この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2018年10月


牡牛座の満月の意味は、自分のMust Haveを明確にして人生を創造して生きていく という意味があり、一昨日、昨日ははまさにそれを体感した二日間でした。 

しっかり体感したので今日はスッキリして 人生、一日目とも言える日を過ごしたのです。 


新しい人生一日目は朝からジェットコースター状態で、ひっきりなしの記事の投稿や電話対応に大わらわでした。 


そんな大わらわな一日をの中で、これからの仕事のヒントをいただけたり、自分の使命を再確認したり、自分の欠点を自覚したり、わたしの奥底にある想いが吹き出してきました。 



自分の奥底の想い。 


それは、『ワンネス』 


わたしたちは同じ源から生まれてきた同士なんだという想いと その意識があるから人と隔たりがある、、、という悲しみ。 


わたしは、自分ひとりだけワンネス意識でいたいわけではないんだ。 


わたしは人に対してはwelcomeだけど、壁を突き立ててくる人には無理はしない。 


相手の壁を尊重する。


だけど 隔てた壁を挟んで相手の魂を慈しむ。 


苦しくなる。 


魂の気持ちがわかるから苦しくなる。 


魂はどんな潜在意識にも寄り添う。 


わたしもそんな魂に寄り添いたいと思うんだ。 


わたしはどんな魂にも寄り添っていきたいと思う。 


わたしの力の限り、掬いあげて、寄り添って生きたい。 


だって わたしたちは同じ源から生まれてきた同士なのだから。 





人としての根本的な道理がまったくわかっていない人がいます。 


どれだけ説明してもわからないし、教えても理解できないのです。 




それはたぶん、失敗したり傷ついたり奈落の底に落ちてみたいのだと思う。 


嵐の時、外に出て飛ばされたいのだと思う。 



痛いことや傷つくことに鈍感というか とりかくやりたいだけなんだと思う。 


人にたいして悪気なくトゲのあることを言い放つのも ただ、言い放ってみたいのだ。 


周りにいる者はたまったものじゃないが本人は楽しいのだろう。 



やりたいなら、やればいい。 


人としての根本的な道理がわかるまでやり続ければいい。 




そんな人の周りには、そんな人を相手に学びを深めていく人がいるものです。 



誰もが師となるものですね。 




ライトワーカーというのは、水陸両用でどちらにも潜ることができて、空も飛べることができるものなのです。 


でも 自分はそんな存在だということを忘れていると、思い出させるために目の前にあらゆる困難と思えることが降りかかるようです。 


自分は地べたで這いつくばってることしかできない存在だと制限していては思い出せないのです。 

ライトワーカーは そのために制限を外すのです。 


実際、わたしは空を飛ぶことのできる水陸両用ですが潜ることは苦手です。 


土がお顔につくのがイヤ、べっちゃりつくのがイヤ^^ 


でも やらされるのです。 

ジャングルに入ることもさせられるし、素潜りもさせられる。だけど、苦手です。 


3分しか持たない。ウルトラマンみたいなものね。 
また アンパンマンみたいに自分の顔をあげて瀕死になることもあるし汚れたら使い物にならない。


汚れたら3分で勝負♪ 


だから、指先一本で済ませることができるのかもしれないです。 



と、わたしのことは置いておいて 


ライトワーカーは、今のところは適材適所に配置されていますが、最終的には 水陸両用で潜りも空飛びもできるように戻されていくのです。 


それが本来の自分に戻るということ。  


美しすぎるほど美しい自分に戻るということです。  



土がお顔についても美しい♪ 
ススだらけになっても美しい♪ 


元が美しいから、何がついても美しい♪ 



それがライトワーカーたるものです。 





昨日、今まで働いていた同僚と久しぶりに話をした。 


すると、あちらこちらで切り離しが起こっているという。 


わたしだけではないんだなと感じた。 


波動のなせる技。 


波動が合わないものは離されて、合う者とは出会わされる。 


ただ、それだけのこと。 

そこに、優劣はない。 


水に住む生物と陸地に住む生物、空を飛ぶ生物という違いなだけ。 


もちろん、高いところに住む生物は降りることは可能だが低いところに住む生物は上るのは困難だ。 



自分に合った波動の場所が自分の居場所なのだ。 

自分の居場所で仲間と共に助け合い生きるのだ。 



