この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2016年04月

自分の中にある神性に気付くと
生かされているだけでありがたい
という感謝の気持ちがわいてきて、生きやすくなるように感じます。 ...


自分の中の神性の気持ちになって考えてみると
肉体をまとうということは、とてもワクワクすることなんだろうなあ と思うのです。


だって、それまでは 泣いている人を見ても 直接、抱きしめることができなかったけど
肉体をまとって 手や足や目や口などを持つことができると
目で相手をしっかり観て、口で『愛している』と伝えることができて
手でしっかりと抱きしめることができるのです。

考えただけで感動します。


自分の内側に居られる神性は、それがしたいんだなあ と思えるのです。


人に暴言吐いたり、けんかなんてしたくないんだ ということがわかります。


少しだけでも、想像してみてください。


自分の内側に居られる神性の立場になって考えてみてください。


そんな時間を持つことが この世に生きる人たちにとって必要なのだと思います。

わたしは 受け取ったエネルギーをダウンロードして言語化する能力は、優れているようです。


これは、自分としては 普通なことで 誰でもが努力をすれはできることだと思っていましたが 誰もが出来ることではないようです。



言語化力


読み取り力が高いのだと思います。



しかし わたし、視えません。


透視力はないです。


サードアイやのどのチャクラは開いていますが、いっこうに視えません。


わかるってやつ。



あと、『想い』は強いです。

念。。。とも言います。



『想い』で動かします。


『想い』って バカにできません。


『想い』が変わると、まず 自分が変わります。


自分の口から発せられる言葉や声も変わります。

そして 普段の行動が変わります。


普段の行動が変わるから、出逢う人も変わってきます。



そうやって、人を惹き付けていきます。



この『想い』って 感謝する心の深い部分にあります。


『祈り』に通じます。



この地球に生まれて、生かされていることに 深く感謝をすると しみじみと身体の奥から温かいものが込み上げてきます。



それが『想い』であり『祈り』です。


その『想い』をこの現実世界で形にすることで この世界は変わっていくのです。



その『想い』が わたしの言語化力で 形作られていくのです。



わたしの使命は
わたしの『想い』を形にすること。



そして それは、わたしが生まれた星から地球へのメッセージです。





このブログでは わたしの生まれた星からのメッセージを綴っているようです。

私の話しになりますが


わたしは2007年頃から霊的に導かれて ヒーリングに興味を持ったり、Mixiで日記を書くことにより自分を見つめてきました。

結果、自分の内側に繋がり、それをlivedoorブログで綴っていますが それは、わたしの導き手としての使命もあり書いていたものなのです。


しかし、その導き手としての使命もこの3月を区切りに取り払われました。



この導き手としての使命というのは、わたしにとって永遠だと思っていただけに 今でも信じられない気持ちでいっぱいです。

でも 今は、もうないのです。。。




今は ただ、誰かを導くというよりも

わたし自身を生きる

という方向に向かっています。



だから 書く内容も変わってきているのです。



今までは、導き手として書いていたので 不特定多数に発信する内容になっていたと思いますが
4月に入ってからは わたしの気づきが主になっています。



今のわたしは 何もないところからわいてくるというよりも

何かの記事を読んだり人との出逢いによって、気付かされたりわいてくるぐらいです。


ひとりで居るときは、無になっているため 何もわかないのです。



また、わたしは チャネラーのようにエネルギーを読むということをしなくなりました。


一般的に、チャネラーの多くは 人のことはわかるけど、自分のことはわからないそうです。


しかし わたしは人のことは対してわからないけど、自分のことはわかります。


逆なのです。


本質的なことはわかるけど、どうでもいいことはわからないのです。



これは とてもわたしにとって重要なことで


この世界がどのように動いていくかはわからないけど、自分の生きる道はわかる ということなのです。



自分が生きる道さえわかっていれば 生きていけるのです。


どこで地震が起きようと、事故が起きようと わたしの世界で起きていることではないということなのです。



確かに、わたしの住む地方以外の場所で地震や事故があれば人としての思いやりや支援します。


だけど そこまでの介入はしないです。


それが わたしの生きる道なのです。



人には、それぞれ役割というものがあって

人と人の間にどこまで介入するかは役割によって違うのです。

また、介入の仕方も違うのです。



手になる場合もあり
足になる場合もあり
胴体になる場合もあり
頭脳になる場合もあり
様々なのです。



だけど それをわからない人もいるから、批判する方が出てくるのでしょうね。


それは 自分を生きていないから生じることなのです。



必要以上に人を気にしてしまうのは、自分の生きたい道を生きていないからなのですね。。。



だから
昨日、日記を書くことの勧めを書いてみました。



