この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

2016年03月

今は、時代が変わってきています。



幸せの価値観が変わってきています。



経済的に豊かであれば幸せを感じる人もあれば

自分の地位重視の人もいるし

何もなくても幸せを感じる人もいて



幸せの価値観が変わってきています。



それは、どうやら自分の魂が決めてきたようですね。


だから、みんな違うし、違っていいし 人がとやかく言う必要はないのです。


自分の考えを押し付けることは、自分を傷つけることに繋がります。


だから、自分がこうだ!と思ったことでも
人によっては、当てはまらないのだから
関わらないほうがよいのです。



それが 違いを認めるということですね。


人をむやみやたらに傷つけないし、傷つけられないのです。



違いを認めるってそういうことです。



でも それは、対等な立場であるからできるだけで この世の中は、上下関係、師弟関係がありますね。


だけど その上下関係、師弟関係でも 違いを認めることをしています。


親子間で違いを認め合う。。。アホか!


そんな無責任なことをよく言えたモンだわ。



親子関係、上下関係、師弟関係は 認めるのではなくて 受け入れるのです。


家庭で上下関係を教えないから、人を敬うことが出来なくて また、親に対する安心感や信頼感を得ることができない子供が出来てきたのでしょう。



『認める』というのは、対等な立場であって出来ること。


魂は対等ですが 人間的立場があって わたしたちは生きているのです。

自分の良いところ悪いところはあってもいいし、ブレてもいいのです。

だからといって
自分の価値が下がるわけではないから。



そんなものあったぐらいで
自分の価値が下がるわけないよ!
という自信があればいいのです。


その自信をつけるためには、目の前のことに取り組む努力をすること。


取り組む努力をしていれば、成功体験を感じられて それが自分の自信になるの。


また、ひとつ乗り越えた!と自信ができるから、そんな自分が大好きだし、努力すればそこに戻れることがわかるようになるから 例え、ブレたとしてもブレてる自分を嫌ったりしない。


かわいいやつ〜♪ぐらいしか思わなくなる。



だから 結局は成功体験を増やしていくと、自信がついてきます♪



でも それは、自信をつけるために必要なだけであって
地球に繋がる安心感とは、別物です。


地球に繋がる安心感とは、どんなブレブレな自分であっても 絶対に見放されないゾ!という自信なのです。


自分に繋がると、このワケわからない自信に満たされます。


このワケわからない自信は、見放されない意識から何でもOK!なため、自分過剰になりがちです。


成功体験による自信と、自分自身に繋がっている自信で 生きていけると 楽に生きていけると思います。



世の中には、成功体験だけで自信をつけて生きている人は山ほどいます。


成功体験というのは、人間の幅を広げますので それが 安心感を得ていきますね。


それが 後に、自分自身に繋がることに繋がるのです。



一方、地球に繋がる、ワケわからない安心感というものは、エネルギー的、波動に関わるものです。


ヒーリングをすることによって 一時的に、波動を上げて安心感で自分を満たすこともその一種です。


でも 結局、そこから離れて波動が低くなると感じられなくなるのです。


それは 結局、目の前の現実に取り組んで成功体験を実感できないから、落ちてしまうのです。


波動を上げることって 自信をつけるために、現実を生きるために、することなのですね。


現実ありきなのです。



だから 結局は、現実を生きることが大切なのです。


自信は現実をきちんと生きているから得られるのです。



波動を上げることや安心感というものは、現実を生きるためのアイテムに過ぎません。


瞑想などで 自分に繋がったとしても
現実に根差して生きていかないと
安心感は感じられるものの
一種の疎外感を感じるものです。



ヒーリングなどをされていたり教えていらっしゃる方は、現実から離れた生活になってしまうため どうしても楽しいことしか目の前に起こらないようになっていきます。


すると、現実離れした生活になってしまうから、人間の幅が広がらなくて 感情がない感じに見受けられます。



ヒーリング業界にいらっしゃる方が宇宙人化するのは、そのためです。


人間の幅がないのです。

現実を生きないから、器が出来てこないのです。

人としての幅や器を作るためには、現実を根差して生きることなのです。



これに関しては、わたしもまだまだです。


だから、ままのままを卒業するのです。

切りが良いとこまで書きたいので書いてます。


自分の価値を高めると書きましたが 間違えました。


実際は、


自分が価値ある存在だと思い出すことが大切です




わたしと話してると、気分が良くなる方がいらっしゃいます。


それは わたしがあなたがたの魂は価値ある存在だと認識して話をするからです。


認められた。。。と思うのではなくて、思い出すのですね。


今、それが何故 できなくさせているかという理由を話すからです。



あかしいなあ
できるはずなのになあ。。。と わたしは思うわけです。


すると 根性だけ足りないということがわかるから、頑張れ!頑張れ!って わたしは応援するのです。


できること前提で話をするので、話しは早いです。


戻るだけなんだもん。


ねじれを戻すだけです。

力いらないf^_^;

