この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2019年01月


過去に人を傷つけてしまった過ちは取り戻せないけれど、そこに囚われて生きるのは違うと思う。 

今を生きるためには、囚われて悔やむことではなくて、きちんと謝罪することなんだ。 


謝罪の気持ちを伝えること。 


伝えないと、伝えるまで引きずるものです。  


伝えたからといって、許されることとは別問題だけど、伝えなくちゃ相手に謝罪の意思は伝わらない。 





わたしは、間違ったと自覚した時点で謝ります。 
謝罪の意思を伝えます。 
そうやって、歩んでいるせいか、変なことには巻き込まれません。 


逆に、嫌な想いをさせられたことはあります。 


謝罪してくる人もいればそうでない人もいます。 

謝罪してこれば許します。 
過ちを認めることは自分に素直になることだから。 


だけど、謝罪してこない人にたいしては、やみくもには許さないです。 


わたしは許す力が大きいので、うっかり許してしまいますが、戻します。 

その人の学びをとることはしないのです。 



大切なことは自分の過ちに気付き認めて謝ることなのですから。


社会全体が 今まで続いていた習慣や執着から離れていくように思います。 

わたしもどんどんはがされてきています。 


去年は、30年以上続けてきた仕事をやめ、身内との雇用関係が外れました。 


また 最近は、スピリチュアル、エネルギー的なことも外れてきているように思います。 


申し込みがあれば、フルネーム鑑定をさせていただくのですが、それ以外は雑談が好きです。 


どなたとでも気軽に話をするわたしですが、最近特に、雑談に花を咲かせています。 


周りの方は、わたしとの雑談から何かエッセンスを受け取っているようです。 


カウンセラーや講師といった表立った肩書きは何もないですがわたしと話をすることで何かしら受け取っているようです。 

だからといって、お話会を開くことはないですし、あまり外には出歩かないですが、その中で、必ず誰かに出会い、気付きを与えているようです。 

必要な人に必ず届くようになっていますね。 



わたしとっては当たり前なことが人にとっては気づきに変わるということに毎回、新鮮な気持ちにさせていただいています。 


しかし、戸を立てて受け取らない方もいらっしゃいます。 


それはそれで、そこから先は受け取らないと決めているのだなあ〜と感じます。


でも、戸を立てられたら 二度と近寄らない主義です。 



ハッキリしてるわたしです。


今の現状は自分に何を気付かせたいのだろう? 


自分は何を学ぶべきなんだろう? 


今の自分に足りないものはなんだろう?





意識の変容が起きると、このように考えられるようになってきます。 



現実に起きることは、すべてにおいて 自分を成長させるために起きているんだ、ということが自覚できるからです。 




意識の変容が起こる前は、今の自分に置かれている立場や現状に不満ばかりで、それが自分の内面が引き起こしているなんて思いもよらないものです。 
そして、それは人のせい、社会のせいとしか思えないものです。 




『すべては自分の内側にある想いが引き起こしていたことだった』 



これに気付くために、目の前に問題が山積みされるのです。不快になることも起こるのです。 



意識の反転です。

考え方がガラッと変わります。

それを経て、意識の変容がなされていくのです。






今までは、物質世界だったため物質に価値を見いだしていく生き方だったと思います。 


だけど 世界はシフトしていて どんどん、精神性の高いことに価値を見いだしていく生き方になっています。 


そのため、そんな時代の中 物質に価値を置く人は取り残されていく傾向にあります。 



所有という概念が外されています。 

そして、執着も。





世界は変化しています。 


その変化に、ついていけるように わたしたちの現実が起こるように思います。 



今まで素通りしていた、親との関係も見直すことを求められています。 



それは、意識の変容が必要となってくるからです。 




そこを見つめずにおざなりにしておくと これからの人生が生きづらくなります。 


まだまだ、見えていない人もいるかもしれませんが、あえて見つめるようにしてほしいと思います。 


そこに意識を置くのです。 



今まで無意識に過ごしていたことに、意識を置くようにして生活するのです。 


無意識に過ごしていたら心の葛藤はないかもしれないですが あえて意識を向けてみるのです。 


すると イライラ、モヤモヤした葛藤から逃げていたと自覚するでしょう。 



自覚することが大事です。 



ひとつひとつ自覚して生きるのです。 




そうすると 自分の中に意識の変容が起きてくるでしょう。 



自分では考えつかなかった想いがわき上がるのです。  




わたしたちはそうやって意識の変容を促されています。 




子供ぽい人の特徴をあげてみたいと思います。



自分しかない。
他人を見下している。
自分を強く見せたい。
周りの人を下に見ている。
常に一番でありたがる。自分の話しばかりする。好き嫌いが激しい。
おなかがすくと機嫌が悪くなる。
感情の起伏が激しい。
空気が読めない。
自分のことを自分ひとりででできない。
落ち着きがない。
思い通りにならないと怒る。 
後先考えずに行動して、人に迷惑をかける。
計画性がない。



とまあ、上げたら切りがないです。 



あと、純粋、天然。素直。 



子供ぽいことは悪いことではないですが、とかくバカにされやすいです。 


わたしも以前はほぼこの特徴通りでした。 


今でもおなかがすくと機嫌が悪くなります^^ 




これがわたし♪って自分を肯定していたら良いと思いますが、この特徴で人に迷惑をかけてしまうのは違うように思います。 



あなたはいくつ見つかりましたか? 






