この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2013年11月

地球に対して貢献したいという気持ちは だれもが持って生まれてきている。


自分の個性、特性を生かして貢献をする。


スピリチュアルな才能に目覚めた者は そういう方面で貢献するし

ボランティアに生きたい人は ボランティアするし
お金をたくさん稼いだ人は お金で貢献してる。


何も していないように見える人でも
この世に生きているだけで 貢献してる人がいる。


この地球で 目の前のことに一生懸命に取り組み、乗り越える。

それだけで 地球に貢献できているんだ。


わざわざ 〇〇〇まで行って ボランティアをしよう!と思うよりも お金もかからないし 時間もかからない。

ただ 目の前のことに一生懸命に取り組み悩み考えて乗り越えていく 。。。
それだけなんだ。


そんな人の力が地球には必要だと わたしは思うんだよ。


仕事に一生懸命に脇目もふらずに取り組む姿は 美しい。


それだけで すごいなあ。。。
と わたしは憧れてしまう。



地球に貢献するって こんなことだと思うよ♪



だから みんなみんな 地球に貢献してるんだよ♪♪♪



自信を持って 前に進んでいきましょうね〜

ミクシーでアップしましたら コメントが入り それに対して わたしがコメントしたものを 記します。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

たとえば 保育園の先生は 年下だけど 先生だからと 丁寧に話をするのと 年下だからタメ口で 話をするのとでは 子供の受け取り方が違う。

母親が丁寧に話をしている人を子供からみて 子供ながらにわかると思うんだよ。
親が大切にしている人を大切にするものなんだ。
親の背中をみせるということはこういうことなんだ。

親が悪口を言っていれば 子供も悪口を言ってもいいと思うし
親が 誰に対しても ありがたい、ありがたい と話をしていれば 子供は 人っていいなと思うし 感謝もできるんだよ。

だから 子供に誰かの批判をするのはNGなんだ。
子供は その人を嫌いになるし、悪口を言ってもいい人間だと思うからね。

ごはんを食べる前でも 『いただきます』だけじゃなくて 『大地の恵みをありがとうございます。 お父さん、お母さん ありがとうございます。 いただきます。』だね。
だって 子供は お金を稼いでくることも 買いものにいくこともできないんだよ。親がいて 温かい食事ができて 温かいお布団で眠れるんだよ。

