この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2015年03月

内側は知っているんだ。

これからの未来のこと。

覚悟はいらない。

必要なのは、

希望と謙虚さだけ。

『ごめんなさい』という言葉は


自分の過ちを認めて、相手に非礼を詫びる言葉です。


たまに、お母さんが 子供に

『ごめんなさいっていいなさい』

って怒っているのを見かけます。


ごめんなさいの強要です。



過ちを認めていないのに、ごめんなさいは言えないです。


だから 親は、


何が過ちであるかをまず、教えるべきです。



『〇〇〇ちゃんの行為は☆★☆だから、よくないんだよ』

ですね♪


そしたら 子供は、


ああ、そうなんだ♪と理解できます。


と そこで、出てくる言葉は


『教えてくださりありがとうございます』


なのです。



自分の過ちを認めました。

どうやって 認めたかというと 親から教えていただいたから、です。


教えていただいたから、ありがたいなあ〜 と思えるのです。




よく、意味なく ごめんなさいや申し訳ありませんと 使う方がいらっしゃいます。


謙虚なつもりでしょうが、ほんとにそうでしょうか?



ほんとに謙虚なら まず先に、

『いつもありがとうございます。』


と、お口から出るはずです。

口先だけのすみません、申し訳ありませんは、ホント、意味がありません。



だから

『ごめんなさい』と言いなさいと、感謝の強要する親は 教えているのではなく、叱っているのでもないのです。



人は


自分が本心から申し訳ないと非を認めないと、謝れないものです。


だから、子供にこの世界で生きていくための最低の善悪は教えていくべきなのです。


教えるというか解らせておく、と言いましょうか。。。


それを していないから、道徳的に悪いことをしても悪いと思えない子供がいるのです。

だから、『ごめんなさい』が言えないのです。




親は子供を育てる義務があります。


子供を育てる義務というのは、


この世界で生きていくための最低の善悪を教えていく、解らせておく


ということがわかりますね。



だから

子供が親に対して、教えていないことをしてしまった場合は


謝りなさい!というのではなく、


『教えていなかったね』と 教えてあげるだけですし


誰か相手がいる場合には

『子供に教えていないからごめんなさい』


と、親が謝ることなのです。



子供は悪くない。


子供は この世での善悪など わからずに生まれてきているのです。




少し、話しは伸ばしまして

以前、メールアドバイスで 子供が親の言うことを聞かずに すぐに興奮して、親から離れて騒いでしまう と相談されたことがありました。



当たり前です。

子供は、元来 好奇心旺盛なのです。

そこを諌めるには

一度や二度、教えたぐらいではわかりません。

身体でおぼえさせるのです。



子供が ☆★☆をしてしまい、誰かに迷惑をかけてしまった。

親が再三注意して教えているにもかかわらず。。。



親が相手に謝るのです。


子供に謝らせるのではなく、親が謝るのです。


『教えていなくて、ごめんなさい』『教えても、わからないからごめんなさい』(相手に迷惑をかけてしまった時や不快にさせてしまった時にです)


その姿を 子供に見せることによって

子供は 子供ながらにわかっていくのです。


大好きなお父さん、お母さんが自分のために人に謝っている姿を見て、わかっていくのです。


この時に、親は、子供が親に申し訳ないことをさせていると、思わせてはいけません。


親として、当然なんだよと教えるのです。


子供の代わりに親が謝ることは、当たり前です。


それが親の責任であり義務です。


子供は守られる権利、教えられる権利があるのです。


これが、義務教育の基なのでしょうね♪


ここで、子供は、やっと善悪がわかり、
『ごめんなさい』
と、心から言えるのです。




娘が小さいころ 果物やさんに並んでいるいちごを握り潰したことがあります。

わたしは、とっさに娘の顔を叩きました。。。


たまには、あり^^です。


子供は 何をやらかすかわからない生き物です。




このように

子育てでは

『ごめんなさい』を正しく使えるように教えていくことが 基本的なことではないでしょうか?