誰の心にも仏心はあるものだから、同じ波動であれば仲間になれるはずなのだ。 


空を飛ぶものは地の中にいるものを救うことは難しいけれど、地に住むものは掘り進んで救うことができる。 


救世主は適材適所に配置されているはずだ。 



それを信じて、自分の居場所での人生を歩んでいこう。




そうすれば、誰もが空も飛べて地にも水にも潜ることができるようになるはずだから。 



信じよう!


真実はここに有る。 


真実は源に有る。 


源に有るのは美しい。 


真実は美しい。 


わたしは美しい。 




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人が自分をさらけ出さないのは、自分の内側にあるものはみにくいと勘違いしてるのではないか? 

みにくいと勘違いしているから、さらけ出せないのではないのか? 


自分自身、本当の自分はみにくいからさらけ出せないと思っているのではないだろうか? 



本当の自分は美しいのです。 


さらけ出せばさらけ出すほど光り輝くものです。 

あなたは美しい。 




みにくいものでも怖いものでもない。


あなたは美しい♪


ここに有る。

真実は、ここに有る。


真実が見えなくなっているだけで、ここに有る。 

源に有る。 


美しさはここに有る。 



この人生で「大切にする」と決めてきていることは何ですか?。


「大切」は、正しさや常識ではありません。


人ひとりの人生における「大切」は誰にもジャッジすることはできません。


どんな生き方であれ、
自分自身との「約束」なのです。



自分の「大切」を知るためには まずは、自分との約束を守ることなのです。

規則正しく生活して、 自分に課していることをこなすことで 自分の「大切」に気づいていくのです。



わたしは、起床時間からその後の行動まで、自分で決めて動いています。

〜時までには、掃除を終えることや 〜時間でひとつの物事を終える というように、
家族全員が食卓に揃う7時までには、掃除、お詣り等、は済ませています。



まあ、主婦ならばそれぐらいのことは当たり前のことですが、仕事に出掛けるまでには 日常的なことはこなしておきます。

それが基本で、基本的な日常をこなすから 発展的な仕事に取り組むことができるのです。



それ以外にも自分との約束事を決めたら、守っています。



そうすると 自ずと、自分の「大切」がわかってきます。


譲れないもの。


Must Haveです。



頭で考えてもわからないです。


込み上げてくるものだから。



これがなくては生きてはいけない。


これのためだから、頑張れる という「大切」です。



あなたの「大切」を見つけてください。

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今回の地球の転生において別々の道を歩むと決めてきた二つの魂がふいに出逢ってしまった。 


宇宙の記憶が甦る。 


いつも二人で一緒にいた。 


青い地球を並んで観ながら離れるってどんなだろう?ってワクワクし合った。 


きっと、楽しくって踊り出しちゃうことなんだよ♪とわたしが言った。 

そうかなあ。。。違うと、思うよ。 わかんない、わかんないけど、違うよ。。。と空ちゃんは言った。 

違わないもん!楽しいんだもん! 
だから、わたしは地球にいくの!!! 




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あなたと離れて生きている。 


離れていることの辛さを味わっている。 


これからのわたしは違う人と人生を歩む。 


それは、生まれる前に決めてきたこと。 



この地球のアセンションプロジェクトに則り、綿密に計画されてきたわたしの人生が今、幕を開ける。 


これからが本番。 



離れてもなお成し遂げたいことがある。 


ライトワーカーとして、成し遂げなければならないことがある。 



『信じてる愛を信じてる道で待てなくなる時がくるからわたしを誰にも渡したりしないあなたの約束を今度は聞かせて』 



今度、逢うときは、わたしがプロジェクトを成し遂げた時だ。 

それまで、待っていてほしい。 

信じていてほしい。 

あなたの元に還るまで、信じていてほしい。

この気持ちがあなたを愛している証し。

嘘偽りない証し。





感謝というのは厄介である。 

人によっては、感謝の意味の受け取り方が違うから。 

人それぞれの感謝の意味がある。 




『感謝が大事だよ』 

と言われたとする。 


何に感謝するの? 

