられるということです。


もし、一方的に 相手が怒りをぶつけてきたとしても

自分が素直によく聞いて この方から学ばせていたこうという謙虚な気持ちを持てば 人間は成長できるのだということがわかりました。
そして 成長できたことで 相手に対して 感謝の気持ちが湧いてきます。



私の場合は 心の中にある負の感情を浄化させながら 相手を鏡として見て 日々 進んできましたが もともと 素直な謙虚な心を持っていれば 相手に対して 謙虚に接すれば さほど 人間関係は悪くはならないと思います。


結局のところ

どんなときでも どんな情況においても

この出来事を素直に受け止めよう
自分を成長させていただけることなんだと 謙虚に受け止め それに対して 感謝を形に表すことが大切なんだと思うんです。

感謝は心の底から湧きあがるものです。

ただ ありがとうと思うだけでなく 人間であるなら 口がついているんだから 感謝の言葉を述べる、伝える。

相手に対してだけでなく それを人にも伝えることも 人間関係において、大切ですし 沸き上がってきた感謝の気持ちを 言葉だけじゃなくて プラスαが大切だと感じるんです。
そこから 御中元や御歳暮が生まれたんだと思いますし、感謝を行動に表すこともひとつです。


すべては ありがとうという想いを 自分らしくどう伝えるか なんだと思うのです。

自分なら どう伝えるか考えてみてください。


言わなくてもわかる というのは宇宙人的発想です。


私たちは人間です。


人間らしく生きるために

『素直に』『謙虚に』出来事を受け止め
『感謝』を形に行動に表すのです。


『形に表す、行動に表す』根底にあるのは 愛であり感謝です。

見返りを求めるものではなく ただ 自分の内側から湧き上がる想いでなくてはなりません。。。



私は 浄化をしてきて 欲がなくなったから 簡単に 欲なく感謝を行動に表したり、形に表すことができるようになりました。
だから 心の中にまだまだ 欲が溜まっている人は 心の葛藤があるかもしれません。

だから、昔のことから順番に書いてきたんですよ。
わかってもらえるかなあ?




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