この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2014年09月

「結婚や出会いを求めるんじゃなく、
本当の自分で生き始めた時、 必要な出会いがやってくる」



今日の鈴木真奈美さんのメルマガの言葉です。



そうだろうなあ と思います。


わたしは今日、30年以上ぶりに幼馴染みに逢う約束をしました。


でも 本当の自分を生き始めた時って。。。


『〜始めた時』に出逢い、再会って起こるんですよね。



まだ、始まりなんです。


メインじゃないんです。


今回のいろいろな騒動で
『自分のやりたいことをするためには 計画、準備が必要なんだ』

これに、気付きました。



宇宙って 勝手に、出逢わしてくれるわけではないんです。


計画、準備という行動をしているから

出逢いがあるんですね〜♪



導かれていると感じるのは、その行動が正しい方向だからです。


でも
停滞している。。と思うなら、やってる行動が違うんだということです。

自分をみつめて、行動していくことが大切ですね。



わたしは 最初に、中味を空っぽにしちゃったので あとは導かれるだけですが

まだまだ、自我に翻弄されている人たちは、自分の判断が必要ですね。

その際に、グラウディングというアイテムが必要になってきます。


グラウディングしながら進むと、自分の本当の生き方ができますよ♪

波動がどーたらこーたらと書くと、いかにも 不思議なことのように思えることかもしれないですが


合う、合わない

わかる、わからない

って、

ただ、毎日 当たり前のことをして生きていればわかることなんですよね。


朝、起きたら 顔を洗って、神様に手を合わせて
それから お掃除、お洗濯して 身なりを整えてから お食事する。

時間になったら、お仕事に出掛ける。


規則正しい生活をする。

夜更かししずに、暗くなったら眠る。


そんなことで、自分に合うもの合わないものがわかってくるものなんです。



食事も、腹八分目に押さえて、食べ過ぎず、好き嫌いを言わずに 楽しく食べる。


食事をする前には、命をいただくのだから、感謝をしてからいただき、食事のあとは、恵みをいただきましたと お礼をのべて 箸を置く。



そんな、当たり前のことができていない人が多いのかなと、思います。



主婦は仕事が家事だから、家事を一生懸命にして、

学生は勉学に励み、部活動も頑張る。

社会人になったら、お仕事頑張るのは当たり前。


次の日が仕事だというのに、飲み歩いたり、
用もないのにさ迷ったり、、、。

そんな風だから、仕事に身が入らないのだと思いますよ。


今では、夜でも遅くまで
開いているお店がありますが なんのためでしょう?


そんなに遊びに一生懸命で 仕事できるのかな?


ビデオやさん。。。夜でも子供を連れて来ている親がいますね。。。


返し忘れて慌てて夜に返しにいったら びっくりしました。。。



いい大人なんだからやめましょうよ。。。



書き出したらキリがないですね。。。


主婦が夜中に遊び歩くのもわからないです。

わたしは

強迫観念では、動かないんです。

動けないといったほうがいいかもです。


意欲がないと、身体が動かないのです。


身体がストップしちゃうの。


だから、他者から〜しなければダメじゃないか!と怒鳴られても、身体が動かないから それに答えられないんです。



そんな時には わたしは
自分を『意欲』がわくレベルまで 自分を上げてあげるのです。


瞑想でね☆


すると、ネジを巻いたかのように、身体が動き出す。


ロボットみたいに、スタコラサッサと動き出します。




だから わたしが合わない!という場所は、行けないのです。


身体が止まっちゃうと、運転もできないしね。



このように、身体が反応しちゃうんです。




他の人でもこれは、同じことだと思うの。


わたしは、〜しなければいけない領域に入ると、瞬時に 身体が止まってしまうけど

他の人は、〜しなければいけない領域に入ると、辛くなるね。

身体が悲鳴をあげるんだと思うのよ。

それを、まだ頑張れる!と動かしてしまうことで、病気になってしまうのだと思います。


無理をするんですね。


わたしは耐久性がないから、ボテっと倒れますが、他の人たちは、わたしよりもうんと耐久性があるんだと思うのです。



わたしにもそれなりに忍耐力は備わってはいますが、それだけ 身体や魂に正直なのです。



無理をすることは必ずしもいいとは思わないですね。




意欲があるから頑張るのと、
強迫観念から頑張るのとでは違いますね。



あと、身体が悲鳴をあげているのに、無理をしているのに、わからない人もいますね。。。


昨日、ヘビに憑かれていてもわからない人がいました〜


わからないから、そのまま進んでしまう。

おかしい、おかしいと思っても進んでしまう。



おかしいと思ったら、メールしてきてね。



すぐに視ますよ♪

何か行動することにおいて

〜しよう!と意欲を持ってすることと

〜しなければいけないと強迫観念ですること


では


同じ行動をしたとしても、結果は違います。



〜しなければいけないというのは、結果 苦痛に変わりますし


〜しよう というのは 喜びです。



人間社会において

『責任』

というものがあります。


『責任』あることを任されると人は、

〜しなければいけないっと思って、努力しますが


その努力も

喜びが前提であれば、苦痛は伴わないのだと思います。





どんなことでも 心の奥底に、喜びがあれば 頑張れるということですね。



努力の根底は、喜びからです。



だから ワクワクすることをしましょう〜

と、言うのかもしれません。



今日もよりよい一日でありますように〜

人として生きていく上にはどんな場合でも、上下関係があります。


目上の者をを敬い、目下の者を慈しむ。


敬うとは
相手を目上と考え,礼をつくしてふるまう。敬(けい)する。


慈しむとは、
弱い立場のものを,愛情を持って大切にする。いとおしむ。



魂は、平等ですが
人として生きていくためには、立場があります。


親や目上の者には、敬う心が必要ですし、
子供や目下の者には、慈しむ心が必要です。


友人同士でも、敬う心、慈しむ心は必要だと思います。



そうやって 相手を思いやる心を持つことで 人間関係はスムーズにいくのでしょう。




世間的に見ると、
弱い人をかばう、慈しむ心を持つ人は多いように思いますが、
敬う心を持つ人は、少ないように思います。



敬うことは、自分よりも目上の者だと認識をしないと出来ないことだと思います。

それは、自分が相手よりも劣っていると認めなければいけない、と思い込んでいるからではないでしょうか?