『子供を尊重して育てる』


本当に、悪いと思ったことしか 謝らなくていいんです。

いい加減に、謝らない。
謝らせない。



それが 子育ての基本です。


わかるまでは、親の責任です。



あっ 握り潰したいちごの件ですが

実は、わたしの母はプチプチ大好き人間で腐ったいちごも潰していたので やってみた^^らしいです。


育てたようにしか子供は育たないですね〜




今、娘は二十歳になり、大学生になりましたが

まだまだ、わからないことがいっぱいで
子育て、手が離れておりません。



周りからは、もう手が離れて安心だね と言われますが

イエイエ._._


まだまだ、教えることテンコモリです。


社会に出たら出たで、まだまだ 教えることはあるのです。



子育てに終わりはありません。






うまく、言葉が出なくて わかりずらいかもしれません。


わたしの伝えたいことは伝わったでしょうか?




『ごめんなさい』という言葉の使い方でした。

自分の身に辛いことがふりかかった場合、 悩み苦しみながら乗り越えていくことは当然だけど

辛いことがふりかかったのが 家族、友人、知人だったら どうしますか?


自分の立場として、出来る範囲のことをさせていただく。


出来る範囲です。



出来る範囲って、どれだけの範囲でしょうか?



自分の力の見せどころです。



自分はちっぽけな人間ではないはずです。


制限をつけているのは自分です。


決めたらやり抜くのです。


御百度参りは足があればできる♪


一日中のお参りも口さえあればできる。


相手を労る心は無限です。


自分がしたいということをするのです。


〇〇〇をしたらいけないなんてことはありません。


相手を労り、思いやることは、あなた自身を表すことなのです。


病気で寝込んでいる相手なら、料理をつくってあげたり、身体をさすってあげたり、暖めてあげたり、できるはず。


仕事で落ち込んでいるのならば、慰めたり、抱きしめたり、仕事のことを一緒に考えたり、調べたり、できるはず。



最善を尽くすのです。


本気を見せるのです。




できないと諦めるものではない。

できないことは何もない。



何をしたらいいかは、動けば動くほど 湧いてくるものなのです。



最善を尽くしてください。


出来る限りのことをしてください。



諦めないでください。

霊性を上げるために、今 困難がふりかかっている方々がいらっしゃいます。


平和を選択してください。


愛を選択してください。


思いやりを選択してください。

そういえば、誰かの記事に

ツインフレームは 今の環境を捨ててでも、一緒になれる覚悟ができる相手だと 書いてありました。



わたしは それは、違うと思います。



ツインフレームに出逢ったならば


今の環境を捨てたいなどと思えない。


今の環境を受け入れ、愛し、
たとえ 結ばれなくても

彼が この世に居てくれるだけで 喜びに満ちて、生きていける。。。


そんな気持ちにさせてくれる相手だと いえるでしょう。



彼の存在そのものが、わたしの財産だといえるのです。



それが ツインフレーム。


覚悟はいらない。



愛しかいらない。




どんな出来事も、愛せるようになる。。。



それが ツインフレームの愛なのです。

わたしが 以前、関わっていた方で

たまに、相談に乗っていた方ですが

うつで7〜8年ほど、家にこもってみえたのですが 元気になり 自分と同じような方の手足になりたいと ボランティアで 相談員をされていました。

わたしからみると 元気ではないのです。

から元気

半年ほど、メールのやり取りやお会いしてお話しを伺っておりました。

わたしに泣き言を言いながら、ボランティアをやっていました。

ブログもされていました。

わたしは、ブログもボランティアもやめるように勧めましたが やめません。

そしたら 急に、マイミクを切り 連絡を絶ってきました。

風の噂で入院されたことを知りました。

2年ほど前のことです。

最近、また 復帰されて ブログ再開、ボランティア再開されています。

自分の天命だと思われているみたいですが まったく違います。

大きなお子さんもいらっしゃいますが 霊障で働けなくなっています。

一度は、わたしが関わりを持った方ですので
わたし自身、憤りを感じます。

最近、こういうことが多いです。

我が強い方は、どこまでいっても 我が強く、 言うことを聞きません。

それがやりたい!

