この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2016年02月

この世界にあるすべてのものは感謝をするために存在する


そう、教えてくれたのは あなたです。




目の前に広がる木々や山々たち。


上から見渡せば、広大な大地や川が流れていて、魚たちが泳ぎ、動物たちが走っている。


すべて、すべて

目に映るすべてのものには命が宿っています。



手にふれると、いとおしい想いが広がる。


風が肌を撫でる。


愛しているよとささやくように撫でる。


そして、小鳥たちも耳をくすぐる。



自然に、笑みがこぼれる。

ゆるむの。。。

顔の緊張も、身体の緊張もゆるむのよ。。。



あなたを感じるだけで、わたしの身体が喜びで満たされる。。。




あなたが教えてくれた。


この世界は、愛することがいっぱいだって。。。


この世界は、感謝に溢れているって。。。



あなたは、わたしの財産なの。。。


いとおしいあなた、


愛するあなた、



わたしたちはこの世界は感謝をするためにあるのですね。。。

わたしたちはこの世界には感謝をするために生かされているのですね。。。

先ほどは、ツインフレーム同胞の方々に向けて、

早急に、癒やされてください

と書きましたが

確かに、ツインフレームは、互いを求めあい 地上で出逢い 魂の融合を望んでいるのですが

ツインフレームの魂としては

相手の魂が自我の元でも幸せを感じているのなら、そこを割り入って統合を迫ることはしないのです。

ツインフレームの魂は、自分よりも相手の幸せを優先するのです。

だから、今 離ればなれで相手の魂が納得して幸せを感じているのなら 介入はしないのです。

だから、魂の融合が遅くなるのです。

魂の融合で幸せを感じなくても
他で満たされているなら、介入はしないのです。

相手ありきなのです。

自分が例え、満たされていなくても。。。

相手がやりたいことをやりきるまでは、待つのです。

それが、ツインフレームの魂と言うものです。

ツインフレームの魂として融合する前に、互いの魂が単独で決めてきたことを優先させるのです。

それが ソウルメイトとのカルマの解消に繋がるからですね。

ソウルメイトとのカルマの解消を果たしたなら、迎えに来てくれます。

大きな手を広げて、迎えに来てくれます。

それが、ツインフレームです。

だから どうか、今すべきことに取り組んでください。

カルマの解消を果たしてください。


実は、先ほど書いた

外側の体験こそがカルマの解消に繋がることなのです。



瞑想ばかりしていても 内側を癒すばかりで 体験がないのです。



体験は外側にあるものです。


この地球には、瞑想をしに来ているわけではなくて 体験をしに来ているのです。



体験するため、体験をしやすくするために瞑想があるのです。



出来ないことを出来ることに変えるのも体験ですね。




人は体験で自信がつくのです。



地べたに張り付いているだけでは、体験できません。



また、地球を癒す役目がある方は、体験で地球を癒します。


仕事や旅行などでもそうですね〜


うちの娘は、根からのヒーラーですので、よく出歩きます。

旅行大好きです。


瞑想やグラウディングは まだまだ出来ないわ〜という方は
あちこちの体験を楽しんでみてください。


童心に還って、大騒ぎするだけでも良いですよ^^


遊園地は良いですね♪



お子さんがいる方は、子供連れで 一緒に楽しまれると良いでしょう。



人の役に立たなくても自分のためになることで癒されますしね〜


人の役に立つことで自分は癒されるんだ!と考えている方でも
自分だけのために時間やお金を使うことに罪悪感を持つことはないですよ♪



わたし、娘が小さかった頃は 一緒に砂遊びをしながら 砂の中に手を入れて、癒されてました^^


草むしりも癒されます。

泥遊びは楽しいです。


おままごとも楽しいです♪


小さな頃に出来なかったこと、親から止められていたこと をやってみるのもいいですね〜


自分自身の心底の癒しがなければ、カルマの解消がないと思うし
カルマの解消のために目の前の人に対しての感情と向き合わないと、心底の癒しはなかなか起こらない。


これは 卵が先かにわとりが先か
と同じレベルの話しになるのですが


どちらでもよい。



でも わたしからすると、心底の癒しを体験したほうがカルマを解消しやすいのだと思うのです。


それがワクワクすることをしましょう〜と言われることなのです。


でも ワクワクすることなんて、そうそう見付からないです。


心の欠乏感を抱いている者にとっては、特に。。。です。



だから、わたしは観念浄化ワークをお勧めするのです。



これは ただ、やるだけ で 心のお掃除ができてしまう優れものです。



なかなか瞑想が出来ない、グラウディングが出来ない というのは、継続力持続力が持てないからなのです。


継続力持続力って 心の中にモヤモヤしたものがたまっていたら出てこないものなんです。


だから、まず 手っ取り早く 継続、持続できるように身体を造り上げることが必要です。



最初から、瞑想をしなさいと言われても出来ないです。


わたしはグラウディングコードを繋げるのに、3年かかった人間ですから^^



それでも 観念浄化ワークすらもしたくないと言われる方もいらっしゃいます。



それは その汚れた身体で何かを表現したい方です。


汚れた。。。というのは、失礼ですが\(__)