力まない。

簡単だよ♪




目覚めろ!ってほどでもない。


戻るだけ。


リラックスしたら、見えてくるものなのです。




笑うと見えてくる。



スピリチュアルな世界でワクワクすることをしましょう ということは そういうことなんですね。


しかし

スピリチュアルな世界にいる方は、癒しを求め、楽しいことをして笑顔でいますが いっこうに、目覚めません。


それは

作り笑いをしているからです。


根本的な部分がゆるんでいないからですね〜。



根本的な部分を緩めるためには、肉体ごと緩めなければいけません。



だから 行動が必要になってくるのです。




武者震いとは、魂自体の震えです。

肉体自体も震えなければ緩まないです。

心も震えなければ緩まないです。



心を震えさせるには、感動することが必要です。



ということは

すなわち、


感動することが

心を緩めることを促し、身体を緩めることも促すのです。


なぜなら、心と身体は一体になっているからです。


だから

感動を与える映画がつくられるのですね。



一方で
心を締め付ける、縛る作用もあるわけです。



映画。。。情報です。



情報の選択は非常に重要なのです。




与える側は、そこを慎重にしないといけないのです。

やみくもに、出してはいけないということです。

心に作用しますから。。。



だから わたしがメンテナンスというのですよ。。。



と 話を戻しますと


結局、人にとって大切なことは 身体も心も緩めること だと わかりました。


だからまあ

何でも、余裕を持ってやること


関係ないことに首をつっこまないこと。


そこは 自分中心に考えてよいです。



しかし
最近の子供は、転生回数が少ないせいか緩み過ぎて生まれてきています。

緊張感がない。

集中力がない。



だから、意識が浮くのです。



集中させてあげればよいのです。



そのために、グラウディングが必要になってくるのです。




話しはあちこちしますが


緩めることが必要な人と、引き締めることが必要な人がいるということです。


人は一律ではないのです。


特性がありますから〜♪


グラウディングして集中力をつけると、うまく生きられる人♪

ゆるた方が良い人♪



ゆるめ過ぎると、意識が飛びますので、グラウディングが必要になってくるのですね〜



波動を上げることは、ゆるめ作用があるのです。


だから、波動を上げるとよいと言われるのです〜




まあ、まとめますと

波動を上げることや集中力をつけることは、魂を目覚めさせることに繋がるということです。







わたしたちは、愛そのものです。


わたしたちは、愛そのものです。


わたしたちは、愛そのものです。


わたしたちは、価値ある存在です。

わたしたちは、価値ある存在です。

わたしたちは、価値ある存在です。



思い出してください。




思い出して、ください。




わたしは あなたを愛しています。。。

求められることは出来ること。

というのは、

求められることが自分の価値であるということ。



仕事として求められることをすることで、対価をいただきます。

ということは、あなたのその働きによる価値はその値段ということなのです。


その仕事を確実にきちんとできるようになれば、他の仕事も求められるようになり、対価も価値も上がります。



あなたは自分の価値を下げていませんか?


できない、できないと言って
努力もせずに、自分の価値を下げていませんか?



また、まったく見当違いの仕事をして あなたの本質と離れた仕事をしていませんか?



求められることは出来ること。


というのは、魂からのあなたの価値を見つけるためのアイテムです。



したい、したい!

ことよりも

求められることの方が魂に合った仕事なのです。



何故かと言うと


人は間違うし、グラウディングが出来ていない直観は ただの妄想だからです。



妄想では、自分の価値はわからないのです。



自分の前に、相手が何故いてくれるかというと


自分を映してくれる鏡だからです。


そうやって 自分のことがわかるために、わたしたちは 分離して生まれてきているのです。



すべては 自分の価値を知るために、周りに人はいてくれるのです。


直観は当てにはならないのです。。。



あなたはあなた自身の魂を見くびっていませんか?