抑えられないんですね。。。

自我というのは

本当に、それがやりたいからある場合と

その自我と向かい合うためにある場合

があります。

ご存じでしたか?

わたしは 娘の子育てでは そこを見極めて、導いています。

向かい合うための自我
やりきるための自我

あるんですよ〜♪

だから、わたしの言うことを聞きなさいと 言うのです〜♪



魂に逆らって生きて、なんのためになるんだろっ


なんのために生まれてきたんだろ〜 と思うのです。




魂に逆らうために、生まれてきたのかしら???



魂に逆らって、次元上昇はできないです。


地球に貢献しているつもりで していないことに気がついてもらいたいです。





わたしの過去の経験からすると


相談を受けていて


わたしがやりなさい と言ったことができない場合には 病気になる。。。


こんなわたしが言ったことを たわけにして、言うことを聞かなかった人は必ず、病気になる。



わたしが

懇切丁寧に教えて、あと少し と思ったのもつかの間 そこで 学びを断念される。。。
気を抜く。。。


必ず、病気になる。




わたしは 幾度となく、経験してきています。



わたしとわたしのお口は別物です。


スピリチュアルカウンセラーは 〜しなさいとは、断言しないらしい。



だけど わたしは、必ず 絶対 とか 断言します。


それは。。。 わたしのお口がそう、言うからとしか言えませんが


わたしは 自分のお口の言葉を信じて ここまで来ました。




わたしのお口が厳しいか
わたしから離れて、病気になって 自分で向かい合っていくことが厳しいか
は、わかりませんが


彼女たちはわたしから離れて、病気になって 自分で向き合うことを選択したのだなあ と思います。

ど根性な魂なのね♪

ついでに 子宮ガンも書いておきます。



子宮に関する病になった人は

まずは、自分の親との関係を見直してください。


親が亡くなっている場合には、ご主人との関係を見直してください。



薬では、直らない病気です。



わたしの名刺をお腹に挟んでおくように と 名刺をお渡ししていますが
それを すると ご主人との関係を見直さなければいけないことが次々と起きてきます。


そうやって、直っていきます。


自分みつめ、内観ができない人は 現実的に 心を変えないといけないことが起こります。


覚悟が必要です。



もし、名刺が欲しければ メールしてくだされば 送りますよ〜

乳ガン。。。


最近、わたしの周りに乳ガンの方が多いです。



乳ガンって


我が強い方がなりやすいです。


あと、自分の本来の生き方をしていない人。。。



我が強いって。。。


はっきり言って

ブログを書く、自己主張するのは やめてください。


自分の命はなくなります。



自分の生き方をブログに綴る。。。

そんな自己主張は命を削る行為です。


それだけは、伝えて置きます。

人は なかなか、自分を見つめることをしないのだと思う。

だから、自分みつめをさせるために 病気になる。

だけど 人は 病気を直すことに一生懸命になり、医者に通い、身体に良いと言われる良薬を探す。

それは 間違いではないのだけど

だけど それよりも大切なことは自分みつめをすることだ。

自分みつめをしていてもなお、病気になるということは
方向が間違っていることに他ならない。

自分みつめをしていくと、たどりつくのは

感謝

生かされているだけでありがたい

この気持ちです。

病気になるということは 感謝がないということ。

感謝というのは

〜しなければいけない ものではなくて

沸き上がる想いです。

自分自身です。

それを 感じることができれば 病気は直るのです。

魂は 自分を病気にさせることによって 自分本来の姿を思い出させるのです。

自分を傷つけても、自分を思い出させたい。。。

ありがたいなあ。。。

それだけ、自分自身が感謝の塊だと思い出すことが大切なのですね。

魂が 自分を信頼しているからできることなのです。

病気は本来の自分を思い出すためになるものなのです。



病気になるということは 本来の自分自身を思い出すことができるというこのなのです。



ありがたく、受け取ってくださいね。




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