そこは優劣をつけることではないのです。

自分が相手に対し、どれだけ素直に感謝ができるかだけだと思います。


家庭においては、
親を敬うことを教えて、目下(妹、弟、下級生)の者を慈しむことを教えることが必要ですね。

その際には、親は 自分を律することが必要になってきます。




自分を律することができない大人が増えたから、家庭崩壊するのです。



とにかく、子育ては
自分を律して、親を敬うことを教えることですね。




親の背中を見て、子は育つとは そういうことです。

究極、人生の進め方は2通りあるのだと思う。


ひとつは
エゴ的欲求満載で、他人の迷惑を省みずに突っ走る生き方。


もうひとつは
自分のエゴ的欲求と向き合い、解放させて 相手を思いやることを考えて進む方法。



どちらも 正解、不正解はなくて

ただ、

宇宙の法則が働くだけのこと。。。



自己責任です。

エゴにはカルマがつきものです。



わたしのブログを読んでいる人は

そんなことできっこないよ!とか そんな理想的なことを!っと思われるかもしれません。


『自分を律すること』


これは、特に。。かもしれないです。


でも
自分の意識を上げるだけで、
自分の意識を変えるだけで、
出来ることなんです。



『自分を律する』

これをしたくないために、人は意識を変えないのかもしれません。



書かれていることはもっともだけど、実際にはできないよ〜
と 思わないでください。


自分の欲を満たすために生まれてきたわけではないのです。


あなたのその欲は、今のあなたに必要なものですか?


人を助けたいという欲もあります。


その欲は、本当に相手のためになっていると思いますか?


自分がいい人だと思われたいだけではないですか?


助けるとは表向きで、本当は 自分の欲を満たすだけのものではないですか?



自分の意識を上げるだけで、意識が変わり、その欲が離れます。


人生がシンプルになります。



『自分を律すること』
それは、自分の欲を離すことです。


最初は、何事も努力が必要です。


最初は『〜しなければいけない』という意識で行動します。


当然です。

出来ないことを出来るようにするためですから。。。



でも
毎日、続けていたら 自然に出来るようになります。



わたしは 最初は瞑想が出来ませんでした。

ただ、瞑想をするだけなのに、3年かかりました。

毎日、毎日 コツコツやり続けただけです。


瞑想が出来るようになって まだ、2年です。


あきらめずに、前を向いて やり続けるだけなんです。



わたしは 特に何もしていません。


毎日、瞑想しているだけです。

守るってどういうことがわかりますか?


相手に最善を尽くすことなんです。


相手が子供であれば、相手が反抗しようとも 同じ土俵に上がらずに 見守り、最善を尽くすことです。

相手の立場になって考えて、導くことでもあります。


相手をとことん信用することも守ることだと思います。


だけど、いざというときには、引き上げる強さがないと 守るとは言いません。


その強さに守られているから、安心できるのです。



わたしは 地球にしっかり守られています。
だから 安心して、世のため人のために動けるのです。



わたしがぐらついていては ライトワークできまへ〜ん^^





そこそこ、人生を生きてくると

ある法則に気付いたり、ある一定のパターンに気付くと思うのです。


だから
同じようなことが起きても、動じなくなるし、
先読みすることもできるようになると思うのですが


今、次元上昇している中では

それが通用しなくなってきています。。。


次元上昇によって、
今までのパターン、法則が通用しなくなってきているんです。


えらいこっちゃ\(゜ロ\)(/ロ゜)/



それをわかっていない方が多いです〜。



だから、なまじっかスピリチュアルに足を踏み入れたばかりに、安心し切っている人も多いです。。。


これは、頭で考えることではなくて 感じるものなので、スピリチュアルを頭で考えている人は、非常にわからないことだと思います。



毎日、毎日、変化してきています。



グラウディングができていれば、感覚でわかると思いますが、そうでない方には わかりづらいことだと思います。




わたしもうまく、説明はできないのですが


わたしが今まで書いてきているものに、変化が出てきています。



一般的に書けることができなくなってきているんです。


ひとりひとりの意識覚醒の速度に応じて、違うんです。


わたしが 個人的にメールをしている方々には、その人に合った、お話しをしています。




今、誰もが次元の旅をしています。


一日のうちでも、いろんな次元を行き来しているのです。


だから、今までのパターンや法則は通用しなくなってきて

その次元毎に、グラウディングする必要性が出てきているってことです。



毎瞬、毎瞬を一生懸命に過ごすだけ!


これだけなんです。



パターンも法則も考えない。



ただ、その瞬間、瞬間を一生懸命に生きる!

それに尽きるのです。



それについて、詳しく書いた過去記事がありましたので 貼っておきますね。



グラウディングとセンタリングと次元のお話し

http://mamanomama777.blog.jp/archives/50793250.html

人は 霊的進化を進めれば進めるほど


病気は直って、健康になるし

お金の不安はなくなるし
パートナー問題も解決します。



だから、病気を直すために、医者に通うとか自然療法を取り入れるとかしているよりも

霊的に進化をしていく方が、幸せの近道なんだと思います。



わたしは
病気にもならないし、お金にも困っていない。
パートナーとも仲良しこよしです。


がっつりお肉もいただきます^^

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