この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2016年09月

以前も話をしたと思うのですが もう一度、書いておきます。


今 地球の波動が毎日、上昇してきているのですが それに伴って 自分の選択する次元も上がってきています。


また ひとりで居る時の次元と相手が居る時の次元も違っていて 相手によっても次元が違うので、すべての人が次元の旅をしています。


そして 新生地球の次元も 二元性を越えた次元になってきているので
新生地球と今までの地球と行ったり来たりしている人も多いです。



今まで、自分の内側と向き合わずに来ている人は 未だに、今までの地球に居ることになるので 変わりのない毎日を過ごしている人が多いです。


しかし 新生地球に片足を突っ込んだりしている人は 次元の高低差で船酔い状態を起こしています。

だから 体調が悪くなります。


そのため よく睡眠をとらされる傾向があります。

今後は、新生地球と今までの地球、行ったり来たりを繰り返しながら 通常、居る次元を新生地球に定めていくようにしていくことが望ましいです。



わたしは新生地球に常時、居ますから そこから皆さんを引っ張り上げる役目をしています。


だから、皆さんがわたしのブログを読んでいただいている時は新生地球に片足突っ込み状態になってます。


しかし わたしは今までの地球に降りることもしますので フルネーム鑑定や仕事をしているときは 二元性の次元に行くのです。




この わたしのエネルギーに満たされ慣れてくると、新生地球の次元に選択することができて 人間関係の煩わしさもなくなるように思います。



今は このように行ったり来たりを繰り返しているので
今までのように 今までの地球にいる感覚で 相手と向き合うと
今までの地球に居ることを選択し続けることになるため
新生地球に移行しにくくなります。



そのため
必要な方には
相手に対する負の感情が出てきても向き合わなくてもよい と話をしています。



まだまだ 二元性の地球に居る人は 負の感情と向き合ってください。


だけど 新生地球を行ったり来たりを繰り返している人は 今は、向き合わないでください。


今は です。


この次元の高低差が落ち着くまでは、向き合わないようにしてくださいね〜♪



お知らせでした〜♪

この世の中で、本当に大切なものは何かと思いますか?


答えられる人は少ないと思います。



気づき、覚醒するとは、それがわかることです。



それがわかるために これから、お試しがあるでしょう


わかるまで、根本的にわかるまで お試しがあるでしょう




この世の中で、本当に大切なものは何かと思いますか?



正解を答えられるようになったら、立派な地球人となるでしょう。

昨日、知人と話をしていて感じたのは

親子関係、子育てに関してですが

親が真剣に子育てをしていない家庭が多いんだなあ って思いました。

わたしの周りでは 比較的、子育てに関しては真剣に取り組んでいる人も多く 悩みながら子育てをしているのです。

しかし

親が自分のことしか関心がなく 子供に目を向けない人も多く存在するんだな ということ。

また はたから見ていると いかにも間違っているのに 自分の子育てに間違いはないと勘違いをしている親も多いんだな ということ。

そして 勘違い、無関心な親の元で育った子供が多いんだなあ ということです。

悩む人ならば、親は模索しながら考えますが 考えもしない、問題を問題ととらえないどうしようもない親が存在するんだ という事実を突き付けられました。

自分の親はこんな親なんだ

と、情けないと感じて親になった人が多いんだ ということ。

子供が子供を生んで どちらも成長することなく生きている

そんな親は決まって

『子供の個性を大切に』
と言われます。

個性を大切に育てているのではなくて
産みっぱなしなだけだと思います。

ペットの飼育が出来ない人間が子供を産む。

よく 聞かれるのが

自分が親にされて嫌だったことを子供にはしたくない

という言葉。

それって 子供を想っていない行動を押し付けられていたのだろうか?

しつけをしていく中で 戒め、諌めることも多々ありますが
その戒め、諌めを子供が嫌がり その子供が親になった時に、自分がされて嫌だったからと子供を戒めない、諌めない のではないのでしょうか?