敬う心は世界を救う
お題目をお唱えさせていただくと、させていただける身体のあることに有り難いと感じます。 



お題目をお唱えする、氏神様で手を合わせる、敬う心はさせていただける心を育てます。 


手を合わせることが目的ではないのです。 



手を合わせていればよい、お題目を何千回お唱えすれば、何かが叶うわけではないのです。 



目の前の人に優しく語りかけたり手を差し伸べるるためのお題目でありお詣りです。



それをお徳とも言いますね。 



ワクワクすることをしましょう、と言われます。



ワクワクすることも、最終的には、世のため人のためにさせていただけるためにあるのです。 



目の前の人に優しくしてください。 

隣にいる人に優しく語りかけてください。 




無宗教者が良いとされている昨今ですが、元々、宗教というのはこのように敬う心を育てるものです。 



そのことを忘れてはいませんか? 





それは思いやりとは言わない。 ただの気使い。 




思いやりをはき違えている。 

〜のために。 


愛する人は、あなたに気を使わせたりしない。 


愛してる人の自由を尊重するものなんだ。 



自由じゃないことを選択しているのは自分。 


愛する人はあなたの自由意思を尊重するものなんだ。 



「僕のために、〜してほしい」って言われたの? 


言っていないはずだ。 


自分を縛っているのは自分。 



ただ、「あなたがわたしを縛るからわたしが自由を選択できないの」 

と言い分けしたいから縛られたふりをしてるだけ。 
愛してないのは貴女の方だ。 



愛していないことを悟られたくないから自分を縛っているだけだ。 



愛していないから彼に気を使う。 


気使いは思いやりじゃない。 
気使いは愛じゃない。



愛していないことを悟られたくないために、彼に気を使うのはやめようよ。 


自分のためにも、彼のためにも。。。

自立に向けて〜心を開く


自立に向けてを昨日、アップしました。 


厳しいと受け取られたかもしれませんが、その前提にあるのは、心を開くことなのです。 



素直な気持ちになって心を開く。 


だれに? 


自分をつくってくれた人に。 


ご先祖様、親、親戚、友人、先輩、後輩、上司、 
自分に関わるすべての人に、心を開くのです。 




自分から離れた人や遠い人にばかり心を開くのは違うことに気付いてください。 



今まで 誰と関わりあってきましたか? 


その中で辛い体験をしてきたなら、辛い想いを素直に伝えるのです。 

謝ることができなかったのなら謝るのです。 



心のわだかまりを解くのです。 



だから、自立できていけるのです。 


教え導くとは、そこに気づかせて実践させていくことです。 


教え導くためには、自ら 実践していなくてはなりません。 



自ら、手本となり、自分をつくってくれた人々に素直に心を開いていくのです。 


実践者であってください。 



それが、感謝して生きるということです。 



誰もが、自立を促されていきます。

自立に向けて

これからは、人に依存したり、人に頼りきってやらなかったことにたいしてメスが入るようです。 


自分の責任なのに見ないふりをしてきたことをし続けることができなくなります。 


追い詰められる気持ちになるかもしれません。


本来なら、もっと早くやるべきことだったはずです。 



後回しにしていても誰もやってくれないのです。 


本来なら自分の責任なのに人任せにしていたことはありませんか? 


本来なら子供の責任なのに親が代わりにやっていたことはありませんか? 

親が代わりにやるのではなくて それは、あなたが責任持ってやることだよと教えるのです。 

そして、責任持ってできるよう教え導くのです。 


自立を促されていくということは、甘えた考えを捨てざるを得なくなります。 



そうやって、自立を果たしていくのです。




そして、今、あるものが崩れるということは、それはあなたには必要ないということです。 


しがみつかない。 


切り替えのため崩れるのです。 


必要でないのにしがみついていると崩れます。 


崩れる前に手離しましょう。 





このように創造主は自らの分け御霊で太陽や月、惑星を使って宇宙を操っています。 


それによって地球自体も地球に住む生物も影響を受けています。 


そうやって、自らを進化させようとしているのです。 


占星術が最近流行りだしているのはこのような理由ですね。 

天体の動きで地球に住む人間の感情は左右されますから。


また 古事記や日本書記では権力者によって歴史は改竄されて出されていますが、竹内文書では宇宙の成り立ちから口伝されていますね。 


わたしはわたし独自のアンテナ?があり、嘘を見抜く働きがあります。 


そのため 常に自分のアンテナで書物等を検証していて、違うものははじかれていきます。 


自分のアンテナで検知しています。 


そのために地球に生まれてきていますので。 



要は、創造主の分け御霊として生きているのです。 


だから それが、今のわたしの視点になります。 


しかし わたしはまったく転生していないわけではなく 地球よりも地球以外の転生が多いので、それに影響を受けて、人生を歩んでいます。 


地球のアセンションのために転生してきた分け御霊といっても自分自身の人生を歩むことは重要です。 


アセンションを牽引する立場ではありますが、この地球では若輩者ですので、何かと苦手なことは多いです。 


そう考えると、周りの方々には支えられています。 


人生を歩むには地に足をつけたほうが良いですが周りとのバランスを考えるとそうでもないです。 

たまには、ふわふわするのも必要だなあ〜と思っています。 



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