この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2017年01月

人の失敗を喜び、それで自分を満たし快感を得ている人たちがいる。


昨年から、そのような方と知り合うことが多いです。


小さな失敗も見逃さず、嘲笑してきます。



足元を掬われないようにと、わたしは必死です。


鍛えられています。


そういう人に出逢うこと自体、良くないこと と思われる方も多いと思いますが、自分を鍛えるためには 最適な環境です。


誰しもが感謝できる相手ですね。



ありがとうございます。

素直さがないのは、自分の主張が正しいと思っているから。


素直さがないのは、自分の意見が正しいと思っているから。


だったら 自分の主張、意見を言えばいい。


言わない。


言わないのは何故ですか?


本当は自分の主張が間違いだと気付いているからではないですか?


それを認めたくないから、ではないですか?


自分の主張が間違いだと認めたくない。



何故かと言うと、確実なことを実践していないから。


やらなければいけないことを後回しにしていたり、やるべきことにソッポ向いてやらないから。



人生において、やるべきことってあるし やってはいけないこともあるのです。


どんな理由があろうともやってはいけないことってあるのです。



それを罪と呼ぶ。


自分の内側に罪を持っている人は、持っていることを隠したいがために自分に嘘をつく。


自分が清廉潔白じゃないからと嘘をつくのです。

罪を持つ者は同時に傷も持っています。


罪を持つことで自分が傷ついていると認識するからです。


そして、自分が傷ついているからと 人に優しさや癒しや慰めを求めます。


自分の内側にある罪が傷ついている自分を作り出すのです。


罪が傷に刷り変わるのです。



誰もが良い人ではなくて、誰もがすねに傷を持つと言われる人もいるけれど それを良いことのようにしていませんか?


傷のあることを当たり前だと思っていませんか?

傷のあることが当たり前にしている人が多いと思います。



傷を認めるって当たり前にすることではなくて、傷があることを自覚して、少しでも軽くなるように前進することなのです。



素直さがないのは、自分にある傷を当たり前にしているからです。


持っていて当たり前。


持っているから人から癒されて当たり前。


人から慰められて、優しくされて当たり前。


そう思っていませんか?


また、人の失敗を喜んでいませんか?


人の失敗を喜び、それで自分を満たしていませんか?

愛はいらないと、人をバカにして、人の失敗を喜んで、自分に優越感を持っていませんか?


結局、愛で自分を満たさずに 人を蹴落とすことで満たすのです。



自分の満たし方っていろんな方法があるものですね。

我慢しなくていいんだよとか自由にしていていいんだよって言われるけれど わたしは、人に誠意を示していいんだよって言いたいです。


誠意を尽くしていいんだよ。

感謝していいんだよ。




本当は 素直になって、人に誠意を示したいはずなのに、しない。。。


何故?


それは 傷つけられたから。

傷つけられたから、自分も傷つけたら癒されると勘違いしているから。



自分が傷つけられたからといって、相手にも同じように思わせたい。。。なんて、本当は思っていないくせに。


本当は、相手に誠意を示したいのにね。

わたしは見える世界も見えない世界も両方共、理解を深めて生きています。

しかし 人によっては 見える世界しか信じない方もおられます。


そのような方とお話しをする場合には、わたしは見えない世界のことは触れずに、見えることしかお話しをしないです。


そのため まさかわたしが見えない世界に精通しているとは思わないようです。


しかし 見えることしか信じないために、見えることでわたしを求めてきます。



例えば、 その方からわたしが何か頂き物をした場合には 癒しのエネルギーを乗せてお礼を伝えますが、それは 自然になされることで、また誰しも行っていることだと思いますが、その方からしたら わたしのエネルギーがわからないため、お礼の言葉だけでお返しの品物がないので、怒りの対象になるようです。。。


