この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2017年06月

自分が神聖な存在であることを思い出すことって必要だなあ とふと、思いました。



この世間の波動に埋もれていると、自分の神聖さを忘れてしまっているのではないかなあ と思います。



わたしはよく、「わたしに出来ないことはない」と言いますが、神聖さを思い出すと、そう思えるのです。


だから、つい 調子に乗りすぎて自己主張全開になるときもありますが( ̄▽ ̄;)


そんなときは、人間をしっかりかぶらなきゃ、、、、。わたしには出来ないことはないのだから。

と思い直すのです。




このように、人として反省することと神聖さを思い出すことはセットなんです。



反省を極めると、神聖さが顔を出すのです。



何事も極めることです。



瞑想は神聖さを思い出すことと反省をすること、両方の意味があるのだとわたしは思います。



わたしはこのように つい、人間であることを忘れてしまうので 反省をすることが多いです。


(*^O^*)

今日のわたしは変なのです。。。
まあ、変なのは、昨日辺りからなんですが。

何者かがわたしの中に居るんです。

いつもは、わたしは何者に繋がって、言葉を降ろすのですが、昨日からは何者かがわたしを動かしているのです。

考えてみると 以前にもありました。

2014年辺りに。

わたしを何者かが動かしているのですが、その何者は、高い次元のわたしなんです。

結局、わたしなので怒ることもできないのです。
わたしはその高次元のわたしに忠実に動かされています。

結局、夏至を迎えてわたしは 一段高いわたしと統合したのだと思います。
繋がってる感から中に居る感に変化したのですから。


そうやって 人は高次元と統合をして成長していくのですね。

ただいまのわたしは性能の良いロポットのようです。

打てば響く♪



そうそう、こうやって統合していくと、同じ魂と巡りあっていくのですが、魂って磁力のカタマリなんですよ。
だから、引き合うのです。

ツインなんちゃらってありますが それは最たるもので、人間についてる自我が少なくなると、自然にくっつく習性があります。


互いに別々の場所で浄化していても 自然にくっつくのです。

なんていうか、身体の中にある魂(磁石)が相手を探しだして、そこまでスタコラさっさと移動しちゃうのです。

身体にど根性ガエルをくっつけている感じです。
知らないうちに足が勝手に動き出し新幹線に乗り電車を乗り継ぎ、相手の居場所までたどり着き、腕がドアを叩き、口が名前を叫び出します。


ここにいたの?って頭では思っています。


身体は、、、というか魂は正確に、導いてくれます。


離れる時は、身体が痛いです。
ハートがヒリヒリします。

だから、わたしは浄化し過ぎると、くっついちゃうので 感情を余分につけて生きてます。


これを「あらまっくっついちゃった現象」と呼んでます。


わたしはメンテナンスをしないと、うまく生きられないですが また、メンテナンスし過ぎると くっついちゃうので そこのバランスが難しいです。

くっつかないようにしなくちゃです。




あっ でもね。成長するにしたがって 魂的な責任感というものが出てくるのです。

理性ともいうべきものですね。

だから、変なことにはならないの。

せいぜい、手を繋ぐ程度。

でも、磁石だから びりびりするの。


ハグもびりびり^^


キス〜なんて、考えただけで卒倒しちゃいます。



結局、ツインなんちゃらって言うのは不倫にはなり得ないのよ。

相手の幸せを一番に考えてしか行動できないのだから。


それがツインなんちゃらなんです。

仕事の分担というか役割ってある。



わたしは最近、忘れっぽいです。


仕事でも 頼まれたことをよく、忘れるのです。

でも、自分の仕事は絶対に忘れないのです。


わたしの身体はとても正直で、自分の仕事(役割)は必ず、やりとげますが 自分の仕事以外においては、そうでもないのです。


どんな存在が わたしの身体を動かしているのかはわからないのですが、こうやって体験しながら様々なことを気付かされます。


先ほどの記事で 『これからは、誰もが 人のことなんて構っていられなくなるね。』と書きましたが、自分の役割を遂行するということは 自分以外の仕事には関われなくなるともとらえることができます。


