この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2017年11月

意識が上がると、『受け入れる』ということが出来るようになってきます。

そうすると、『受け入れない』ということがどういうことかわからなくなってくるのです。
そして、受け入れることができない人の気持ちを推し量ることができなくなるのです。


つい 以前は、受け入れることができない自分だったのに それを忘れてしまうのです。


意識が上がると そんな不都合が生じるのです。


意識が上がるということは神の意識に近づくことですが、近づいてるだけで神ではないのです。


もっともっと、意識を上げていくと 受け入れることができない人の気持ちもよくわかるようになってくるものです。


意識を上げるということは、すべてを見通せるようになることをいうのです。

心が苦しいのは、 自分の中の軸から外れている証拠で 心が楽なのは、軸に沿っている証拠なのだけど そもそも その軸は自分が作ったモノサシみたいなものじゃないのかな?


本来の軸というものは宇宙から垂らされた糸みたいなものなんだ。


軸があるから大丈夫と自分に酔いしれるのではなくて 本来の軸を探すことが先決だと思うなあ。


絶えず 自分が中心に居るように努めること。

また 中心がどこなのかがわかってないと、中心が探せない。


中心を探すことが先決なのだ。


それは、自分が軸だと思っているモノサシを疑うことも必要なんだ。


毎回、検証することなんです。


自分の感覚を信じて即決しずに、検証してから行動することなのです。



まずは、疑ってかかることも必要なんです。

昨日の怒涛の更新の謎が解けました♪



これからは、自分の真実を現実化、実践していく時代です。


これからが本番です。

そして ここから本当の意味での真実が問われていくのです。


求められることは出来ること。


それは、素直に自分を信じる力でこなしていけます。


素直さに自分を信じる力は相手とのコミニュケーション力を引き出します。


そのコミニュケーション力で自分の真実を実践していくのです。



そのためには、集中力が鍵となります。



今まで、努力して集中力を高めてきた方にとっては余裕ですね。



今までのわたしがブログの中で何を書いてきたかわかりますか?




規則正しい生活をすること、集中力を高めることですね。

詳しくは、スピリチュアルを科学する♪に書いてあります。


これからの時代の波に乗れるようにするために書いてきました。



自分の真実を実践するためには、今まで培った集中力が必要となるのです。



楽しくなりました。






スピリチュアルを科学する♪ この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する
URL:
http://mamanomama777.m.blog.jp/article/50846736?guid=ON




スピリチュアルを科学する2 この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する
URL:
http://mamanomama777.m.blog.jp/article/50846743?guid=ON




スピリチュアルを科学する3 この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する
URL:
http://mamanomama777.m.blog.jp/article/50846750?guid=ON





スピリチュアルを科学する4 この世界にあるすべてのものは感謝するために存在する
URL:
http://mamanomama777.m.blog.jp/article/50846752?guid=ON

わたしは 自信満々のように見えますが、人よりも出来ないことが多いです。


思考が分散するため事務仕事も苦手だし、創作意欲はあるものの家事も苦手です。


だから、誰かしらに迷惑をかけて謝っています。

与えられたことは、自分の出来る限りを尽くします。
だけど、できないこともあるのです。
だから、ここまでは出来たけど ここからは助けてください とお願いをします。
お礼も欠かさずします。
そのお礼がピッピとペッぺであることも多々あります。


わたしはそれで良いと思っています。


だけど、いつも 最善を尽くしているつもりです。

でも、たまには抜けてます。たまじゃないかもしれないです^^



何かに秀でることは誇らしいことだけど 過剰に威張ることでもないと思います。


助けてくださる人がいるから、誇れることもできてくるのだし、そのためには 人に対しての感謝と思いやりと反省が必要だと考えています。



だから、何か得意なことがなければいけないことではなくて 自分のできなさを嘆いたり悲観するのではなくて そこを認めて真摯に受け取る気持ちが大切だと思っています。


絶えず、感謝するココロモチ、謝る清さが心を強くするのではないでしょうか?



指摘されたら、自分にすぐに問い掛け反省して謝ります。


心から反省し、次に繋げます。


でも わたしが悪くないときは謝りません。
でも 責めることもしません。


ただ 思考がストップするだけです。



要は、わたしの頭はコンピューターと同じで 誤った操作をすると、止まるのです。


思考停止します^^



えらいこっちゃ

わたしは子供が居る身だからかもしれませんが、子供にはわたしの背中を見せて生きていきたいと思っています。


だから、自分を律することもするし、反省もするし、感謝を行動に表していくこともするのかもしれません。


わたしの想いを娘に繋げていきたいと思うから。


子供は親が教えていないことはできないものですし、親が示すことを覚えていくものだと思っています。



親が口だけで説教しても想いは伝わらなくて、人から何かしていただいたら、ありがとうの想いを伝えることは当然だと思うし、その伝え方も様々で、それを実践して見せることは親の役目だと思うのです。


