この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2015年09月



あと 覚醒をしたとしても、このように 相手を思いやることができるわけではないようです。。。




見える世界でも このように、いろいろな次元に意識を起く(グラウディング)ことで、
見えない世界にでも意識を置くことができるようになります。



物事は何事も順序が必要です。



順序を飛ばして、見えない世界に意識を置くようになるから、現実が生きられない 慮ることが出来ない人間になるようです。


無理な覚醒は、現実を生きられない人間をつくります。



気をつけましょう。

目先のことばかりを追わずに、もっと 高い場所から観てみましょう。



すると 今まで、見えなかったものが観えてきます。


そうしたら、意識をそちらに向けましょう。


どんな感情がわいてきますか?


いろいろな場所に意識を置くことができると思います。


その中には、悲しいこと 楽しいこと、面白いこと さまざまなことがあるのだと思います。


笑ったり、泣いたり さまざまな感情を体験すると思います。



だけど、

ひとつの場所に意識を置いていると 泣いたり笑ったり忙しいですが


楽しい場所、悲しい場所、同時に意識を置くと、感情が表に現れなくなります。


それが 慮ることです。


両方に意識を置くから、できるのです。



相手の立場を考えて行動するとは、こういうことなのです。


慮ること。


それが 配慮というものです。


また、多次元に生きるとはこういうことです。



宇宙的になることではないのです。



配慮する、多次元に生きるには 常に、高い視点を持つ必要があるのです。


人から何かをしていただいて感謝できることは 基本ですが 心にわだかまりがあったら、素直に感謝できない人もいらっしゃいます。。

また、 ありがたいと、実感できないことがあると 感謝の気持ちは湧いてこないと思います。


それも これも すべては 学びの段階であり、感謝の段階なのです。


わざわざ 『ありがとう』と言いなさい、思いなさいと注意されたところで できるものではないのです。



『ありがとう』の言葉は素晴らしい言葉だから唱えるとよいと言われても 本心が乱れていたら、心を込めて 唱える、伝えることはできないのです。

心を込めて唱えるからこその言葉なんです。



『ありがとうございます』の言葉の意味、深さは計り知れないものです。

軽々しく、使えないくらいの尊いお言葉です。


だから
『ありがとうございます』と伝える、唱えるときには
『うまく伝えれなくてごめんなさい』との謙虚な気持ちで お唱え、お伝えしてください。


それが 本当の『感謝』なのです。



『ありがとうございます』

の尊い言葉を心の底から唱えることによって、身体全身が温かさに満たされ、この大地への感謝の気持ちが湧いてきたならば
それが 本当の『感謝』と言うものです。



あなたがいるから、わたしはわたしでいられる。


いつも、ありがとうございます。


生かされて、ありがとうございます。

とかく、波動が高いと言われるものは良いものだと言われますが、波動の低いものは悪いと言っているわけではないのです。


一般的に、波動が高いと言われるものは 人の意識を高めますし、癒します。

しかし、波動の低いと言われるものでも そのような効果はあるのです。


だから、やみくもに波動の低いものは良くないとは言えません。



波動の高いものって 人によっては 手が届かない場所にあるので
なかなか、その波動を感じたいと思っても そこまで行き着けないものなのです。


だから、波動を上げていくには まず 自分に身近なものを頼ることから始めていくのがよいのです。

自分の波動を少しずつ上げていくことによって 高波動と呼ばれるものに 辿り着いていくのです。



わたしがひとりひとりに言うことが違うのはそのためです。



その人にとって良いことが 違う人にとっては悪影響を及ぼすことがあります。


その人それぞれ、合うものが違うのです。



高波動のものが良くて、それを感じることができるのは選ばれた人。。。みたいなことが書いている記事を読んだので、書いてみました。



一般的に、高波動と言われるものだけが人を癒す効果があるとは限らなくて 娯楽と言われるものでも 十分に 人を癒すことはできるのです。


このような奢った考え方が 一番、危険です。


愛を気取った悪魔、または愛が99%、闇が1%と言われる闇です。



わたしも 人によっては〇〇〇は良いけど、〇◎〇は良くない と言う言い方をしますが それは、今のその人にとっての最善なことを言っているのであって 誰にでも言っているわけではないのです。



わたしから 何か言われたら それは、自分にだけ当てはまると思ってくださいね。


言葉は難しいです。


だから 書いてると、長くなるのよね〜

グラウディングできていない人って
ただ、単調な生活が嫌なだけだったりする。



魂の目的には進んでいるのに、そこに喜びをみいだせないから イライラ、モヤモヤして生きている。


そんなに、イライラモヤモヤするなら、勇気を出して外に出てみればいいのに、その勇気もない。


外に出て、傷つけば、それが 心の持ち方のせいだけだとわかるのに、それすらできない。


だから、いつも悶々としている。




単調な生活がどれほど幸せなことかに気が付かない。


自分はどれほど、恵まれているか守られているかがわからない。


無くした後に気付くんだ。



イライラモヤモヤの不安を解消しようと、外を探し回る人がいる一方で、探し回れない勇気ない人もいる。


どちらも 外側しか見ていない。



外側に飛び出す勇気、内側を観る勇気のない人は、結局 何か 事が起きるのを待つしかないのでしょう。。。

地に足をつけるって 何か特別なことだと思っていませんか?