いくら、人から頼まれた仕事でも その仕事自体はその人の仕事だから、その人がやるべき仕事だということなのです。


だから、人に頼もうとしても、誰かが代わりにやってあげようとしても 責任は元の人にあるということなのですね。



たまに、「頼んだわたしがバカだった」 と言われることがありますが、元々は 頼んだ人に責任がある仕事なのです。




わたしの身体は、実に正直だから、そのように反応をしてしまうようです。


わたしは、わたしの身体の動きがすべてです。

わたしが言うんだから間違いない。



こんな理屈、まだまだ この世界では通用しないかもしれませんが、そういうことなのです。



だから、忘れっぽい人や〜が出来ない って嘆いている人は、そもそも自分の役割以外のことをしようとしているんじゃないの?と思います。


最近、生まれてくる子供や 生まれてきているお子さんの中には、発達なんちゃらと言われている子もいますが、違う役割をやらせようと思うから、病名をつけられてしまうのではないでしょうか?

世界的、宇宙的に見たら 優秀な人材として生まれてきているに過ぎないのだと思います。



芸術に秀でている、スポーツに秀でている、頭脳を動かすことに秀でている、身体を動かすことに秀でている、手先の器用さに秀でている、音楽的に秀でている、、、、、

誰もが、何か秀でているものを持って生まれてきているものです。




それが この世に生まれてきている人間という生き物なんだと思います。



わたし、ですか?

わたしはお口が達者です^^



まあ こうやって、本来の自分に戻っていくのです。



すべては、うまくいっている。

この夏至を境に、誰もが 人のことなんて構っていられなくなるね。


自分に向き合うことだけに精一杯になるんだ。


それが 本来の流れ。


すべて、うまくいっている。

人に迷惑をかけてしまう立場だと 直そうと思うから、自分みつめしやすいのだけど
人から迷惑をかけられてしまう立場だと どうしても その相手を見下してしまったりジャッジしてしまうものかもしれない。

そして、それを周りから指摘されないから気づきにくいんだ。

だから、直せないんだ。


許す立場というのは、自分みつめができないんだよ。


相手を許せなくても 自分が困ることがないから。

だけど 実際は、困ることが起きてるの。

そこ、気づかないだけなんだよ。


何に困るかっていうと、パートナー問題。



長年、パートナーとの仲が良くならない悩みを持つ人は、上記のことがあることが往々にしてあると思います。


長年の悩みで慢性化しているから、悩みに入らないんだね。


でも 実際、「許せない」気持ちを持つ人は、パートナーとの間に問題になることが起きてるよ。



自分の気持ちに嘘をついているとか素直じゃないことに 自分自身が気づいていないの。


慢性化していて気付かないんだよ。


自分を見つめる作業は、とても地味な作業で 誰か監視がいるわけじゃないから、継続しにくいよね?

瞑想しても長続きしないのは、こういうタイプだね。


こういうタイプは自分を見つめるとか反省ということは頭にないかもしれない。


だって 悪いのは、相手で自分じゃないと思っているから。


自分が迷惑をかけられているのに、なんでわたしが悪いの!って思っているから。



自分の内面が現実を作り出すなんて話しは信じないかもしれないです。。。


そうやって 人を裁く心を持っているから許せないし、パートナーとの仲も悪くなるのよね。


自分は悪くない!って自己主張してるの。


わざわざ 口に出して言わないけど、心の中ではグチグチ思っているのよ。


人に言わずに、心の中でグチグチ思っているだけの人は なかなか成長しないですね。

一般的に、人間というのは 不安や恐怖心という足を持って地上に立っているようです。

しかし、最近の宇宙エネルギーの高まりにより次元が上昇しているので 人間の不安や恐怖心が外されているようです。


そのため 足のないふらふらしている人が増えてますね。


また、内観浄化をすることによっても不安や恐怖心が取り外されるため ふわふわするのです。



そのため 地上に根刺すようにグラウディングが必要になってくるのですね。


先ほども書きましたが、グラウディングの最たるものは『反省する心』です。


反省する心が足になるのです。


浮き足立っている心を地上に落ち着かせるのは、反省する心なのです。




とは言え、反省といっても 人は簡単には出来ないようです。


それは 基となる心が素直でないからです。


心が反省する心になるためには、素直な心になることです。


素直

それは、自分に素直になることです。

嘘をつかないのです。

正直になることです。



最近では、携帯は個人情報だと言って 夫婦間や親子間でも見ないようにしているようですが、隠すようなこと、見られて困ることをしていることが自分に嘘をついていることではないですか?