この地球は、あなたの価値を知る場所です。




これから どれくらい先になるかはわかりませんが お金を使わなくなる時代になります。


しかし そうだからと言って 自分の価値がなくなるわけではないのです。


もし そのような時代になれば 自分の価値と何かを物々交換する時代になるのです。


そのようになれば 自分の価値を下げて生きていたら、到底 生きられなくなります。



そのためにも

自分の価値を上げる努力をしてください。



生きていてよかったと、誇れる自分でいてください。




わたしたちは 肉体を持って、アセンションするためにこの地球に存在します。



肉体を持って


自分の価値を最大限に生かして

アセンションするのです。







昨日、夜遅くに、gouyaさんとお話しをしていました。

。。。。

あれれ?


お口が止まらないデス


って言うか


ムケタf^_^;



はて?ムケタ。。。


何かがムケタ。。。

人を許す時には、サラッと恩着せがましくなく。。。です。



恩着せがましい人います。



許してやったのよ!
感謝しなさい!



これでは 許したことには、なりません。

力を誇示しているだけです。




わたしは 逆の立場になるときには 非常に気を使っていました。


相手がヘコヘコしてくるからです。


わたしは上から目線な話しはしますが いたって対等に話をします。


そのヘコヘコ態度を見ると、悪いことをしているような気分になっていました。


どうして、普通にしてくれないの?って思ってしまいます。


でも 人は、わたしがさも威張りたいから許してくれているんだ という目で見てきて、それを態度に表します。


ヘコヘコしていれば、わたしの気分がいいのだろうと 思い違いをするのです。


そういうのって、疲れます。



よそには、威張りたい人がたくさんいるから わたしもそうかと思われていたみたいです。。。



でも それって わたしに『恩着せがましいのは良くない』『感謝をされたい』という観念があったからです。


その観念を手放すと


周りの人がわたしをそのように見てこなくなります。


あっさりと、ありがと〜♪と言われるようになり、気分がいいものです。


自分の観念のあるなしで周りの人が変わります。

でも そこで どうしてあの人が変わっちゃったの?と 思い出してしまうと、またまた 観念が戻ってきてしまうので 要注意です。



相手が変わったのは、自分の思い込みが外れたからだ!と 気付けると前に進みます。


感謝をされたい方は、相手からあっさりとありがと〜と言われると、もの足りなく感じるようです。


すると せっかく外した観念も戻ってきてしまいます〜



わたしは そこら辺はつけたり外したりして学んできました。




感謝の観念って奥が深いです。

家族って 身内意識が強い人とそうでもない人といますが
わたしは 自分が魂のワンネスを経験して、わかってきたわけです。



だから 家族の身内意識って悪いものではないな と思うのです。


自分が背負えないのに、頑張って背負おうとする人を多々、見かけます。


ありがたい話です^^



こうやって 自ら、体験してみると わかってきます。


家族の想いの深さに。。。



その想いの深さから離れられない人も見かけます。


わからなくもないなあ〜

執着とも違うと思うのです。


責任感かなあ〜



そう考えると、家族ときちんと基盤を固めて生活することが グラウディングですね。


なんとか 家族と向き合おう、仲良くしよう!と努力することが本来の生き方でしょうね。



親元離れて、所帯を持っても 親との仲を改善しないままでいたら、結局 結婚生活もうまくいかないのだと思います。




今、家族から離れて スピリチュアルな仕事をされている方は 足元が見えなくなっているでしょうね。


独身で、仲間といることが楽しい!と言っている人も 家族と仲良くしていることが前提でしょうね。

家族から逃げて、仲間だ!仲間だ!と仲間を求めている人には これからの時代を生き抜くのは、難しいことだと思います。


結婚したくてもできないのは、家族との関係を修復できない人が多いのだと思います。


家族との関係を見直すことができたら 素敵な人に出逢えるのではないでしょうか?