感謝の強要ですか?


わたしは、そう捉えてしまうほど 感謝という言葉には敏感です。 


感謝って自分自身の内からわいてくるものだから、人から強要されることではないと考えています。 




自分の内側から感謝がわき上がるようなココロモチで常に生きていれば良いだけでしょ。 


自ら、『ありがとう』 と言葉を発することや感じることや 人から『ありがとう』と言われることは まあ、素直に受け取れます。 

感謝の心が感じられるからです。
こちらも温かい心に満たされます。 

まあ、と書いたのは 心が伝わってくるので、わざわざ言葉に出さなくてもいいよ、という意味です。 
わたしとしては当たり前のことだから わざわざ必要ないです。 




しかし、感謝を「今のあなたが居るのは誰のお陰ですか?わたしにに感謝をしなさい」という意味で相手に使われる方がいらっしゃいます。感謝の強要ですね。 


有難うございますという言葉は、本来なら有ることが難しいものが「有る」ということを示されていて、「有る」ことが難しいのだから、頭を下げて 頭の上に献上していただきましょう という意味なのです。労い、敬いが込められています。
だから、有難うございます と頭を下げるのです。 


ということは、感謝の強要というのは、有ることが難しい存在は感謝を強要している本人を指すことになります。


自らが有ることが難しい存在だと示しているのです。

労い敬われなければならないと自らが発しているのです。



わたしにはそんな発想がないので、
固まってしまいます。 



頂戴するものは、何人かの手によってつくられたりするため、労い敬う心で有難うございますと頭を下げるのはわかります。 


労う心や敬う心も自らの心からわき上がる心です。 


それを自らが強要するという発想がわたしには理解不能です。 



わたしがぴっとかぺってエネルギーを動かす行為は無意識に簡単にやってしまうので 難しいことではないから、有難うございますと頭を下げられることがこそばゆいのです。 


だから 感謝の強要をされる方は、自分にとってとても難しいことをやって捧げているのだから、相手から労いや敬われたいということです。 


確かに、「有ること」は難しいことかもしれませんが 相手にそれをわざわざ強要しなくてはいけないココロモチというのがわたしには理解ができないです。 


いつも無理している、ということなのです。 


何かを犠牲にしているから そんな発想になるのかもしれませんね。 




感謝というのは 様々な立場で使い方が違うということですね。 





先ほどの記事に書いた、恐怖心を植え付ける人というのは存在します。 


自分の物差しを持って、人を裁く人です。 


そして、
自分は最善を尽くしていると思っています。 

自分ほど最善を尽くしている人はいないとも思っています。 


確かに、それなりに努力はするし、自分の思想を持って それに基づいた最善を尽くしているかもしれないですが それ自体、自分の思想に固執している姿なのです。 

だから、固執し過ぎて反省がないのです。


反省がないから、目の前に起きることは、自分の行いや心のせいだとは思わないのです。 


だから、自分の心が乱れた時、誰かを攻撃するのです。 


改めさせるために、人を裁くのです。



そんな恐怖心を植え付けたり煽る人と、どう付き合ったら良いかといったら、付き合わない。 離れる。 


それが最善の方法でしょう。 


それができないなら、自分の軸を持ち、それに振り回されない心を育てることです。 


自分の軸がないから振り回されるし巻き込まれるのです。 


自分の軸を持って生きることと自分の思想に固執して生きることは違います。 


自分の軸を持つことは、揺らいでも元に戻す柔軟さを持つことですから。 


固くないの。 柔らかいのです。 


柔らかいから如何様にも曲がったり添ったりしますが、最終的には、源に戻るのです。 


一方、恐怖心を植え付けたり裁く人というのは、 心がカチカチ過ぎて それが軸だと錯覚していることになりますね。 

軸はないのです。

ただの固い固まりです。 



思い当たる人がいるかもしれません。  


また そんな固い固まりを持った方に憧れを抱いている方もいるかもしれませんね。 




軸は柔らかいのです。覚えておいてくださいね。

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