何か、人の言葉に影響されて不安になっている人がいらっしゃいます。



地に足をつけて生きるって 非常に、シンプルなことです。


難しく考えることではないのです。



自分が不安を感じようとなかろうと 生き方が間違っていれば 修正される出来事が必ず、起こります。



何も起きないということは、まっすぐに進んでいるということです。


自信を持ってください。


安心してくださいね。

目の前に差し出されたことをするのが 魂の目的を進む基本だと書きました。


そして、一生懸命の矛先を間違えないこと
ということも書きました。



目の前に差し出されたことをすると 結果どのように変化をしていくかということをこれから書いていきたいと思います。


ある相談者様の実例です。


この方はTさん。40代後半の既婚女性です。


5年ほど前にうつを患い、それまで勤めていた仕事をやめました。


そして、よくなりかけていた頃、わたしのブログにたどり着きました。


その時は 軽いうつ症状があるものの パートで働くまでになっていたのです。

しかし、家のお掃除や料理することが苦手で 食事は、スーパーのお総菜を並べるだけ という生活を送っていました。


わたしは お掃除ができることが基本だよ と常日頃、言っているので Tさんは、お掃除ができるようになりたい と思い、わたしに相談をしてこられたのです。


でも、わたしのフルネーム鑑定の結果は お掃除はしなくていい、パートの仕事を頑張りなさい というものでした。


Tさんの場合
Tさんの目の前に差し出されたことは「パートの仕事を頑張る」だったのです。

わたしにお掃除をしなくていいと言われたTさんは 半信半疑でしたが お掃除をしなければいけないと思っていた呪縛が解け、パートの仕事を頑張りました。

まだまだ、食事はお総菜です。

それでも ご主人は文句ひとつ言わないのですよ。
家の中が散らかっていようと気にしない

ある意味、太っ腹なご主人なのです。


そうこうして 働くうちに、パート先でお友だちが出来て 外でランチをするようになり 家に招かれるようになりました。

すると、お友だちがTさんのお宅にもおじゃましたいと言うようになりました。

そして、一代決心をして、家の中の断捨離を始め、お掃除ができるようになり、定期的にお掃除ができるようになり お友だちを招くようになりました。


そして そのお友だちが料理が得意なため 家で教えてもらえるようになり、今に至っています。




一生懸命の矛先の意味をわかっていただけましたか?



相談された時に

家のお掃除ができないという罪悪感を持って お掃除をしていたとしたら パートの仕事は おろそかになっていたと思います。
そして そこで認められることはなかったと思います。


いい加減な気持ちで働いていたって 人は認めてくれないし 人は寄ってはこないのです。


一生懸命に パートの仕事をしたからこそ
お料理上手なお友だちと知り合えたのです。




同じ一生懸命にやるにしても
結果は、全然 違うのです。




また、わたしの友人で海外に在住していて 輸入販売をしている女性がいます。


彼女は最初、その国の製品を日本に輸出する仕事をしていたのですが うまくいきません。

悩んでいた時に ちょうど わたしと知り合い、わたしがある助言をしたのです。

海外から日本ではなくて、日本から海外だよ
と。。。


彼女は真逆なことをしていたから、うまくいかなかったのです。


こんな小さなことですが 人生って変わるものです。


発想は合っているんだけど、見方が違うのですね。



何故、日本人として生まれてきているかの意味を知れば 自ずとわかってくることなんですよ〜



日本人ならば
まずは、日本人というひとつのキーワードを持って生まれてくるのです。


また、人それぞれのキーワードがあり それが個性に繋がります。


そして、それが 自分の生まれた星の叡知と繋がるのです。



自分が何をしに生まれたかを知りたければ、まず 自分の生まれた星を特定していくことがひとつかもしれません。


だけど それよりも

目の前に差し出されたことをする


たったこれだけで導かれていくものなのです。



わざわざ、外に探しにいかなくても
疑問を持たずに、きちんと自分のやるべきことをしているだけで導かれていくのです。



自分の人生に疑問を持つということは、軸から外れている、軸が弱いということなのですね。

人から認められる人って

認められたいからしているわけではなくて
実績がついてくるから 認められていくのです。




人に認めてもらわなくてもいいんだ!
自分は自分
自分勝手に生きていけばいいんだ!

という人は一生、認められません。




人に認められなくてもいいけど 自分の信念を持ってコツコツやり遂げるんだという強い意思がある人が ある日突然、脚光を浴びるものなのです。



自分勝手に生きることと信念を持って生きることは違いますね。




自分勝手に生きることを信念を持って生きることと履き違えないようにしてくださいね。

人から認められるって大切なことです。



人から認められる



人から認められたい

とは、違うのです。



人から認められたいというのは、願望です。


だけど、

人から認められる

というのは、実績です。

信用です。




人から信頼される人になる ということです。



自分勝手に行動していては、信頼されませんし 言葉と行動が伴わないと信頼はされません。


ただ、優しい人というだけでも信頼はされません。



認められたい という願望は誰でも持つことができますが

認められるのは 誰でも認められるわけではないのです。




まずは

自分を信じること。

自分が決めたことは守ること。

人に思いやりを持って接すること。

自分を律すること。



これができて、人から認められるのではないでしょうか?





お金持ちになりたい、人から認められたい という前に 人から認められる人になることです。

ハートで生きましょう♪

と言われることがあります。


ハートで生きましょうというのは、自分の内側の気持ちを優先して生きましょうという意味に取られますが 本当はそうではないのです。



ハートで生きるには、まず 地に足をつけることを求められます。


地に足をつけないと、ハートで生きることはできません。


地に足をつけないで ハートだけを信じると、トンデモ人間になり、 自分勝手に生きる人と思われるようになります。



地に足をつけることで 思いやりを持つことができます。


相手のことを考えられる人になります。




ハートで生きましょう


とは


人に思いやりを持って生きましょう


ということなのです。



自分勝手に生きましょう
と言ってるわけではないのですよ〜





ここを思い違いしている人は 矯正される出来事が起こります。


その時には、逃げないこと。

ないものとしないこと。

向き合ってくださいね♪




今日も相手の立場を思いやり、優しさを示せる人でありたいです。

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