この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2016年05月

戦争を起こすような残忍な心にしたのは、誰のせいなんだろう。。。



昨日、オバマ大統領が広島を訪問され 『核なき世界へ』の想いを語られました。


これでオバマ大統領が日本に謝罪したとの見方もあり アメリカが原爆投下をしたのは、真珠湾攻撃や中国占領の残忍性を指摘する声もありますが
そもそも 戦争を起こすような残忍な心にしたのは、誰のせいなんだろう。。。




核が世界から平和を奪うことは、誰が見ても事実なのに まだ、いたちごっこをしたいのだろうか?



世界から平和を奪って、利益を得たいのだろうか?



世界が平和でないなら、経済が豊かになる。


そこまで利益強要をしたがるのは、なんのためだろう?



世界を征服したい



その想いなだけだ。



それは 愛と呼べるものではない。



だけど この地球において許されている事実なんだ。



どうして 愛と呼べないものが許されるのだろう?


自分の中の邪悪な心が創ったものだから、自らが刈り取るまでは 有り続けるのだろう。。。



核のない世界を目指すためには、自分の内にある邪悪な心を許すこと。




それ以外に方法は、ないのだ。




誰の内側にも潜んでいる邪悪な心を許すこと。




それを地球は望んでいる。


宇宙は望んでいる。

今のスピリチュアル業界は

自分の望みを叶えるためのスピリチュアル



霊的進化をするためのスピリチュアル

というものがあるらしい。



そして 今、霊的進化するためのスピリチュアルを実践していく人が多くみられて スピリチュアルに深い意義を感じているものの、現実と結び付いていかないジレンマを抱えているので 内なる神様を信仰しつつ、信用出来ない人が多い。。。

ということらしいです。



ふ〜ん


現実と結び付いていかない。


深い信仰心だけでは、現実に結び付かないのは当たり前です。


祈りだけでは、現実に結び付いていかないのは当たり前です。



祈りをする人、深い信仰がある人、というのは 世間的にいい人、と言われます。


いい人と呼ばれるだけの人として生きているからじゃないのかな?


良いことばかりしていても 自分の人生を生きていなければ、現実と結び付かないですね。




そもそも 深い信仰心って目的とは違って

当然、有るものですから

深い信仰心を持って、何かを成し遂げるのです。




成し遂げる何かがなければ
深い信仰心を持っていても いい人にしかなれません。



生きる目的、がないから 現実的に結び付かないのですね。



〇〇〇したい!


これがあるから頑張れる というものを 持ちましょう。



目的なく、お祈りをしていても 現実は変わりません。



現実を変えたい!ということは、現実に不満があるからだということに気付いてください。


自分の不満に気付かずに、お祈りだけしていても変われるものも変わりません。



そして 不満が見つかれば、不満を解消すべく実践が付いて回ります。


不満解消のためにお祈りをしていれば 実践方法がわかるようになってきます。


その『わかる』が内なる神様からの声です。


繋がった瞬間です。


それを 幾度となく実践していくことで 内なる神様との信頼関係を強めていくのです。



実践あるのみ♪です。



そして 実践を繰り返すことで 霊的進化をしていくことになるのです。


覚醒を目指している人も同じ流れです。


お祈りだけ、瞑想だけで 覚醒していくのは、あり得ないですわ。



また、この実践の最中に、自己責任も求められてきます。



これが アセンションへの道のりです。



簡単に考えている人が多い世の中です。


お祈りとは、自己浄化も含まれます。




『自分には 欲も何もなく、目的も何もありません』
と、おっしゃられる方は 不満を持ちません。

世界平和のために、ひたすらお祈りしてください。

よく遊び。。。

というのは、ひとりで楽しむことではなくて、相手がいるものです。

心から楽しむには、ソウルメイトさんが必要です。

最初から、だれとでも楽しめるってわけじゃない。

だから 楽しめる相手が必要なのです。

人生に迷っていたり悩んでいたりすると、本心から楽しめることはなかなか見つからないけれど
それでも 飛び込んでみることは必要。

飛び込んだ先に、必ず 出逢いがある。

大切な出逢いがある。

心から楽しめる相手がツイン。。。なんちゃらだと思います♪

ツイン。。。なんちゃら♪に出逢ったら、世界が変わります〜

生きててよかった〜って思うよ

だから、頑張れるo(`^´*)

