この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2017年06月

宇宙の根源神というのは、赤になることも白になることも茶になることも黒くなることもできるものです。



優しいだけの存在ではありません。


先ほどの記事の『まったく関心を寄せない』色になることもできるのです。


だから、厳しいのです。



慈悲だけがあるのが神ではなく、慈愛だけがあるのが神ではないのです。



世の中には、様々な神様が存在しますが 根源神はそれを総括する役目を担っているのです。




神は優しくない


そう、思います。

火に油を注ぐとよく燃える。


火と油は仲良しだ。


火を止めたければ、火種を取り除いて酸素も取り除くとよい。


感情で表すと『無関心』そのものだ。



一切、関心を寄せない。

それが 火を消す最良の方法です。



火のあるものに、一切、関心をよせずに、自分のことだけに打ち込むのです。



それが火を消す最良の方法です。



手を出したら燃やされます。


一緒に燃え尽きたいなら、手を出すの良いでしょう。


関心を寄せないとは、感情をそちらに向けないことです。


一ミリでも向けないのです。



燃やすものを与えられるから、火は燃え続けることができるのです。




火にとっての恐怖とは、関心を寄せられないことなのです。



無関心ほど怖いものはないのです。

夏至前の大浄化が始まっています。


どこまで わたしは浄化されるのでしょう?



と、言いますか


わたしが創り変えられています。


去年の秋にも突貫工事が入りましたが またまた、今回も☆



要は、空ちゃん好みのわたしに創り変えられています。


今までのわたしはわたし個人の魂のわたし♪でしたが 空ちゃんとのツイン魂としてのわたし♪に肉体も心もオーラもすべてすべて創り変えられています。



生きる目的によって、創り変えられるのでしょうね。



そのため 何十年かぶりの発熱、咳き込み、鼻水、下痢に悩まされています。


このまま わたしは死んでしまうのではないかと思うほどでした。


頭に大きな大きなしこりがありまして、かなり苦しかったです。


それもこれも 空ちゃんと添い遂げるための準備でございます。


ツインが地上で添い遂げるためには様々な準備が必要なのです。



空ちゃん♪という宇宙でたったひとつの魂の片割れを受け入れるための準備です。


念入りに事が進められています。


昨年、秋には 宇宙での魂的なお腰入れがありました。


しかし、今回は この現実世界に映し出されるのです。


地上で結ばれるのです。



ツインはどこまでで添い遂げたいものなんです。

どこまでも、どこまでも。

言葉には、大概が感情が乗って放たれます。


喜びの感情なら嬉しいですが、怒りの感情だったり嫉妬の感情の場合には、チャクラを傷つけてしまうので うっかり受け取ると、まあ大変\(゜ロ\)(/ロ゜)/


そのため 感情と言葉を切り離して受け取ると傷つかないです。




『ばかやろ〜』と怒りをぶつけられた時は、
怒りの感情とばかやろ〜という言葉に分けます。

分けられた怒りの感情は切り離されると 行き場を失いますから、消滅します。
ばかやろ〜という言葉だけが残りますが

感情が乗っていないばかやろ〜は、意味をもたないため
聞かされた本人は、意味がわからないから、 ただただ、ボケっとします^^


へ?何、言った? 的になります。


ばかやろ〜って何?意味、わかんない〜




その後、ばかやろ〜と言われた人と 普通の会話が楽しめます。


傷つかないから、相手を怖がることもしないし嫌いにもならないよ♪



お試しくだされ♪

苦手なことを克服することと持って生まれた個性を大切にすることは違うなあ と感じます。


最近の傾向をみると
自分の個性を大切に、ととかく楽しむことを優先することを重要視し、努力することを軽んじる傾向があるように思います。


前記事でも書いたように、毎日コツコツと努力することで自信を得られるので努力はしたほうがいいとわたしは考えます。


わたしは『求められることはできること』とよく、書いていますが
『求められること』は実は、苦手なことではないのです。

自分のやりたいこと、のほうが苦手、というか自分の個性を考えていないように思います。

自分のやりたいことは、そうなりたい願望があるからです。

自分の願望は『欲』なわけで、その欲はどこから発生しているのでしょうか?