娘がわたしによく言うのが

友達の子の親が叱らないことを お母さんはわたしによく叱る

そんなとき わたしはこう言います。

『友達のお母さんは
やって良いこと悪いことの区別がつかないから、子供を戒めることができないんだよ』

やって良いこと悪いことの区別がつかない大人が多すぎます。

読んでいただいてわかるかと思いますが
一般的に、仕事で求められていることをわたしはやっているに過ぎないのです。



仕事をするにあたって

自分の利益だけ考えないのは当たり前のことだし、社員がいたら、社員の家族を路頭に迷わせないように努力するのは当たり前なのです。


代表取締役として 神様の意思を取り次ぎ、社員に噛み砕いて伝え、教える。


また、社員の不満や意見を聞き わたしでたしなめることはして、それ以上のことは神様にお願い申し上げます。


わたしの出来る力を最大限に生かし、日々 社員のために尽くしています。


だから わたしは決して、この代表取締役という立場を辞めることはできないのです。


そして、わたしの代わりにまずは、中間管理職要員を育てることもしなくちゃいけないし 社員に給料も支払わなくてはいけないです。




お給料を支払うということは、稼ぐこともしないといけないわけです。



だから、雑な仕事はしないし、間違いはしないのです。



雑な仕事や間違ったことをすると 評価は下がり信頼も失うこともあります。


いいよ、いいよ と許されたとしても 評価は下がるものです。


結果 それが収入に反映してくるのです。



効率欲、スピーディに、完ぺきにこなしてこそプロの仕事です。


それが 責任感を作るのです。



雑な仕事をする人と関わると 仕事の効率も落ちるのです。

二度手間、三度手間 一回で決めれば早いのです。

相手を思うからこそ、一回で確実なものにしたいのです。


そのためには 集中力が必要です。



結局、相手を思いやる心が仕事を効率良くこなし、完ぺきに導くものです。


そして 収入もそれに反映されて評価も上がるのです。



そうやって得た収入は自分のことに疎かには使えないものです。


だけど 世のため人のためになることでしたら、進んで使わせていただきます。




雑な仕事をしたり間違えることは 人を大切にする心がないからすることです。



仕事において、いいよ、いいよと許すことは 人のためにならないことだと思います。


責任感を持ち、相手を敬い思いやりのある行動をすることですね。



これが 一般的な仕事の基本です。



どんな職業についたとしても 雑な仕事はしないこと、間違えないことです。

同情はできないな って思う。



昨日 娘が岩手から帰ってきて被災地の状況を教えてくれた。


被災地の本や写真を見せてもらったりして
娘は考えさせられることがたくさんあったと言う。


そして 一言。


言ってみなきゃわからないよ!