家族との関係は、世界最小単位です。



まずは、そこを見直すことです。

今、生まれてきている子供たちは わたしたち世代よりも弱いです。


忍耐力が元々、備わっていないなあと感じます。


だから、そんな子供たちに合わせた教育や生活スタイルに代わってきています。


ストレスのない生活。


忍耐なくても過ごしていける生活。


嫌ならば、乗り越えずに 別の場所に移る生活。


そうやって 各々が自分の好きなことを見つけ、集まってコミニュティをつくっていく。


交わらなくてもよい。



そんな時代になってきました。。。



自分の思考は、そのまま自分の現実を作り出します。


だから、いかにストレスを感じないか、なのかもしれない。


前に進むリスクを考えて、回避する生活。



だから、成長はしない。。。


成長を望まず、楽しく過ごすことを良しとする。

そんな生活を選択する人が増えてきています。



どんな魂も宇宙には自由意思が約束されています。



どんな選択も自分次第。


魂次第です。。。




地上に降りた魂は、それぞれの道を選択して進んでいきます。

わたしは 自分のことを毎度、毎度 よく謝れるなあ と思います。


それは、わたしが自分を卑下しないからだと思います。


間違えるのは 人間なら誰でもあることだし
落ち込むし恥ずかしいと思うし、愚かだなあと思うけれど、卑下しないからだと思います。



結局、人は 自分を卑下して自分を貶めてしまうから、間違いを認められないし 慎重になってしまうのかもしれません。



自分はバカだなあ と思うけれど、 それで 自分の価値がなくなるわけではないことをわたしはわかっています。



自分の価値



自分の価値を知ったところで 自慢することもないのです。


みんな同じように価値ある仲間だから。



だから、自慢もしないし卑下もしないのです。


みんな同じように、価値ある仲間にわかってもらいたくて書いてます。

ちょっと、意識の高い人たちは 誰に支えられて生きているか

といったら

自分が意識が低いとバカにしている人たち、

奥さんが遊び呆けていても 小遣い2万円で 一生懸命に働いているお父さんや
なんにも文句も言わずに、モクモクと働く人たちに支えられて生きているのです。

頑張らなくてもいい!

と、声をあらげている人よりも

家族のためにと、身を粉にして働いている人に支えられているのです。

それが 現実です。

ヒーリングだ、チャリングができてなんになる!

忍耐力が育つのか?

それで まともな人間が育つのか?

ただの癒やしでしょう。

癒やしは癒しでしかない。

違いますか?

先日、311を題材にした映画を見せていただきました。

フクシマの方は、現実をとらえて生きています。

逆境にあわなければ、現実に向かえないならば 地球は喜んで 地震も津波も起こします。

しかし そのように、頑張っている方がいるから 猶予をくださっているのです。

ちょっとぐらい意識が高いと言われたぐらいで、地震が起こせないようにできると思うな!

と、地球さんが申しております。

逆境にあわなければ、現実に向かえないならば 地球は喜んで地震も津波も起こします。

それが 現実です。



だから、人工地震だろうと、なんだろうと地球が許すのです。


それを 許さねばならない地球の気持ちを感じられない人ほど、愚かな者はないと思います。





『自分に合わない生き方、我慢して生きることは良くない』



確かに、ちょっと意識が高くなると そういう思考になります。


ちょっと、意識が高くなると
頑張らなくても、できるようになるからです。

頑張り過ぎていたなあ、気張り過ぎていたなあ とわかるようになります。

だから、意識を変えたり、上げればいいんだな ということがわかるようになります。



たぶん、世間は そのように感じている人を意識が高い人と位置付けるのでしょう。


でもね、考えてみてください。


それならば

頑張らなくてもいい。

という言葉は、わかる人同士で言い合っていればいいはすです。



まだまだ わからない人に向けて 発信することではないのです。



わからない人がそれを聞くと やめてしまいます。
楽になった〜と、頑張りをやめてしまいます。


そしたら 忍耐力は育たないではないですか?


だったら

あと、一回だけ 頑張ってみようよ♪

とか

今、あなたはここら辺の位置にいるよ

って教えてあげればいいだけの話ではないですか?



一律に、やみくもに 頑張らなくてもいい って 言わなくてもいいじゃないですか?



そこが 思いやりではないですか?



意識が高いと思い上がっているから、そこを思い計れないのではないですか?




わたしたちは 与えられた仕事をきちんとすることで忍耐力をつけるようになっているのです。



流されていく中、石にしがみつく力がなかったら そのまま流されていくのです。


魂は自由です。

確かに、自由です。



それは 忍耐力が備わっている人に対して言う言葉です。


しがみつけない人ばかりを出してもいいのですか?


この地球で生き抜くために生まれてきているのに、忍耐力を育てなくていいのですか?



この地球で生き抜く力を育てるために 目の前にやるべきことが起こり、相手がいるのです。



結局 忍耐力が育たなかったら 流されていくのです。



何のための意識でしょうか?

このページのトップヘ