最近は、ツインなんちゃらって いろいろ分類が多くて、ワケわかりません。

わたしの言うツインなんちゃらさんは、同じ魂の記憶を持っている方であり同じ星から来ている人のことを指します。

わたしは、努力していない人がどうと言うつもりは ない。

だって 癒されていなけれぱ、努力はできないのだから。


今の現代人には 癒しが必要だと思ってます。


だから、楽しむ♪ことは大切だと思います。


たくさん楽しむ♪ことをしたら 人は必ず、進化したくなるものだから。


進化するために、楽しむ♪のよね。


よく遊び、よく学べ♪です。


だから 楽しんでいない人をみると、なんでかな〜

わからないです。


楽しむことが出来ないくらい癒されていない。

そもそも、楽しむことがわからない。


でも、これって わたしも通ってきた道だったりもする。


こんなわたしでも 昔はハートが閉じていて 楽しむ♪という感覚がわからなかったのだから〜


楽しむ♪って大事だわ


やる気を引き出すもん



結局、楽しむ♪ことが出来る人が努力することもできるのだと思うのです。


だから まず、楽しんじゃえ!って思います〜

Facebookで お友だちになっている人がいいねを押していると、自動的に記事が読めてしまうのだけど
その中でも スピリチュアルな人が自慢したいために書いている記事があったり 社会貢献している記事があるのだけど それは特別なことではないのだと思うの。


宇宙的にみたら当たり前のことなんだよね。


スピリチュアルな人がヒーリングして治したりチャネリングして人の人生の軌道修正に携わったりすることも 自分を高めていけばできることで 誉められることでも自慢できることでもないの。


