この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2014年12月

まずは、自己主張って 人を傷付けるものです。


だけど 自分を癒すのも 実は、自己主張なのです。


だから その折り合いをつけることが大切です。


自己主張できる相手とできない相手を分ける。


自己主張できる相手は まあ、身内ですね。

許される相手です。


だけど

自己主張できない相手は 許されない相手。


大きなしっぺ返しをくらう相手です。


その見極めをつけて、自己主張するのです。


絶対に離れていかない相手って 誰にでも、ひとりは必ずいるはずです。


いないというのは、

自分がそこに弱味を見せたくないと思っているから。


一番、あなたを愛して信頼しているのに、それを拒絶しているからなのです。。。


だから 違う相手に、自己主張して 自分が傷つけられるのです。



気付いてください。



自分を愛してくれる存在に。。。


もっとも身近にいるはずです。

『わたしの身体はわたしの物であって、わたしの物ではない。』
『わたしの身体も心も、この地球、この世界のものだと 思う。』



自我が 離れていくと、わたしはこのような心情になりました。


何物にも囚われなくて、心が楽になり、彼のことも思い出さなくなりました。


結局、わたしはこうなりたかったのだなあ と思うのです。


魂が一緒だから感じるのですが


魂が一緒なのに、そこに感情がついてしまうと
とても辛くなります。


離れていられなくなります。


離れていても 平気でいられるのは

お互いが気にならなくなる。。。というよりも

お互いが 神に支える身だからだ と思えるからだと思います。



無償の愛ってあります。


今やっと、無償の愛がわかります。


彼以外にも 無償の愛を注ぐことができる自分になりました。




魂が同じである以上は

こうならないと、離れて生きていけないのだと感じています。


相手に 好きな人がいるとかいないとか。。。


そんな段階じゃないのです。


わたしたちはもう。。。



このようになれたからこそ、 生きていける、生かされていると感じるのです。


自分が癒されたい、癒したい

という気持ちがなくなった。



まあ、好き放題、しているからかもしれないが



自分が何かのお役に立てれば。。。

という感じで いつも居る。



わたしが


ヒマ〜 なのは、平和だからだなっと思う♪



たまに、知らない人は

わたしが 神社で手を合わしていると、

『熱心ですね。
そんなに、お願い事があるんですか?』

と 言われます。



お願い事。。。



世界が平和でありますように。。。


しかない。



わたしのこの身は、もう、神に捧げています。



わたしの身体はわたしの物であって、わたしの物ではない。



わたしの身体も心も、この地球、この世界のものだと 思う。

人は どこまで 真剣になれるか どこまで 熱意を持って接することができるか

なのだと思います。

間違ってもいい

泣き言、言ってもいい

前に進む力は 真剣さにかかっているんだと思います。

わたしは 誰に対しても 一生懸命です。

妥協しない。

諦めない。

ここまでだ!と 自分を線引きしません。

今の日本人に足りないのは 熱意、真剣さです。

だから

そうしている人を見ると 感動して、自分も動こう!と思うのです。

スポーツ、オリンピックなどは、そのものですね。

勇気をもらって
感動をもらって

動けるようになるのです。

だけど

人は 自分の番になると、急に 躊躇します。

本当は、相手の懐に飛び込む勇気、が必要です。

わたしは このまま素ですので

誰にも、飛び込みます。

勇気はいりません。

壁がある人には、とりあえずは 壁を尊重します。

しかし、わたしにとっては
あってもなくても いい壁です。

その壁は 壊せるからです。

自分の壁

相手の壁

分け隔てなく壊していきます。

相手が出来なかったら、わたしが壊すしかないのかもしれません。

わたしは 今まで、仙人のように 人とあまり関わらない生活をしていたため ほんと ダメだったなあ と思いました。

この4年 ウダウダしていたのを 挽回していかないと です。

って ことで

これからが わたしの力量の見せどころです。

これからも ままのままをよろしくお願いします。

熱いままのままを お楽しみください♪

hot〜♪
hot〜♪

確かに お金はエネルギーだけど


エネルギーはお金だけじゃないよね。。。


人の熱意というか真剣さは お金以上の価値を生み出しますね。。。



その熱意を生み出すために

その熱意を思い出すために


わたしたちは、生きているのではないでしょうか?


それが

わたしたちの持っている
『魂』

なのだと、思えるのです。

子育ては 我慢させることなく謙虚さを教えることが大切です。



我慢させなくて謙虚さを表す。。。


つまり、自分から素直な心で歩み寄る。


仲良くするってことです。


これは、心掛けですね♪


親が示せば、いいんです。


親の背中を見せるだけなのです。



だから、親が我慢することなく。。。


つまり、自己主張すればいいと言うことではないのです。

我慢しないだけです。


意味わかりますか〜?


我慢しないって無理をしないこと。


やんわり伝える

ってことです。



『やんわり』です。



やんわり伝える方法を身に付けるのです。


やんわりだから、押し付けないの。

押し付けは、自己主張です。



やんわり伝える方法を身に付けるということは、

『言葉』を理解して、使いこなすことを言います。


論理的に捲し立てるのではなく、優しく、丁寧に接します。



相手に優しく丁寧に接します。



それを心掛けてください。


また、子供にもそのように接してください♪

わたしは 元々、妙に親切なんです。


よく わからないけど、優しいねぇとか親切だねぇと 言われてきました。


人に対する働きかけって わたしは 全速力で行う傾向があります。


これは わたしの元々、持って生まれた個性です。

わたし基準があります。

でも スピスピを学んできて 言われたことは、続けれない親切はするな!でした。


その時ばったりの親切は、逆に 迷惑になることを学びました。


それから わたしは 自分にも厳しくなったし、人に対しても あまり口出ししなくなりました。


でも

今になって思うと

やっぱり わたしは 妙に親切なのです。


それを 引っ込めるのは、わたしらしくないなあ と思いました。


さっきね


うちの目の前で 車の衝突事故があり 前方不注意が原因でした。


通りがかりのおじさんは、二人に説教して、去っていった。


こういう時ぐらい 優しくできないのかしら?