でも その身体で何かを体験したいから、そこに行き着かないのですね。


だから、そこを探すしかないっです。。。



創造って、癒されちゃったら なかなか出来ないです。


癒されないから出来ることかある。



わたしのブログを読んでいらっしゃる方は、向上心が高い方です。


だから、まず ここは、目の前のことに取り組むことを忘れて 手当たり次第、やってみるのもひとつです。


癒されない何かを探すためには、自己主張が必要です。


内側に目が向けられないのは、外側を観たいのです。


外側を観ることで新たな発見もあるでしょう。


外側も大切だよ♪



体験は外側でして
内観は内側に目を向けることです。



なんでもアリ♪

ツインフレームとの学びがあるとしたなら

言葉がないと信じられないのは、ツインフレームとは言えない

というものだと思います。

だから、ツインフレームは、

魂で引き合うのではないのでしょうか?

愛してる と言わなくても、わかるために引き合うのではないのでしょうか

それを信じられなくなったら、二人の絆も弱くなる。

信じれば信じるほど、強くなり 感じる。

感じるほどに、信じられる。

彼への信頼度を高めることで、魂の覚醒を促します。

また、彼からの信頼されている確信が増すほど、愛が溢れてくる。。。

信じられると。。。
愛されると。。。

愛が溢れる。

それが ツインフレームが出逢う目的だと思います。

互いを信頼しあうエネルギーが地球を引き上げていくのだと思います。

だから ツインフレームに出逢われた方にお願いです。

彼を信じて。。。

彼を信じてください。

それが、ツインフレームの役割です。




そして わたしたちはツインフレームだという確信を強めるのです。



愛されているという確信
信頼されている確信が


地球を引き上げるのです。

わたしを信じてくれているという確信ができた。


わたしはやりきる!と信じてくれている確信がある。


だから、頑張れる。



信じてくれている人がいるから、頑張れる。



信じてくれているという確信が愛と呼べるものなのかもしれない。



わたしもそんな愛を与えられる人になりたい。

そう考えるとわたしは 彼女のことを信じていなかったなあ と思った。


彼女の望むものを与えようとしたけれど、結局それは、彼女を本当に満たすものではなかったからだ。


わたしが彼を信じて生きることが彼女のためになる。



今、そう確信できる。

これも ある意味、わたしの正当性の主張かもしれません。。。



離れて、身も心も切り刻まれる想いをするから改心できる。。。

ここを、わたしは実感しちゃったから そう言えるのかもしれないです。




いろいろな夫婦の形があります。


凸凹していて、いいのだと思います。


ピッタリ合ってさえいれば。




彼女の場合、そんなご主人だったから 横道を反れてしまったのだと思います。


妻を大切にしなかったから、横道にそれていてもわからなかった。


そこに、気づいてほしいなあとは思います。


そこに気付かないと、彼女は、まだまだ寂しいままだと思うのです。


寂しさを抱えたまま、生きていくのです。。。




相手に寂しさを求めるから起こることですね。



自分が自分自身にしっかりと繋がっていれば寂しくもなんともないのにね。。。




わたしは、待ちます。


待つことが愛だと気付いたから。


彼女の体験で、わたしは大きな気付きをいただきました。


ありがとうございます。


誰もが師となる。。。

これは わたしの知人の話です。


彼女があることをしてご主人から三下り判を押されて、実家に帰れと言われました。


しかし、その家族の中には介護が必要な義父さんがいたため、実家に帰ることは義母に申し訳がないと思い、ご主人を説得して家に残りました。

だったら その代わりに、自分のしでかしたことを子供や義父母に話をして謝れと言われて、その通りにしました。


そして 今、彼女は義父の介護をしながら家族と同居して、働いて暮らしています。


そして 彼女はこう言いました。


今回のことで 夫を見直した。
許してくれて、本当によかった。




これって、どう思いますか?




正直、アホらしいと思いました。

このご主人って ただ、お父さんの介護をしてもらいたかっただけなんじゃないの?とも思いました。

現に、介護には一切、手を出さないです。


また、自分の妻が不始末を働いたからと言って子供や親に言うなどと、度量の小さいのもいい加減にしてほしいとも思いました。


子供からしたら、たった一人の母親です。

その母親像を壊すことは父親として最低だと思いました。




本当に 肝の据わった男なら 妻を実家に帰して、自分が子供とともに父親の介護をすると思うのです。


自分の夫がそれをするから、申し訳がないと思い、妻は改心するのです。




彼女は懲りないでしょう。


また、繰り返すと思います。




改心って、相手から離れ、身も心も切り刻まれる想いをするから出来ることだと思うのです。


離れている間に、相手を想い、相手を乞うからこそ出来るものだと思います。


そうやって 夫婦の絆が強くなるのだと思います。

み〜んな、癒されたいんだ。


癒されたいけど、わからないから 自己主張したり、自己主張がわりに人の役に立つことをして自分を満たすんだ。


すべて、すべて 癒されたい。。。


この想いで生きているんだ。。。

このページのトップヘ