そうやって 子育てをすれば 親を批判はしないと思うよ。
子供はそうやって 育てるものなんだよ。

と わたしは思うんです。
それが 伝わらなかったのは 残念でたまりません。


と まあ 昨日 そんなお話をさせていただいた方がいるわけですが

この内容がわからない、聞く耳を持たない。。。


これって 基本的なことなんです。


そして こんな基本的な内容を教えるのに 講演と称して お金をいただく。。。?
わたしにはわからないんです。

お金をいただいてまで、話をすることじゃないでしょう。本を書くまでないでしょう と思います。


この世の中

どこかが狂ってます。

最近 人と話をしていて思うのは、 謙虚な人がいないなあ と 残念に感じます。

わたしよりも相手の方が 年下にも関わらず、タメ口。。。


私は 人とそういう接し方はしないので びっくりします。


目上を敬うということがわからないから 子育てもできないのでしょう。。。


目上を敬う、尊敬する、労る、
年下であっても 敬う、尊敬する、労る


それは、人として基本的なことです。


それができない人が多すぎる。



人に対しての言葉の使い方がわからない。
配慮がない。。。



言い出したら、切りがないくらいに 乱れていますよね。

この日本は。



自由を求めるよりも人権を求めるよりも
謙虚さを養うことが、大切だと思います。



批判はしたくありませんが、そんな配慮も謙虚さもない人間が これからの日本を支えられるとは思いません。

子育てができるとは思いません。



頑張りましょうという言葉は、
年下が目上の者に対して言う言葉ではないのです。。。


それがわからない人間が多すぎます。

今 わたしは、わたしの魂の成長のために生かされているだけなんだ。。。と 思えるのです。

これから 先 わたしはどこにいくのか わかりません。

でも わたしはわたしでいられると 安心して いられるのです。

必要な時に 必要なもの、人を与えられ わたしは生きていく。

ただ それだけなんです。
だから 今 与えられていることを 一生懸命にこなしていれば それでいいと思えるのです。

わたしから 何かをする ということは 今のところ 思い付きません。

だけど 何か、すると思います。

時期がきたら するんだと思います。

今は ただ 目の前のことを 一生懸命にするだけ。
ただ それだけ。



今、わたしは仕事をしていますが それは わたしをグラウディングさせるためにしていることであって お金を得たいというものではないのです。

グラウディングをする場所として この仕事をしているということなのです。

これは わたしが 体験したことです。


わたしが、ある 決心した時のこと。

その前には、悩んで悩んで。。。

悩むというよりも 迷っていたのかもしれない。

とにかく、 わたしは ある決断をしたんです。

決断したのは、わたしの心 だったと思います。

そしたら、
それから 一ヶ月ぐらい、ずっと。。。

頭の上で とにかく、声がします。

眠っていても、起きていても ずっ〜と。。。


これは たぶん 魂が話し合いをしていたんだと思います。


わたしが決断したことが 魂の行きたい道ではなかったんだと思うんです。

だから 修正するように 話し合いが行われた。


そして わたしは その決断したにも関わらず 修正されて ある場所に来ています。


でも わたしは また、決断をしました。


心と魂って別なんですよね。


けっきょくは 魂が主導権を握っているんだと思うんですが わたしは どうしても 譲れないことがあるから その方向には 行きたくないんです。


だから、決断した。


修正が入ることを覚悟で決断したんです。




魂は 正直です。
だから 行きたくない方には 行かないんです。
必ず 修正が入ります。

だから 魂の行きたい方向がわかるんです。


だから みなさんも 迷っていることがあったら どちらかに 決断してください。
修正されなかったら それが 本当の道なんです。

やってみてください。



ちなみに わたしは

本日、ある決断したら 速効、どっかん どっかんと 物が壊れる、あり得ないことが起こる。。。
前に進むのに 邪魔が入っています。


でも わたしは 魂よりも心を大切にしたい。


心で主導権を取りたいんです。


気のすむまで 魂に反抗したいと思います。



それも 愉し。。。

決心することが大切だと思う。

自分に約束したことは、守ることが大切だと思う。

いくら 心の中にエゴというものが あったとしても 自分が自分に約束したことは 守るべきだと思う。


それが 生きるということだと思う。


エゴがあろうとなかろうと 人は、一度 決めたことは 守るべきではないだろうか。。。


それが ブレない自分をつくる秘訣だと思う。

生きるための命を与えてくれた。


生きるためのすべてのことを教えてくれた。


生きることの素晴らしさを教えてくれた。


嵐で すくんでいるときは 肩を抱いてくれた。


辛くて、涙が止まらないときは 一緒に 泣いてくれた。


わがままいって困らせたときには ちゃんと、諭してくれた。


わたしが離れたときも 許してくれた。

いつも そばにいてくれた。


寄り添ってくれた。


はにかみながら、返事をするあなた。


どれだけの愛で包んでくれたかわからないほど 愛された。


何も、口にはしないけれどあなたの溢れる愛で包まれていた。


今 生きていけるのは あなたのおかげなの。


あなたに 愛されているから わたしは 生きていけるの。

他者への奉仕は 余録でいいと書きました。


他者への奉仕は つい、手が出る、足が出る。

頭で考えずに 身体が つい 動いてしまう〜

ことだけで いいと思うのです。


これなら ストレスかからないよね?


動機は愛だ。とも言われますが 魂の衝動。。。

魂の衝動で動かされるもの

それが 本来、人間がしたいことなんだと思うのです。

わざわざ 他者への奉仕と 分けることではないと思いますが

あまりにも 自分のことをないがしろにして、他者に尽くす人が多いので あえて 分けて書いてます。



魂の衝動だけで、生きていくのが 本来の人間の姿だと思いますが

それを抑制する社会形態や 前世からのカルマやこの世での育てられ方が 入り交じって 本人が 形成されますので

魂の衝動が気が付かない人も多いですね。

他者への奉仕は その余録でいいのです。


と 先ほどの記事で書きました。


世の中の人達は 自分を大切にせずに 物質欲、金銭欲が強い人がいるかと思えば 自己犠牲が強く、他者への奉仕をしている人がいますよね。


なんで?なんで?


どちらも自分自身を大切にするということができてませんね。


地球にしっかりと繋がると

地球に守られている、支えられていることが 身に染みて感じることができます。


そうすると 自分自身が何者であるか、何のために生きているのかが 自分の内側からわかってきます。


それが 本当の自分です。

本当の自分がわかってから 他者への奉仕をすることは 自分自身にストレスがかかりませんから どれだけしてもいいのです。

しかし そうなるうちから 他者への奉仕を行うと 喜びよりも ストレスを感じることになります。

ストレスを感じては 継続はできません。
できますか?
できないはずです。
辛くなるはずです。

結果、やめることになる。
すると、
相手は、あなたに期待をしていたのに、やめられると困りますよね?

嫌みを言われるかもしれない。
がっかりさせることになるかもしれないですよね?


結局 相手を困らせることに繋がるのです。


継続できないことを他者にすることは 相手を困らせることになるのです。

だから 他者への奉仕は 自分が 確実に 継続できると思えることにすることなのです。

無理して 他者への奉仕をしても 続かなければ 相手を困らせるだけなのです。


だから 余録でいいのです。


世界の人々が 地球に繋がり 地球からの恩恵が受けられますように。。。

ママ

ママ

ママ

大好きだよ


ママ

ママ

ママ

大好きだよ

僕は ママの笑顔目指して、飛んできた。

ママのお腹に入ったよ♪


だけど、僕が お腹に入ってから 泣いてばかりいる。。


どうして?

どうしてなの?

僕がいるのに、辛いの?


お外に出たら、僕が守るよ。


だから 泣かないで、


僕が守るよ。


僕は お外に出たら 真っ先に ママに笑顔にしてあげる。


だから、待っててね。


あと 10回、おねんねしたら

僕が守りにいくからね。

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