わたしは ダウンジャケットとコーヒーを差し入れしたけど
こんなことは、当たり前のことだと思うんです。


寒い中、警察が来て 実況見聞して ふるっているのに。。。


寒さで凍えている人に、冷水を浴びせる者は、ヘソかんで〇ね!

と、言いたい!


辛い想いをしているのに、追い打ちをかけるなんて。。。


まあ、わたしは 後先、考えずに 手を出す性分です。


笑顔を見たいからとか喜んでもらいたいから というものではなくて

ほっとけない!

それだけです。


自分のできることすべてを 目の前の人にするだけなんです。



スピスピしてきましたが

結局、戻るのは ここなんだと納得しました。



なんていうかなあ


わたしの周りの人たちは、わたしの愛?優しさ?を独り占めにしたがるように感じます。


自分だけのものにしたい。

自分には、優しくしていいけど 他の人には優しくしないで!って 思っているから、それで 今まで 振り回されて、右往左往してきたかなあ とも思います。



わたしは いつも、あなたのそばにいます。


わたしの妙な親切心は なくなることはないから、安心して お過ごしくださいね♪

自分を愛することができるから
人に優しくできるのだと思う。



自分を愛していないと、身体が動けないものなんだ。


自分を認めていないと、笑えないものなんだ。


自分を認めるって


丸ごと、抱きしめること。



大好きだよって、抱きしめること。




人は、抱きしめられて 成長するんだね。。。

先ほどは、自己主張の強い宇宙人意識の話をしましたが 次は、自分よりも他者を優先する人の話をしたいと思います。


人を思いやる心は美しいものです。

また、相手の立場を考えての振る舞いも美しいものです。


しかし、脅迫観念から、相手を優先に考えたり
自己否定や自分を責める気持ちから 相手を思いやるふりをしてみたり 自分が認められたいから 人のお世話をしてみたりするのは 自分をよけいに傷つけるだけです。


それは、謙虚とは言わないからです。


この問題は、自分だけが楽になればいい、もしくは 自分はいいから、相手さえ楽になればいい という問題ではないのです。



しかし

世の中では

自分のことよりも、相手に尽くすことを美化する風潮があります。


そのため
よく見られたいからか 自分は我慢して、人にお尽くしする人も多く、いらっしゃいます。


また、宗教においても

『自分よりも他者のために』

と、説かれている宗教もあります。



わたし、思うのですが


この

『自分よりも他者のために』

という考え方は、人間意識のままでなくて、宇宙意識になりなさい と言う意味だと思うのです。


だって

心の内側に、自己否定や脅迫観念や認められたい感情がある状態で 他者にお尽くししても 辛いだけです。


『辛さを味わいなさい』


ではないと思います。


『人のためにさせていただける喜びを味わいなさい』

『相手の喜びは自分の喜び』

だと、思うのです。




だから

みなさんが宇宙意識に目覚め、他者に貢献することができるようになることが 大切だなあ と思います。



わたしは 内観浄化を繰り返して、脅迫観念や自己否定、自己犠牲、認められたい感情はありません。


だから、他者のためにと。。。と 動くことができるのです。



だけど これって
相手に取っては

わたしが宇宙意識であろうが人間意識であろうが関係ないなあ とも思うのです。


相手に取っては、意識や動機がなんであれ、有り難いに違いない と思えるからです。



だから

相手の喜びに触れたら、辛さも喜びに変わるのだろうなあ と 思うのです。


そう考えると、


最初は 脅迫観念や自己犠牲や自己否定、認められたい気持ちから 行った行動でも

それを続けることによって

喜びに変われば、それでいいのだと思います。



わたしは

自分の内側と向き合ったけど、

直接、相手に働きかけることによって 代わりに、自分の心が変化する方法もいいものだなあ。。。と思いました。



どんな 方法でも


自分が喜びに満たされればいいですね♪



この世界は、愛に溢れています。



この地球で学べることを嬉しく思います。

人間が内観浄化を繰り返していくと、覚醒して 宇宙意識になっていきますが その中間に、宇宙人意識というものがあります。


宇宙人意識というのは、宇宙意識に片足つっこんではいますが 宇宙意識になれない 人間意識の人のことを言います。


内観浄化を繰り返すと、とりあえずは 負の感情からは 解放されますので その解放感からか 自己主張の嵐状態になります。


それが 宇宙人意識です。

この呼び方は、宇宙人さんには 申し訳ないと思いますが 使わせていただきます。


まずは、謙虚さのかけらもないのが特徴です。


自分のやりたいこと、自分の信じたことしかやらない。

やりたくない。

自分の意見は突き通す。
自分大好き。

人の意見は聞かない。


こんな特徴があります。


はっきり言って、ここの次元は まだまだ、人間意識の階級です。


宇宙意識ではありません。


同じような人とコミュニティーをつくって群れたがる傾向もあります。




宇宙意識とは、人の立場を思いやることができる意識です。


ワンネスを感じ、


自分も人も分け隔てなく、思いやることができる意識です。




宇宙人意識と宇宙意識は、まったく違うものなのです。

このページのトップヘ