誰もが 自分の生きたい道がわかって、生きれればいいな♪と思います。



わたしは もう、誰かを導くという大それた使命はなく 細々と生きていければいいなあ と思います。



わたしには まだ、エゴはありますが
それを味わいながら生きていくのだと思います。


最初は観念浄化ワークではがしまくりましたが、必要なエゴははがしてもまた、戻ってきます。


学んで進むためにエゴはあるのだと思います。





これからの世の中は、調和、大調和の世界に向かっていきます。


そのため 調和の取れないものは、はがれていくでしょう。


だから、心を見つめることは必須に感じます。



調和、すべてが調和していきます。



愛すること。

男女関係のこと。

宇宙科学のこと。

宗教。

原発。

すべて、すべて、調和していきます。



そのためには

自分みつめ、反省することはもちろんですが 人に対する思いやりを持つことで 自身に向上心が出て 宇宙からの叡知が注がれ、宇宙科学が発展し 宗教も科学的に解明されていくようになります。

結果、原発もなくなり フリーエネルギーができてきて 貨幣価値、経済も様変わりするようになってきます。




根底は、自分自身が反省することによる人への思いやりや感謝による想いです。


想いの強さで、わたしたちは 世界を変えていくのです。



わたしは わたし自身の想いで 世界を変えるために生まれてきました。


想いの力です。


想いは祈りの力になります。


これからのわたしは導き手として生きるのではなく、想い人、祈り人として生きていくのです。

正しい言葉を使う とは 敬語・丁寧語・謙譲語 とか文法が正しい とか
そういうことを言っているのではなくて、カンタンにいってしまうと
「ケガレ言葉」を使わない、ということです。

日本では古くから、神聖な場所では「祝詞(ノリト)」をあげるわけで
すが、その意味の一つというのは、決してケガレた言葉を使わないため
です。

何度も何度も詠まれてきた祝詞は、完全に神聖な言葉であるから、それを使う限りは絶対間違いがない、というワケです。

ですが、最近の人は、どんな言葉がケガレた言葉で、どんな言葉が間違
った言葉か分からないそうです。私もわかりません。

なので、それを知るためには、古代の神聖な文献である古事記や、祓詞
(ハラエコトバ)といった祝詞を勉強するのが良いそうです。

単純な話、「ケガレ言葉」とは、人に悪い印象を与えるような言葉や、
ネガティブな印象を与える言葉のことです。

「バカ」とか「グズ」とか「てめえ」とか、「疲れた」とか「キモい」
とか、 そういう言葉です。

自分が言われて元気がなくなる言葉、と考えた方がわかりやすいです。


そもそも「ケガレ」とは、「気が枯れる」という言葉から来ているそう
ですから、元気がなくなる、落ち込む、エネルギーがなくなる、といっ
た言葉です。

逆に、イライラさせたり、混乱させるような言葉も入るでしょう。

繰り返し言いますが、 決してお上品な言葉とか、丁寧な言葉を使いな
さい、といっているわけではないのです。

とにかく「正しい」言葉を使うことで、 まず私達の心や考え方が正し
くなり、 そして、その影響をうけて、周りの人も心が(気が)元気にな
ってくるわけです。

「言葉の力」は、最近の心理学などでは完全に証明されていて、 コーチングや自己啓発では必ず言われることです。

「元気のでる言葉」 とか「運がよくなる言葉」「パワーフレーズ」 とかいった本が書店に大量に置かれているのを見たことある方も多いとおもいます。

ただ、「正しい言葉」 というと、 どうしても「ポジティブシンキング」 と勘違いされてしまうのがややこしいところではあります。

いくら「ポジティブ」であっても、「ケガレ」ていては正しい心、つまり本当に深いところから元気になる言葉とはなりません。

元気であっても、方向性が間違ってしまえば、 いわゆる「暴走族」みたいな感じで、力の使いどころを間違えてしまうことになりかねませんから。

さて、では、どうすれば言葉を正すことができるのか?

その方法としては、一番手っ取り早い方法、簡単な方法としては、 古事記や四書五経を声に出して毎日読むことなんだそうです。

ようするに古い言葉で書かれた「教え」の本を声にだして、繰り返し繰り返し読むことによって、 自然に脳がその「正しい言葉」をインストールしてくれる、というわけです。

考える必要はありませんし、覚えようとする必要もありません。

ただ、声に出して読む。

するといつのまにか家庭円満になりいじめもなくなるというのです。

素晴らしくシンプルでカンタンですよね。

「古文なんて読めないよ!」と子供達は言うかもしれませんが、 ルビもうってあるし、意味はわからなくてもいいわけですから読めますよ。

まずは母親から始めてみませんか? そういう本ならどこでもカンタンに買えて、 しかも文庫なども出ていますから、わずか500円程度で幸せな人生を歩めるし子供たちを笑顔にさせることができる となるとこれほど素晴らしいことはありません。

とにかく、繰り返し繰り返し読むことで、さまざまな能力が開花ことに繋がると思います。

ちなみに非常に優秀といわれるユダヤ人は、 基本的にみんな子供の頃から旧約聖書を暗記するほど音読するそうです。

まさに! そういうことですよね。 そう、私達のその人生は、たった一つの「正しい言葉」本を音読するだけで変わるのですから「ホントかなあ・・・」 と思った方は、一緒に始めてみませんか?