それに 自分に繋がれば、自分のことは 誰よりもわかるから あえて誰かに頼ることでもないのよ。


だから わたしは どれだけスゴイと言われる力を持つ人に対してもスゴイ!と思わないから スゴイですね〜 とも言わないの。


わたしのことは自分の内側がわかっていればそれでいいし これからの世の中のことでも 自分の未来がわかればいいのよ。



興味があるのは、常に自分のことなの。


だから、人に関心がいかないのです。



でも たまに 自分の興味をそそられる人に出逢うと、神様、仏様に出逢ったかのようになっちゃいます^^



ほんと わたしって自分主義だと思うわ♪




こないだも高圧的な人の記事を書いたけど
猫がクソ隠すように自分を隠すわたしです。


これは 自動的に自然にわたしがそうなっちゃうんだけど、それでいいと思うわ。



バシャールがどうとかosho?がどうとか

わからないです。


わたしはお月さまとか弘法大使さまとタメ口で話しますが

たまに、弘法大使さまにはダメ出しされます^^

そんな時は 深々、頭を下げて 申し訳ございませんって謝るの。


そして わたしはわたしの出来ることを努力するだけ。



結局、努力と謙虚さが大切だと思うのよ。


努力って継続する力なの。


いつまでも 同じ悩みを抱えているのは、努力していない証拠だし
いつまでも 代わり映えしない人生を送っているのも努力していない証拠だと思うのよ。


たまには、ブレて 道を間違うことがあるかもしれないけど
毎日、 継続する何かを持つことで 人は変われる。



立ち止まらなければ、必ず 人は進化し続ける。



何かが出来て、誉められたい自慢したい という人よりも 毎日、継続する力のある人がわたしはスバラシイと思います。


進化する力ってスバラシイと思うのです。

本当は 十分に癒されてから 魂の目的に沿ったことに導かれればよいのだけど
魂はまったなし、宇宙も加速しているため

十分に癒されていないのに、魂の目的に沿ったことに求められることが起きています。


十分に癒されていれば なんなく、乗り越えられるのに
十分に癒されていないのに 求められるので、
人は、恐怖を感じるのです。


恐怖心の中、乗り越えていかなくてはいけないのですから。。。



だけど そんな時は 自分の魂を信用してください。



あなたの内なる神様が守っているから 求められるのですから。



そこで 内なる神様との信頼を試されるのです。




今はこのように 魂の癒しが徐々に進んでいる人は あなたはどこまで人を思いやりことができますか?というお試しが来ています。



自分の癒やしと他者への思いやり

両方が求められている時代です。



どちらもおろそかには出来ないのです。

十分、癒された人は 自分の特技が発揮されて
その特技で生きていけるから 誰かを嫉妬したり羨んだり、何かに執着してしまうことはない。



何かに執着してしまうのは、未だ、癒されていないということです。


自分の特技を見つけたら、誰かと自分を比べることもないのです。


結局、自分と誰かを比べるということは 癒されていないからしてしまうことなのです。




今は、癒された人と癒されていない人との2極化の時代です。


癒されていない人は 十分な癒しが必要です。

そして これ以上、
カルマを増やさないようにすることも大切なのです。





わたしは 十分、癒された人間だから
癒されていない人の気持ちがわからない。


人の気持ちがわからないのは、自分が癒されているから。


だから、癒されない人の仲間入りをすることによって 人の気持ちを学ぶのです。




わたしの書いていることは、わたしに向けて言っていることがほとんどだから
癒されたわたしに向けて言っているから 厳しい言葉が多いのです。





まずは 十分、癒されることなのです。



十分、癒されるために各々の魂が自分に癒しを与えているのです。。。




十分、癒されたら 次は 人を思いやること、

これを 求められます。



しかし 中途半端に 癒された人は
人を癒そうとする。



違うのです。



癒されていない人に 一番必要なのは、癒しではなく 人の思いやりなのです。



人は人の思いやりによって癒されていくのです。

これからは


あなたはどれだけ自分の人生に責任が取れますか?

を 誰もが、問われる世の中になっていきます。



あなたの発言、あなたの見方、あなたの行動

すべてにおいて、自己責任が伴います。




軽い気持ちで言ってしまったこと
考えなしに行動してしまったこと

すべてに、メスが入ります。




ということはどういうことかと言うと



『自分本来の道に導かれていく』

ということです。



今、自分本来の道を歩んでいない方は


地に足のついた生き方をしていないはずですし

思いやりも謙虚さもなく、人に対しての言動も荒いでしょう。

自分との約束を守るなんてこともできていないと思います。


不満を抱え、それを誰かのせいにしていたり、
自分にはできないとあきらめた人生を送ってはいませんか?



