この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2014年02月

一生懸命にやってるのに、報われない。


って よく 聞きます。


どうしてなんでしょうかね?



それは、



心の根底に不安があるから。。
自信がないから。。

一生懸命の方向が、違うから。。。



ですね。



だから、一生懸命になる前に



自分に自信をつけましょう。

自信がついたら、方向は修正されますね。


そしたら、
自分に自信がつくってどうしたら いいんでしょ?



それは、


何か、継続できる何かを見つけて、ただ やり続けるのです。


毎日、コツコツ できることを始めましょうね♪



簡単でしょ?



人生はシンプルです。

個性を認めるってどういうことなんでしょうね?



自分がその個性を持ったらどう感じるんだろう?


客観的にも見てみます。

四方八方から見てみます。



たくさんのことがわかると思います。


長所、短所もあると思います。


そこで 自分は何ができるんだろう と考えてみます。


自分がその個性を持った時に 何をされたら嬉しいんだろう。
何を言われたら嬉しいんだろう。

何をされたら安心できるんだろう。
何を言われたら安心できるんだろう。



と考えます。


一生懸命に考えるんです。


その人の立場になって考え、実行するのです。


それが、個性を認めるということです。

人はみな 人間として成長するために生まれてきている。

すべての人は勇敢な魂なんだ。

この世に生まれてきていること自体が学びなんです。

どの人も そんな気持ちが根底にあるんです。

人は個性というものを持って生まれてきて、誰ひとり 同じ人はいなくて、得意なこと 苦手なことを持って生まれてきています。


障害とよばれる人も、ただの個性です。


だから、自分の得意な分野を伸ばして 人に教えてあげたり 苦手なことを克服するために『教えて』ってお願いしたりして 人と関わりながら 生きていくことが大切なことだと思うのです。



苦手なものを持っている人はそれがコンプレックスになり、人とうまく人間関係を築くことができにくい傾向にあります。


前記事にも書きましたが、
相手は鏡です。
相手が自分の内側を教えてくれます。
見せてくれます。


自分よりできない人を見て どんくさいと思ったりイライラするのは

「〇〇が出来ないことはいけないことだ」という自我が強いからです。

できないことが悪いことではないんです。

「できないことが悪いことだ」と思う心こそ直すべきことなんです。

イライラするのではなく、出来るまで待ってあげる姿勢 教えてあげる姿勢が大切なことなんです。


それが人と関わり合い 生きていくことです。


お互いに認め合って生きていく世の中になるように ひとりひとりが努力していきたいです。





わたしは、その想いでブログを書いています。

人は 自分ひとりでは成長できない。


相手がいてこそ成長できるんだ。

鏡がなければ、自分の姿は見ることができない。

相手がいなければ、自分の姿は見ることができない。



わたしたちは、愛する人の鏡となるために、生まれてきているし

自分の愛する人は 自分の鏡となるために生まれてきているんです。



愛する人の中に自分の姿を見てください。

人は どうして苦しみから逃れられないのか?


自分はどうして苦しみから逃れられないのか?

わかりますか?


答えは自分の内側にあります。



わたしがあなたの苦しみの原因は〇〇〇ですよ。と教えたとしても、自分自身がそうだったのか!と腑に落ちない限りは、なかなか そこから逃れられないようです。

自分自身がその答えがあるところまで到達することが大切なのです。


自分で自分のことがわからなくなると、人を頼って教えてもらいたくなると思うのですが
けっきょく わたしが教えたところで 自分自身が心の底からわからないと その苦しみから逃れられないんですよね。。。


は〜っ



原因を探る方法は『内観』というものです。



思考(考える)ではありません。

内観(心の内側を探る)です。


内観を思考とこんがらがっている人がいます。



思考はエネルギーを付ける行為です。

内観はエネルギーを外す行為です。

正反対の行為です。


間違えないようにしましょう。



頭のおしゃべり(思考)はやめて、内観をしましょう。

わたしは 人の心の奥底がわかります。

だから、相手の感謝の言葉が口先だけの感謝なのか、本物の感謝なのか わかり、その度に 傷ついてきました。

みな、嘘つきだ。

人は「ありがとう」と思っていないのに、「ありがとう」と言う。。。


口先だけの感謝ならいらない。。。



愛を欲しがり、人を憎み、わたしは そうやって 生きてきました。



人の心なんてわからなければいいのに!!!