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「フリーダム フライト」キマさんからの日記転載です。

日記を書くこととブログを書くことって違います。


ブログを書くことは、不特定多数に発信することで 日記は、自分をみつめたり振り返るためにあるものだからです。



わたしは 最初は、ミクシー日記を書いていました。


そして 気づきが増え、自分の内側からの声が起こるようになり livedoorでも全体に発信するようになりました。



全体に発信することは、 見えない相手に意識を置くことです。。


見えない相手に意識を置くことで 世間がわかってきます。



でもね それって、
自分の世界がわかることではないのです。



自分の世界は、自分をみつめないとわからないものだからです。



自分の世界と 自分以外の相手の世界は違います。


同じ波動領域で生きているわけではないからです。



自分以外の相手ばかりを観ていると、自分の生きている世界がわからなくなります。


自分以外の相手の世界が自分の生きる世界だと、錯覚をしてしまうのです。


だから 外側ばかりに目を向けていると 自分が見えてきません。



自分の目の前の相手は 自分を映し出してくれる相手ですが
それを飛び越えた相手は、自分の世界ではないのです。



だから、テレビに映る世界は、自分の生きる世界ではありません。


だけど 人は、それをわからずに 同じだと錯覚をしますね。


テレビに映った人たちばかりを観ていると、自分がなくなっていきますよ。


幻想の世界が現実だと錯覚をしてしまいます。



自分みつめをしていると、瞬間、瞬間 次元が代わっていることがわかってきます。


物の位置が微妙に違います。


家具の位置も微妙に違うことがわかります。


また、あきらかに 『ここは、地球じゃない』とわかるときもあります。


見える月も違うからです。



わたしたちは そうやって、次元の旅をしているのです♪


そうわかると、自分みつめをして 自分を振り返る一日は、なかなか楽しいものですよ♪

ジャッジしてもしなくてもどちらでも良い



思い込みやこだわりがあり ジャッジしてしまうことがあると思います。


スピリチュアルな世界では、ジャッジすることを手放しましょうと言われますが


ここは まだ、二元性の世界です。



自分だけがジャッジしなくても 目の前にいる人がジャッジする人だと なんらかの影響を受けてしまいます。


結果、ジャッジすることは良くない とジャッジしてしまうことになるかもしれません。



そうならないためにも


ジャッジしてもしなくてもどちらでも良い


ということを覚えておきましょう。



ジャッジしないことが良いことではなくて

ジャッジすることが悪いでもなくて

ジャッジしたい気持ちが悪いものでもなくて

ジャッジしないようにしなくてはならない と こだわることでもないのです。



どちらでも良いことなのです。



ジャッジしても悪いことではないですよ♪

先ほど

自分を愛するということは、自分の行動に責任を持つことと隣り合わせなのです。

と書きましたが

簡単な言い方をすれば


遊んだ後はお片付けをしましょう


ということなのです。



おもちゃを出したら片付ける


片付けるまでが遊びです。



それを おもちゃを出したら出しっぱなしにしてはいけないよ ってことです。


片付けること前提で遊ぶのです。


片付けることを前提で遊ばないから、出しっぱなしになるのです。


片付けることを考えたら、遊び方も考えるでしょう。



最後の片付けがしたくないから、遊びは面倒だと考える人も少なくないと思います。


だけど それだったら、楽しい気持ちは味わうことはできませんね。




楽しいことが考えられない人は 最後のお片付けをしたくないから、考えたくないのではないでしょうか?



それが めんどくさい という言葉になるのだと思います。



遊ぶだけ遊んで、後始末はしたくないのです。


後片付け、後始末


それが責任感です。




大きな遊びをしたら。後片付けも大変になるので
最初は、後片付けが簡単なお遊びから始めればいいのではないのでしょうか?




最初から大きなことをしようと思うから後片付けも大変になるのです。




どれくらいの後片付けができるかで 自分の器がわかるのです。




自分を愛するって どれだけ自分の行動に責任を持って生きていけるか!ではないでしょうか。。。



自分を愛することができるようになると
この地球、自然に愛されている 生かされていることに 気づいてくるようです。



そして 生かされていることに感謝ができるようになるのです。



そうなると とても生きやすくなりますよ。


自分を愛する、ということがわからない人がいます。


それは 痛みに鈍感だからだと思うのです。



わたしも かつて、

わたしはストレスなんて無縁だわ!