見られて困ることをしていること自体、自分に正直、素直とは言えないです。


自分に素直になるって、そこからかなあ と思います。



宇宙だなんだかんだ、光が何だかんだと言ってるなら 清廉潔白に生きるべきだと思います。



嘘をつかない。


自分にも身内にも世間にも。


それが、地上に根刺して生きるということですよ♪


壁や苦手なことにぶち当たるということは、反省する心を疎かにしているということになる。


反省する心さえあれば、壁や苦手は寄り付かなくなる。

そして、愛されている確信に包まれる。



反省する心を持つことで、愛されている確信を手に入れることができるんだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


できないこと、苦手なことに取り組むことは、最初は 少々、努力は必要です。

だけど、日々を反省して努力することでできないが出来る!に変わり、苦手が得意に変わる。


魔法だね♪


自分には、出来ないことなんてない、苦手なことなんてないと気付くんだ。


そうやって 日々反省して努力して生きていると、得意が増えて、楽しい。

苦手なことに目をそらしているわけではないんだよ。

だから、正々堂々としていられるんだ。



反省する心は魔法の力♪


愛されている確信は反省する心から生まれるのです。

本来の自分に戻るためには、何をすべきかといったら


『反省すること』


これだけです。


自分から出てくる感情すべてを否定せずに、ありのままを見つめて反省するのです。


自分の心を見つめて反省した上で、自分を否定しずに裁かないのです。



人には個性があり特性があります。

そのため 苦手も存在することがあります。


することがある、と書いたのは、反省する心さえあれば苦手は存在しないからです。



苦手なことに直面するのは、反省する心を試されているからです。



日々、反省して生きていれば 苦手なことは避けて生きていけるはずなのです。


心を見つめることはとても大切なことです。


反省することを疎かにしないでくださいね。



反省できないココロモチになるときもあります。


それは、宇宙のせいなのです。

明日は夏至です。


この夏至のエネルギーは本来の自分に戻されるエネルギーです。


本来の自分に戻る。。。

以前にも何回も書いていますが、あなたの譲れないものはなんですか?


これがなきゃ自分じゃないよ! とか 無心になって取り組めること、


自分の最大のこだわりを持ってる自分が本来の自分です。



執着か?と思えてしまうくらい、こだわってしまうものはなんですか?



そこにこだわってしまうのが本来のあなた、ではないですか?



自信を持ってください。



自分の『好き』を大切にしてください。




わたしの趣味は空ちゃんです。


わたしの唯一のこだわりが空ちゃんのお嫁さんになることです♪



夢は叶います。



必ず、叶います。

今までのわたしって どれだけハートが開いているかわからないくらい開いていたはずなのに、まだ 封印されていたものがあったなんて、、、、信じられません。



頭と身体が追い付いていかないです。



わたしはどれだけ涙を流すのでしょう。。。



やっと わたしは愛する人と離れていても 愛されている確信があり生きていけるというのに、、、、。


『愛されている確信』


ひょっとしたら、この確信こそが人々が求めてやまないものなのかもしれません。


疑うことのない愛なのです。



彼はわたしのことを好きに違いない、という確固たる自信があるのです。


どんなに離れていても、繋がっていて愛されているのです。


疑う余地がありません。




この愛されている確信がわたしを強くさせるし、どんなことが起きても乗り越えていけるのですね。。。



わたしは癒されていた。
ただ、記憶を取り戻しただけ。

だから、努力はいらない。

わたしには確信があるのです。



何事も乗り越えていける愛されている確信があるのです。



人を強くさせる確信です。

このページのトップヘ