自己責任って 本来、難しいことではないのです。



自分本来の人生を送っていたら、どんな責任も取って生きていけるものなのです。



責任が取れないことに巻き込まれること自体、あなたの進む道は違うと いうことなのです。




わたしの出来ないことはなにもない!という言葉も


出来ないことは求められない という意味なのです。



自分本来の道に進んでいるからこそ、求められるのです。



求められるのは、自分が本来の道に導かれているからです。




自己責任って怖いって思われた方もいらっしゃるかもしれませんが
実際は、こういうことなんですよ。




仕事において、責任を取ることの重みに負けて、リタイヤして 楽な仕事に転職をされる方もいらっしゃいます。


一旦は、楽な場所で癒されます。


だけど 長くは続きません。


十分、癒されたなら また壁は立ちはだかります。

魂的には、越えたいのです。


越えた先に、魂の目的があるからです。


越えた先に、本来の道が見えてくるものなのです。




仕事をリタイヤして田舎暮らしをされる方もいらっしゃいます。


農業をされる方も多くなりましたが
これからの世の中は 縄文時代のような自給自足の世の中になっていくわけではないのです。



この地球は 宇宙の仲間入りを果たすのですから
自給自足で生きていく〜という昔話しのような世の中になっていくわけではないのです。




高度な科学と知識と技術を兼ね備えた人材が増えていく世の中です。


そして 意識レベルも高く、世のため人のために働く人材が増えていくのです。


現代は、
今の人間には癒やしが必要だから 田舎に引っ越しする人が増えているだけですし
スピリチュアル業界が盛んなだけなのです。


ヒーリング、チャネリングが出来ることが 当たり前の世の中になっていきます。


それが出来ることが前提で 違う仕事を持つのです。


自分自身に繋がっていることが前提で仕事をしていくのです。


だから 次元が上がるのです。



自分の知識や知恵を世のため人のため、ひとりじめしない人が増えていくから 次元が上がり 宇宙からの叡知がどんどんと降ろされていくのです。



そうやって 地球は進化していきます。



だから、自分と交わした約束を守り、内なる神と繋がって宇宙の叡知や豊かさ、富を受け取ってください。



そうやって わたしたちの住む地球は 宇宙の仲間入りを果たしていくのです。




わたしはアセンションを牽引します。

わたしのお口は、よく動きます。


また、わたしのお目目もよく動きます。



サードアイが開くということは
見えないものが見えるのではなくて
よく、目が見えるということではないでしょうか?


実際の視力は、0.6ぐらいしかないですが よく、見えます。

よく、見ています。

視野も広いです。



視野が広いと 人の長所もよく見えます。
だから、お口も開きます。


結果、人付き合いは、良好になります。




人を指導する、教える立場の者は
このように視野が広く、相手の長所がよく見えないと話しになりません。



相手でも気づかない長所をいち早く、気付き誉めるのです。



そうやって 信頼を得ていくのです。


視野が広いので 短所も見えますが
短所だけ指摘しても、信頼関係は結べません。




長所を認めていることの前提での短所の指摘です。

指摘してから教えるのです。


指摘だけでは、成長していけません。


最初は教える。


わかっていることは、教えるのです。


広めることもいいですね。



結局 知恵というものは、内なる神からの恩恵ですから ひとりじめにしておくものではないのです。



まずは 人との付き合いは 相手を誉めることからです。



そのためには 相手を丁寧に、注意を払って見ることです。




やってみてください。

みんな、み〜んな 大なり小なり 自己責任という壁を乗り越えようとしている。



目の前に立ちはだかって、前が向けない時には
仲間に励まされたり、癒されたりして時を待つ。


待つことも必要。


離れて観てみることも必要。



だけど 生きている限り その壁は乗り越えるまで 目の前に立ちはだかるんだ。


でも どんな方法で 乗り越えるかは、決められていない。


自分次第なのです。




壁をよじ登る者。


またぐ者。


空を飛ぶ者。




個の特性を生かして越えていく。



自分の特性を見つけよう。


そうすれば、楽しく壁を越えられるよ!




誰もが 同じように、壁はある。


壁のない人生はないんだよ。




自己責任という壁は、越えたら越えた分だけ 大きくなる。


そうやって わたしたちは 内なる神から豊かさを与えられる権限を得ていくんだ。


内なる神への信頼と謙虚さが増せば増すほど 壁は大きくなるけど 乗り越えられる。


そうやって わたしたちは豊かさを与えられる。


その豊かさを、自分のものとせず、周りに分け与えることができる者に その権限は与えられるんだ。



内なる神との信頼以外なにものもないと感じています。



内なる神との信頼とは、自分との約束。


自分との約束を守ること。


ただ、それだけで得られるんだ。。。



内なる神からの豊かさは、自分との約束の積み重ねで与えられるんだ。

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