人にいい格好したい!認められたい!という想いがある場合は 見当違いな努力をしがちです。

見当違いな努力というのは、本当の自分が見えていないため起こることです。


瞑想初心者が陥る罠ですね。


自分のこうなりたい!願望が高まって、内側に言わせるのです。


直観を大切に!という言葉を信じるあまり、陥る罠です。


直観。。。地に根差していない方の直観は、ただの妄想です。


妄想全開で生きるのは、本当の自分を知らないからできることです。


だから、きちんと地球にグラウディングができるまでは 直観を信じることなく、求められることを一生懸命に努力していたら、必ず 導かれます。


下手に、自分の妄想を信じて生きていくのは、人に迷惑をかけることにもなりますね。


グラウディングできているつもりでも できていない人はたくさんいらっしゃいます。


グラウディングができてるつもり、なんですね。

できてるつもりで自己主張して生きるのです。


謙虚さがないから足元を掬われますね〜


だから、自分の個性を大切に〜 と言われる方で 本当に自分の本当の個性を知っている人は数少ないと思いますし、本当の自分の個性を知っている人は 楽しむことを優先して生きることを推奨しないです。



ワクワクして生きる、楽しむことは 楽をして生きることではないのです。


人の脳みそは とかくおさぼりすることが大好きですから、『楽』に流されますが 楽しむことは楽することではありません。

注意点でした。

ツインの強い想いである『魂は添い遂げたい』に関しても
客観的に観ることによって トーンダウンするのです。



確かに、魂同士は『添い遂げたい』想いはあるものの どちらかが客観的に観ることによって 自制されます。



空ちゃんが どれだけ引っ張っても わたしが 『へ?』って態度だとくっつかないし、わたしが空ちゃんが好きだもん!と駄々をこねても、空ちゃんが『また、また〜♪』と相手にしてこない場合もあります。


すれ違いの二人です。


このすれ違いを楽しんでいるのかと思います。



ほんと わたしたちは、くっつくくっつかない〜 瀬戸際を楽しんでいます。


一般的な恋愛している男女なら、とうに離れ離れになっているのでしょうが、切っても切れない関係というか わたしが好き好き♪と追いかけると逃げ、空ちゃんが逢いたいもん!と駄々をこねると きにはわたしは他事で忙しくしていてお相手が出来ないのです。


すれ違いを愉しむ二人です。


いずれはくっつく身です。


結局 わたしたちが添うようになるということは、互いの不完全さがなくなるのです。


不完全さがなくなるということは、人としての感情を楽しむこともできなくなるのです。


人として生まれたからには、感情を楽しみたいのです。


離れ離れになっているからできること というか、離れ離れになっていないと出来ないことなんです。



魂がツインの関係でないと、こんな曖昧な関係を楽しめないのです。


人生を楽しむには最適な関係なんだと思います。


だから、魂は添い遂げたい ですが 精神的には、離れ離れを楽しみたいのです。

94f12180.jpg人として生きることと人に囚われて生きることは違います。


人に囚われて生きるのは、人特有の感情に支配されてしまうことにもなるので、感情に支配されるのではなく 人として生まれた喜びを表現していけると楽しいのではないかと思うのです。