と言っていた時期があります。



また、どんな楽曲を聴いても どんな映画を観ても感動したことがありませんでした。


『感動する』ということがわかりませんでした。

また、『感謝をする』ということもわかりませんでした。


ありがとうございます と言うことが 感謝をすることだと思っていました。



だから いつも、お前は心がない!思いやりのかけらもない!と叱られてばかりいました。



これは すべて、ハートが閉じていたからです。


それを知らなかったから、叱られていた。。。



今なら、わかりますが 当時のわたしには理解ができなかった。。。

当たり前です。


ハートを閉じてしまうような躾をされて 心がない思いやりがない と言われていたのですから。。。


ハートというものは、あまりに辛い出来事があると 感じないように閉じてしまうのです。

そうやって、身を守るのです。




ハートを開くって大切です。



どうしたら ハートを開くことができるのでしょう。



それは 自分が好きだなあ と思えることを思いっきりすることです。


でも 理性があると、なかなかできない人も多いでしょう。


また、好きなことが見つからない。。。という人もみられます。



趣味がない。

何をしたら良いかわからない。




本当は やりたいことは山ほどあるのでしょう。


だけど 自分で自分に制限をしているのです。



最初はどんなことでも勇気がいるものです。



結局は 勇気 なのです。


勇気がないと何もできません。


そして それをすることの責任です。



何か、それをすることの責任を取れないから勇気が出ないのです。



わたしたちの人生はすべて、責任がついて回ります。




結局 自分を愛する、ハートを開くことは
自分の行動に責任を持つことなのです。



気持ちが浮いて、ハメを外しても その行動に責任はついて回るのです。



自分が好きだなあ と思えることを思いっきりするにしても 責任はついて回ります。


だけど そこを越えていかないと 自分を愛することはできないのです。



自分を愛するということは、自分の行動に責任を持つことと隣り合わせなのです。




わたしは 自分を愛することに一生懸命な時は、人を傷付けていました。

そして その度に責任を取ってきました。


でも どれだけ人を傷付けても わたしは自分を愛することをやめませんでした。

その度に、責任を取ってきました。




そして 今の自分がいます。

花を咲かせるには、

まず、大地の役目を求められます。


大地を耕して、土壌を良くするのです。

水分もたっぷり与えて、栄養もたっぷり与えなければいけません。

太陽の陽も浴びるのです。



そうやって 土壌を良くしてから 種を蒔きます。


種を蒔くと芽が出てきます。


太陽の陽を浴びて、水分もたっぷり与えて、光合成を盛んに行います。


すくすくと伸びます。


栄養や陽を浴びるほど、しっかりとした根っこや茎になります。


線が通って、軸もしっかりしていないといけません。



そうやって すくすくと育ってから、花は開くのです。



人生の花を開くのも同じことです。


根っこがあって、土壌が安定して 茎がまっすぐに伸びて、軸があること。


それがあって、花が開くのです。




それが 花の咲かせ方です。

先ずは 本当の自分を取り戻す。。。

と書きましたが、


この熊本大地震をスタートに

思い込みを外される〜♪
という流れがやってきているようです。


今までは、自主的に自分のこだわり、思い込みを外そう!という流れで来ましたが

この熊本大地震をスタートに

能動的に思い込みやこだわりを外されるという流れになってきているようです。



勝手に、外されていく〜♪
って

向き合うべきことがこんにちは♪とやってきて、向き合わざるを得ない状況になるってことです。



いと、楽し♪



今まで、自分の心に蓋をしていた人は特に、向き合わされる感情、事件が起こることになっていきます。


その大きな出来事の最たることが熊本大地震なわけですが、他の方にとってもそのような大地震的なことが起きて、向き合わざるを得なくなってきますよ♪ってことです。


待ったなし♪で〜す。




今まで コツコツ向き合ってきた人は これからも、コツコツ向き合っていくのでしょうが

今まで 野放しで来た人にとっては 非常に、大変な情況になるかもしれません。



しかし それは、すべて 自分を取り戻すために起こっていることなので、真摯に受け入れていくしか手だてはないようです。


ここで イヤイヤしていても、ありとあらゆる手段を使って、向き合う方向になってくるということです。


そして

一ま〜い、二ま〜い とはがされていくのです。



軽〜くなった自分を想像してみてくださいまし。



雪崩のように、叩き込んできますよ♪



お楽しみに♪




そして 、9月までが助走期間となり それからが本番です。



だから なるべく 9月までのうちにはがせるものははがしておいた方がよいのです。


9月には もっと大きな波が押し寄せてきま〜す♪


今まで自分だと思っていたことが 間違いだったと気づかされますし

今まで思い込んでいたことが まったく逆転もしますしね♪



誰もが、再構築されていくようですね。




だから 今のうちに、はがせるものは はがしておいてくださいまし〜

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