確かに、そうだ。



だけど 想像はできる。




今まで当たり前にあった生活が一瞬でなくなり、涙も出なくて 現実を受け入れることができなくなる。

だけど 日が経つにつれ、現実を見せられ、心についた傷と向き合わされる。

この先の不安感は計り知れない。。。


受け入れていく強さがあれば、前に進めるのに 心の傷や不安が邪魔して受け入れていけない。。



そんな状況の中、生きている人たち。




この世に生まれていれば、大なり小なり、心に傷がつくものだ。

乗り越えても また、違う壁がやってくる。




わたしは 以前、心が強くなりたい!と願ったことがある。

誰も助けてくれなかった。
苦しんで苦しんで、食事を受け付けなくて 一気に体重が8kg減ったことがある。

もがいてもがいて、毎日 不安で苦しくてのたうち回った。

その時のことを思い出した。



その数年後の今、不安感もなければ心の傷も癒えました。


そんなわたしにも 新たな壁はやって来ています。


あのときは 自分ひとりを助けることで精一杯でした。


そこから這い上がるのは苦しいものでした。



でも、どうしてそうなったかというと 自分の甘さからでした。

自己管理能力も低く、自分のいい加減さだらしなさが引き起こしたことだとあとで知りました。

自己責任です。

蒔いた種は刈り取らなくては前に進めないのです。



それを経て 今のわたしに課せられているのは

自分ひとりの命だけではなく、何万人という命を助けることです。


自己責任どころの騒ぎではないです。



人には段階があるのです。

また その立場にならないとわからない重責もあるのです。


自分ひとりと向き合っているうちのほうが楽。


リタイアしようとしたらできるから。


リタイアできない人生があることも知っておいてください。


一寸の狂いもなく進むことを要求されるのです。

間違いは許されない立場にある人がいることも知っておいてください。



ごめんね〜って謝れる立場でいることに感謝をしてください。


間違いは許されない立場にある人がいるから、宇宙では自由意思が尊重されるのだし 守られているのです。

あることに感謝をする。


ないことばかりに目を向けていくから不満が出てきて『ある』ことに感謝をしなくなる。



あるものは隅に退けておいて、ないことばかりに関心を向けていると 『あるもの』に対する感謝をしなくなるものです。



命があるから、『ないもの』に関心を寄せることができ
動く身体があるから『ないもの』に関心を寄せることができるのではないですか?



『ないもの』ばかりに関心を寄せて、不満を感じていると
『あるもの』がある日突然、なくなります。



地球に生かされている以上 神様の監督の元で生きているのです。


当たり前、って実は 存在しないのです。


ないものばかりにフォーカスして生きると すべてを失います。


そして 一から 『ある』ことに感謝をして生かされるようになるものです。



わたしたちは、感謝を学び、感謝を表現するために生まれてきているのです。



愛する人を愛していられることに感謝をしましょう。


人を愛する心があることに感謝をしましょう。



愛する人がこの宇宙に存在していてくれることに感謝をしましょう。

本当の気づきというものは



わたしたちは魂で繋がっている存在だけど それぞれに個性という肉体をまとって生きていて
それぞれの立場で生きている


ということを認識することです。




それぞれの違いを認めあうことです。


違いを認めあうためには
まず 自分から心を開くことです。


心を開いて、自分は武器を持っていないことを見せるのです。


相手に自分を知ってもらうことですね。


相手に自分を知ってもらいたいなら 自ら、行動を起こすことです。


察して欲しいとエネルギーを飛ばすのではなくて 言葉や行動で自分を見せるのです。



言わなきゃ伝わらない。

正確に言わなきゃ伝わらない。


そのためには 今の自分の気持ちに気づくことです。


今の自分の気持ちに気づいたら 相手にその気持ちを伝えるのです。



伝えることに勇気が必要な場合もあるでしょう。


勇気=力です。



相手の役に立ちたい、相手に想いを伝えたいなら
力が必要です。


生きる力です。


前に進む力です。



力をつけましょう。



そのためには 今、目の前に起こることを真面目に真摯な気持ちで取り組むことです。


それにより力がつき、自分に自信がつくでしょう。

そして

永遠に、許し続ける。


愛し続ける。


信じ続ける。

9dd322f1.jpg永遠を得たいならば、信じ続けることです。


どこまでもどこまでも 自分を信じて生き続けることです。


少し 良くないことが起こると 自分の力を疑ったり あきらめてしまったり

そんなことは、しないことです。




永遠に愛し続ける。


永遠に信じ続ける。


永遠に。。。

宇宙からのメッセージと神様からの言葉は違います。


神様からの言葉は

『信じなさい』


これだけなのです。


自分自身に出来ないことはないのだと信じなさい。


愛する人の想いがわからなくて辛くても
愛する人の想いを信じなさい。


離れていて、心が離れそうになっても 信じていれば 必ず、戻ってきます。


自分が信じないから、戻ってこないのです。


疑わない。


盗まない。


自分の力を信じ切る者は永遠を手にします。


何かに頼ったりすがりつくのではなく、自分の力を信じるだけで 永遠の愛を手に入れることができるのです。




自分を信じて生きていく。


自分の想いを相手の想いを信じ切ること。。。



この世界に生まれたら 欲望というのは果てしないかもしれません。


だけど

自分自身には出来ないことは何もないと信じるだけで 神様に繋がって生きていけるのです。




わたしは それを実践して 生きています。

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