困った時の対処法や人に対してのお願いの仕方や感謝の表し方は、ただ、口で教えても身に付かないものだから 毎日の生活の中で親が実践して見せて教えていくことなのです。


教える側の親が何をしたらよいかわからない、知らないでは、子供はわからないまま生きていくのです。


それもあり、わたしは毎日メールアドバイスをさせていただいています。

親代わりとして、です。


でも わたしもできていないこともあるし、逆に学ばされることもあります。


わたしがブレると周りがブレるから 毎日、反省して生きています。



感謝とはわきあがる想いですが、それをいかに行動に表していくかだと思います。


また 人から何かをしていただいても感謝がわきあがらない人もいます。


心が閉じているのでしょう。


感謝はしなければいけないものでなく、わきあがる想いです。


想いがわきあがらないとできないものなのです。

そんなときは、自分を卑下するのではなく、自分はまだ、感謝の気持ちがわきあがらないから相手に失礼のないようにしよう、と謙虚に受け止めることなのです。


ありがとうとしか言えなくてごめんなさいという真摯な気持ちを持つことなのです。

人の気持ちがわからないのは、人に尽くしたことがないから 人に与えたことがないから ではないでしょうか?



自分が人に対して 何かをして差し上げたり 人の尽くしたことがあるならば 想いがあるはずです。



想いが感謝というものだと思います。



ありがとうという想いがあるなら、肉体を使って伝えることができるはずです。


魂だけならまだしも、肉体があるのですから抱きしめたり駆け寄ったりキスしたり言葉を駆使したりできるはずです。



わたしたちは肉体をまとって生まれてきています。



わたしはそうするために生まれてきたと思っています。



魂のままだと、愛する人を抱きしめられないもの。


お世話になってもありがとうと言葉を発することもできない。。。


伝わらない、もどかしい。



わたしたちを守っていてくださる神様仏様は、きっとそう感じているのだろうと思います。



テレパシーだけでは片手落ちで 気づきを与えることはできるかもしれないけれど ふれ合うことはできないね。



神様仏様の気持ちを考えてみると どう生きたらよいのかわかると思います。




愛されているなら、その想いにどう報いますか?

守られているなら、その想いにどう報いますか?

わたしは 人に自慢するために、人にして差し上げたことをあれこれ書いているわけではないのです。


誰かに何かをして差し上げても そんなことは多すぎて忘れてしまっています。


だけど、あえて書いているのは お世話になった方に対してどう接しているかを ひとりひとりが振り返ってみてほしいからです。


ただありがとうの言葉だけなのか、会いに行って伝えるのか、感謝の気持ちを込めたものを渡すのか、、、、


与えたことのない人は与える側の気持ちがわからないと書きました。


それは、人に尽くしたことのない人は尽くす側の気持ちはわからないということです。


どんな想いで尽くしているのかわからないと思います。


先記事の友人に対しては元気で暮らしてほしい、ただ生きていてほしい、それしかありません。



また、お世話になった方(ご両親を含む)にどう接して行動しているかを自分の子供に見せるのです。

子供を育てるには、自分の背中を見せて育てます。


自分の行動が自分の子供を育てて、自分の想いを受け継がせていくのです。


その意味を込めて、わたしはわたしの行動を細かく書いています。



自分のできる限りを尽くす、自分の考えるできる限りを考えて行動する。

それが感謝を表すことだとわたしは思っています。


口先だけじゃないのです。



ありがたいと思うから、頭を使って 自分のできる限りを考えて行動をするのです。


わたしの行動はすべて娘は把握しています。


だから、娘も人に対しては同じように接します。


親がお世話になった方(ご両親含む)への行動を見て子供は育つものです。



わたしの行動を見て人にして差し上げるようになってほしい想いを込めて書いています。

ただ、感謝 ではないんだなあ とつくづく思います。


お世話になった方へのありがたいという気持ち、思いやりの心を持った言動が感謝の根源なのだと思います。



人はひとりでは生きてはいけなくて、この世に命を授かってからは誰かのお世話になるものです。

その人たちに支えられて守られてわたしたちは生きていけるのです。


だから、産まれた時から感謝するように導かれているのです。


愛してくれて守ってくれて支えてくれた方に感謝せずに、誰に感謝をしろと言うのでしょう。


辛いとき、泣きたいとき、苦しいときに支えてくれた人を忘れていませんか?


感謝を向ける先を間違えてはいませんか?



お世話になった方のご恩に報いるためにあなたは何をしていますか?



自分に気付きをいただけてありがたいから、次は自分も人に気付きを与えられる人になりたいと、思い上がっていないですか?