そのためには、どんな感情に出逢っても楽しむことだと思います。




昨日、名古屋平成中村座に行ってきました。


歌舞伎の世界では、そんな人間特有の感情でも面白ろおかしく表現されています。



まさに、その感覚


舞台で自分の人生を演じている感覚で良いのだと思います。



辛い辛い、憎い憎い、怖い怖い と思っても
客観的にそんな自分を見てみると、おかしなもので 現実味を感じなくなります。


辛い時もあれば

悲しい時もあれば

楽しい時もあれば

切ない時もある。




それで良いかと思います。

一緒にバカなことやれる仲間が一番、楽。


自分をさらしても、悪く言われることもないし、少々、口すべっても笑って許してもらえる。


そんな人たちと居られるのは最高だと思う。


人の目を気にしなくてもいいし、許しあえる気心知れた仲間。


好きなこと話して、好きな遊びして、わかり合える仲間。




わたし、思うんです。

こうやって 気心知れた仲間と一緒に過ごしている人たちって、閉鎖的だなあ って。


自分の仲間と信じている人としか打ち解けないし、自分を認めてくれる人しか話しをしないのです。





わたしは、誰とでも話をします。

相手との壁をつくらないです。



でも 仲間、仲間って言ってる人たちって 他の人には壁をつくるのです。


自分の仲間と仲間じゃない人と分けるのです。




自分の中のこだわりが仲間とそうじゃない人を分けているだけで 本来は、みんな同じ仲間だとわたしは思うのです。


わたしは誰に対しても意見を言うし、でも 認めることは認めて受け入れます。

そうやって 仲良しを増やしています。



仲良しごっこするのではなくて 自分の価値観と相手の価値観で本音をぶつけあうことって大切だなあ と思います。


だから 意見を言うのを避けている人を見ると、無性に腹が立ちます。


言いたいことがあるなら言えよ! 根性なし!

って思います。



自分の意見をロクに言えない人っています。


わたしは以前、そういう人間だったから、わかるのですが ズルいのです。

言わずに済まそう、って自分と相手との関係を 仲良くしよう!と真剣に考えてないのです。


結局、自分に何か負担を背負うのが嫌なんです。

人の想いって重いじゃないですか?


人の重い気持ちを背負うのが嫌なんですよ。


『愛』されたくないんです。



そういう人たちって、愛されることや愛することを真剣に考えてないから、わたしは無性に腹が立つのだと思います。



わたしは誰にでも真剣に愛しますから。


だけど、その土俵に乗らない。

愛されたいくせに、愛されることから逃げてるんです。




誰よりも愛されたいのにね。



そういう人たちに限って、自分は愛ある人間だって仲間で誉めあっているんです。



ちゃんちゃら、おかしいわ。



これからは、誰もが、現実を見せられる世界になっていきます。

社会というのは会社組織と同じで
『和を重んじる』
和を乱すものは、段々 戦力外になっていくようです。


戦力外と言っても、そこでは戦力外になるだけで、自分独自のものを創造すればよいだけです。


創造する知恵がないから、人は小さな和の中に居たがるのかもしれませんが それはそれで守られている ことなのかもしれませんね。


ここで重要になるものが 譲れないものです。


自分にとって、何が譲れないものかを明確にすることです。


先記事では、
『嫌がおうでも誰もが、現実を見せられる世界になっていきます。』
と 書かせていただきましたが、それによって自分にとっての譲れないものがはっきりするのだと思います。


今、譲れないものは?の問いに◎◎◎だと答えたとしても 本質は違うこともあるのです。



人生というのは、魂よりも心が優先で進んでいくものですが、自分の心がわからない場合は、魂が導いてくれるものです。

しかし、心に異常なこだわりが存在すると、魂は心に従います。


実際には、魂と心の進む目的は同じになると良いように思いますが、そんなうまくはいかないかもしれませんね。




わたしたち、ひとりひとりが梶を切って自分の人生を悔いなく進めるような流れになっていきます。



あなたの本当に譲れないものはなんですか?



わかっていると思い込んでいる方もわからない方も、これからわかる世の中になっていきます。


楽しい世の中になっていきます。

射手座の満月のキーワードは、『許し』です。


今、この時点で許せるか許せないかで 夏至以降の進路を決めていきます。
そして、それは約7年間は続くようです。



だから この夏至の前の射手座の満月が非常に重要なんです。



『許し』

何故、許せないのでしょう?



それは、自分自身を知らないから。
自分の本質を知らないから。
現実を見ないから。



一生懸命頑張っても報われない人は一生懸命の矛先が違うのです。

また、自分を色メガネで観ているから自分を知ろうとしないのです。



この時点で許せない想いが強いと、これからの人生は厳しいものになります。


自分の人生は自己責任と言われていますが、実際はところどころに神様からのご加護がいただけているのが現状です。
しかし、ここをクリアできないと 神様から見つけてもらえなくなります。 だから、本当に自己責任です。



そして 許せない想いをつけて夏至をスタートさせるのです。




でも それも人生です。


どんな人生を歩むのかは、自分自身です。

自分の納得する人生を歩んでくださいね。


そして、これからは現実を突きつけられて生きるのです。


これから夏至以降は、地に足をつけていなくても 安心です。


嫌がおうでも誰もが、現実を見せられる世界になっていきます。

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