わたしのエネルギーが見えないから伝わらないのです。


それをわたしはわかってお付き合いをしているのですが やはり、エネルギーの持ち出しをしてしまうため、余計に疲れてしまいます。


だから、極力 見えない世界の話しも通じる人とお付き合いをしたいなあ〜と願っています。


しかし なかなかうまくいかないですね。



見える世界しか興味がない人もまだまだ多いですね。

わたしが まだまだ 自分を確立できていなかった頃には、スピリチュアルなイベントにちょこちょこ出掛けて行っていました。


その時によく耳にした言葉が『愛の人になりたい』でした。


その頃のわたしはまったくピンとはこなかったけれど、そのおかげで 愛の人ってどんな人なんだろう?と考えるようになりました。


愛の人


愛の人とは絶対愛の多い人だと思います。


そして 誰をも許せるし守れる人だと思います。


愛が深くなかったら、誰をも許せないし守れないからです。



よく、人に対して 拘りがなくなったとか気にならなくなった、、、と言われますが、そんな類いではないのだと思います。



また、わたしはたまに、自分を犠牲にして人に尽くしている、と言われることがあります。


わたしは自分を犠牲にしてはいないのです。


わたしは自分の愛で自分を満たして、溢れ出る部分で人に手を差し伸べたり守ります。


自分が満たされないのに手は出せないし守れないものです。


現に、自分が満たされていない時には声もかけません。


自分ありきです。


余録分で人を守ります。


余録分が多ければ多いほど、人を許せるし守れるものなのです。



愛の人になりたいと思われる方は、多いと思います。


愛の人になるために、まずは 自分の愛で自分を満たしてください。


それからです。


それから人を許してください。


そして、守ってください。



なぜか知らないけど、許せてしまう、守れてしまうようになると 愛の人になっているのだと思います。



22年前の今日は阪神淡路大震災の日でした。


亡くなられた方に哀悼の意を捧げたいと思います。




わたしの想いが届きますように。。。


この世界に平和が訪れますように。


お祈りさせてください。

先記事の蟹座の満月の記事では、厳しいことを書いてしまいましたが キーワードは家族というのは、大切なもの、大切な人に気付くということですね。


だけど 自分の本当に大切なものや人がわからない人が多く存在します。


それは何故だろう?と考えると、
『守られる』ということがわからない人がいるからです。


『守られている』のに、干渉されていると感じたり、 『守られている』のに、逃げたくなったり、『守られている』のに恐怖を感じたりします。



それは、『守られる』ことを知らないから。


『守られる』ことの温かみがわからないから。



以前 わたしがグラウディングコードを繋げたら 熱い!と飛び跳ねた人がいました。

真底、冷えきってしまっていると 温もりでも火傷をしたと感じてしまうのです。


冷えきった人たちは、冷えきった人と押しくらまんじゅうをして 冷えを共有するしか術はないのかもしれません。


でも それでは、いつまで経っても 温まらないものです。


『守られる』ことを知らないこと自体が、本来の進むべき道に進んでいけないということなのです。


だから、まずは 『守られる』ことの温かみを知りたいと一歩を踏み出してみてください。




わたしが人と会話をしていて思うのは、人の温かみを知らないんだなあということです。

だから 人は冷たい、という前提で物事を考え、行動しようとします。


切なくなります。




人は守られ過ぎると、横柄になりますが それでも横柄な人のほうが良いと思ってしまいます。



誰もに、わたしの想いが届きますように。。。

温もりが届きますように。。。

わたしたちは 人として生きていくのは、もちろんだけど 最終的には、奥底にある巨大な力を発揮させていくんだろうな と思うのです。


12日の満月は、その巨大な力を発揮させるための枠組みをつくる働きがあるんだろう と思います。


そのためには、蟹座である家族がキーワードです。


誰もが 魂の家族を持っています。 そのため、魂の家族がわたしたちを動かし、修正させて、初心に戻らせているのだと思います。




あなたの本当の大切なものは何ですか?

本当に大切な人は誰ですか?

今のあなたを作り上げた元となるべき人は誰ですか?



そこと出逢うように、見つめるように促されていくでしょう。。。



本当に大切にすべき人を大切にしていないと、最後に大切な人をなくすことになります。



こう書くと、人は短絡的に 家族が自分の魂の家族なの?とかツインフレームは大切じゃないの?とか思いがちです。


物事を短絡的に考えないでください。


深読みができない人は目の前に起きることを真面目にコツコツ取り組んでいればよいのです。


そうしたら 必ず、大切な人は離れていきません。
最初に伝えておきます。


言われたことをやること!



今は 骨組みをつくるときです。
骨組みをつくっているときは、まだ 本当の大切なものが見えていなくてもよいのです。


言われたことをやること!



それしかありません。


変な情報は入れないこと!

軸がつくれなくなるからです。

あーだこーだとできないいいわけをするのは、余計な情報を入れるからです。


これを守っていけば、大切な人は離れていきません。




あと 情報を正しくダウンロードできない人がブログを書き、発信しています。

それを真に受けて 短絡的に考えたり、深読みしなくて 惑わされて、違う行動をしてしまいます。

また 大切なものや人を取り違えます。


深読みができない人は目の前に起きることを真面目にコツコツ取り組んでいればよいのです。


そこ、自覚してください。

厳しいことを書きますが、重要です。



深読みできない自分を自覚すること!


主旨とずれてしまいましたが、押さえておくように。

メールアドバイスをしていたり 他の人のブログを読んでいて思うのはね


真面目にコツコツ取り組んでいる人よりも要領よく、たまに息抜きしながら生きている人のほうが楽しく過ごしているのよね。


だから、真面目な人は要領よく生きている人を見ると羨ましく感じると思うの。



これって 本当に、バランスだな♪って感じます。


わたしはツインだなんだかんだと書いていて不謹慎な発言もしてるけど、真面目発言もしています。

わたしは降り幅は大きいけれどバランスが取れてるってだけなのです。


遊びと学びのバランスです。


よく学ぶと遊びが降ってきます♪


そして よく遊ぶと学びもやってきます。


やってきたら取り組むだけなんだけど、よく遊ぶ人は学びがやってきてもまたいで遊ぶ傾向がありますよね?


また よく学ぶ人は遊びが降ってくると罪悪感を覚えるようです。



真面目にコツコツ学ぶ人は ひとたび遊ぶことを自分に許可したら、かなり伸びるのです。


しかし 今まで、学びをおろそかにしてきて遊び中心だった人は、なかなか学ぶことが難しいのです。
お遊びモードになれてしまっているのですね〜


だから、冒頭に書いた 真面目な人は要領よく生きている人を羨ましく感じることはないと思います。


お遊びモードから学びモードに変えることのほうが難しいことなんだよ。

お遊びモードから学びモードに切り替えて努力する。。。わたしがこのタイプでした。


だから 気を抜くと、ついお遊びモードに流れちゃう^^


どれだけ、叱られたかワカリマセン


叱られてもボーッとしているからヌカに釘です。。。


だから なかなか、這い上がれません。


だけど 周りから見ると、気楽に生きていていいよね〜
羨ましいなあ〜 と言われてしまいます。


でも 実際は、羨ましがられるような位置にはいないものです。


隣の芝生は青くみえるってだけですよ〜



今は真面目に生きていない人が羨ましがられる時代です。



だけど これからの世の中は、まずは真面目に生きてナンボの世界です。

それに通録した遊び、リラックスを取り入れて生きてみてくださいね〜

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