気付きを与えられたなら、その気付きを忘れずに生きることです。



ご恩に報いる、感謝の行動は、その場限りのものではなく、継続し続けるものなのです。


忘れずにいることです。





以前、わたしの友人で余命宣告をされた方がいらしたので、わたしはありとあらゆる手段、薬もお渡ししました。


その後、お礼はあったもののなしのつぶてでしたが ある日突然、完治しましたと報告のブログ記事を出されて、完治したその感謝の気持ちを込めて世の中の人のために働きますとヒーラー宣言をされました。


わたしは、ただ 長生きしてほしいという想いで薬やありとあらゆる手段を使っただけなんです。


病み上がりの身体で誰かに奉仕するためにしたわけではないのです。


その後、友人は入退院を繰り返しています。



人の恩に報いるって大切です。


人に与えたことのない人は、与える側の気持ちがわからないのです。


どんな気持ちで与えているかがわからないのです。


だから、繰り返す。


感謝のない人は繰り返すのです。



一方で、人からのご恩を忘れずに生きている人は、健康で心が清らかで誠実です。



今まで、わたしはスピリチュアルな世界に導かれて覚醒を経てきましたが 人にとっての大切なことはこれだと思うのです。

不特定多数に感謝、感謝と言っているよりも
自分を支えてくれている人やお世話になった人に対しての感謝の気持ちさえあれば、人生はうまく生きられるのだと思います。



あなたは誰に支えられて生きていますか?


支えてくれている人の感謝を忘れてはいないですか?

以前、戦争をさせない自分になる を書きましたが、その時はわかっていなかったことを書きたいと思います。



まず、戦争をさせない自分でいるためには、どのような自分で居るべきかわかりますか?


いつもニコニコしている。
いつも謙虚でいる。
真面目に何事も取り組む。


どれも正解であって不正解です。



それは、自分の内側に最終兵器を隠し持つことなのです。

いざとなったら、見せるためです。

使ってはいけません。

使ったらアウトです。



最初は何をされても動じないでいることですが、いざとなったら、稼動させるのではなくて見せるのです。


使ってはいけないものを持つのです。



それが この世界で言う核兵器ですね。


これは、元来 使ってはいけないものだったのです。


しかし、第ニ次対戦でアメリカ軍が使い、そのため 日本人が被爆しました。

そして、負けた日本が戦争の責任を取りました。

それって 実におかしいです。


本来なら、使ってはいけないものを使ってしまったアメリカ軍の責任です。


この話しはまずはここまでで、本題に戻します。


使ってはいけないものを持つ、それは 善と悪があるとしたら、悪と呼ばれるものです。



わたしは怒らせたら怖いです。


だから、わたしは人様を怒らないように努めています。


わたしが怒ったら、人は瀕死の重傷を負うので神様から説教されます。


という奥底に核兵器を持っているのです。


そのため、ちら見せするだけです。


ちら見せでも人は縮み上がります。


わたしが直接、手を下さなくても 一言、「あらまぁ、宇宙の法則が働くなあ」とドスのきいた声で言うだけですっ^^




わたしは、それが核兵器だとは知らずに使っていた大バカ者です。


まあ、使わなきゃわからないのですが 実験を繰り返して 最後には最終兵器となっていくのです。

使ってはいけません。

見せるだけです。




それを使うと言うことは、この地球を木っ端微塵にしたい存在に乗せられるということで、自分もそれに成り下がるということです。


自分の権威にかけて、持っていても使わない というのが人の道です。



日本人は二度も被爆しているから、その脅威を知っています。


だから、見せられるだけで怖いのです。


これが日本人特有の恐怖心です。


今の世の中は、そこをあおられている状態です。


武器を持つことは悪いことじゃないんだよ。


使ってはいけないだけなのです。



善と悪の両方を併せ持つのです。


それが 戦争をさせない自分になるこつです。

最近、瞑想を教える人が増えてるけど、瞑想を否定するわけではないけど 要は、自分で自分を整えることができれば、それが何であれよいのだと思います。



わたしはグラウディングも教えるし瞑想も教えるし日記を書くことも勧めるし体操も教えるし資格試験の勉強をすることも勧めます。


オールマイティなんです。



自分で自分を高めて、乗り越えた時の達成感は人を喜びで満たします。


その喜びは自分だけの喜びで自分だけの幸せです。


その喜びがあるから、もっともっとと高みを目指せるのです。


達成感っては喜びの原点だと思うのです。


だって 誰かから与えられた喜びでなくて自分が自分に与えた喜びだからです。


ひとから与えられる喜びは待つか自分が何かを仕掛けないと訪れません。

自分が自分にアクションを起こすのです。



静かな場所で瞑想をすることは自分自身を知る上で必要だと思いますが、ただ、自分を知るだけでは安心感は得られますが達成感は得られないです。


目指す何かがなければ安心感だけで生きていけるのですが、人として生きていくにはただ、安心感だけでは片手落ちなんです。


安心感の上に達成感があると それが自信となるのです。


自分を知り自分だけにしか出来ない個性を知りそれを高めていくことで成長していけると感じています。


自分に自信がつくと謙虚さも求められるので、反省が必要です。


そこで、日記を勧めるのです。


日々の反省で、自分を整えるのです。



自分を整えることが大切です。



達成感と安心感と謙虚さと神聖さのバランスを取るのです。

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