そう思って生きてきました。



ありがとうの言葉に傷つく人間もいるんです。。。


嘘の愛はいらないの。

真実の愛が欲しいの。



わたしの 根底にはこの想いがありました。




今は、ないですよ♪


嘘の愛は見抜くけど、いちいち傷つかないです。
だって、相手自体が 真実の愛はどういうものかがわかっていないのですから。


愛は 求めるものではなくて、涌き上がるもの。。。


ただ、ただ 溢れる愛を伝えたい。。。

あとね
感謝は ありがとう だけじゃないんです。

自分の嬉しさ、喜びを表現する言葉ですから


『〇〇〇だからありがとう』

と、伝えるんです。



ご契約をありがとうございました。
〇〇〇してくれて、嬉しいです。
私を気にかけてくださり、ありがとうございます。


ここまで、相手に伝えてこその感謝なんです。

やらなければいけないと、強迫観念にとらわれるなら、やらなきゃいいんです。
意欲。。。やろう!意欲ならいいんです。

同じ仕事をするのでも、強迫観念からするのと、喜びを持ってするのとは違うのです。
だから、結果が違うのです。

わたしは、動機が愛ならば、いいと言っています。
自分の内側に喜びが満たされている中で 何かをする、仕事をする、スポーツをする のは 心にストレスは与えません。

だから、伸びる、成果がでるのです。

一方、心の中では やりたくない、イヤだなあという想いがあるうちは 結果は表れてきません。

でも 人は努力はつきものです。

『やらなければいけない』から『やろう!』と意欲に変わった時に 結果が現れます。

この世界は 自分の内側を見せてくれる鏡ですから。。。

感謝するといいよってよく 言われますけど、感謝って ほんとは 胸の奥から涌き上がってくるものなんです。

しなければいけないものではなくて、頭で感謝しようと思うものではなくて、勝手に、自動的に 涌いてくるものなんです。

この感覚があるのとないのとでは、大違いです。


感謝も愛も喜びも。。。自分の奥から涌き上がるもの。。。



自分が感謝の泉になるんです。

感謝をするということ。

さきほど FBでのやり取りで お相手の方の家が住みにくくて、ある方に視てもらったら 所有者の方の念があるようだ とのことだったため

下記のように お答えしました。



〇〇さんは毎日 今 氏神様にお詣りされていますよね?その時に 持ち主さまの心が安らかになっていただけるようにと 心を込めてお詣りをしてください。また、家にいるときでも こうやって貸していただけているから温かい暮らしができると家族間で 毎日、毎日 話をして感謝をしてください。持ち主さまの心が安らかになり、住みやすくなると思いますよ。 言葉はエネルギーです。伝わります。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


氏神様にお詣りをするというのは 置いておいて

住まわせていただけているという感謝が大切に思います。

持ち主の念があるからと、その人のせいにするのではなく

自分は そこに住まわせていただいているのだからと 謙虚な気持ちで暮らすことが大切です。

また、そこには ひとりで住んでいるのではないのですから 家族間で 住まわせていただけていることを感謝することが大切です。

わたしは いつも 家族で お食事をするときは

命の恵みをいただくんだから、残さずに食べようね と言って いただきますと手を合わせます。

子供はわからないから、親が教えるのです。

それと 同じで

誰かからのいただきものは 必ず その方に感謝していただきましょうとお話をしています。

これも、習慣です。

住まわせていただけるから、きれいに使いましょう とお掃除をします。

住まわせていただけるから 使い捨てしずに、直して使いましょうと直します。


その気持ちは、相手に伝わります。

必ず、伝わります。


おまじないではありません。


それが 感謝を表す ということなんです。

口先だけで ありがとう は伝わりません。

感謝を表すのは、身体で表すのです。

そのために 手があり足があり 口がついているんです。


肉体は 感謝を表すためのものなんだと わたしは感じています。

このページのトップヘ