この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

わたしは、地球にグラインドしています。 わたしの意識は地球に同調しています。 わたしの想いは地球の想いです。 わたしの叫びは地球の叫びです。 わたしの言葉は地球からのメッセージです。 少しでも、みなさんに 地球の想いを感じていただけたら幸いです。

2019年06月


自立しようとしている時、人を頼ってはいけないと思っていませんか? 


頼ってもいいのです。甘えなければ。 


何故、自立しようという気持ちが起きるかといったら、今まで居た居場所(実家)があるからです。 


実際、自立したからといって実家はなくなりませんよね? 


しかし、頼ってはいけないという気持ちは、居場所(実家)を捨てることに繋がります。 


今まで居た居場所を失いたくない自分自身は必死に抵抗します。当然です。


自立を果たしても今までいた居場所(実家)はなくならないのです。 


自立するということは、今までいた居場所を捨てることではないのですよ。 





また、今まで居た居場所(実家)が不安定だと、本人も不安定になります。 
これも当然です。


ブレないから実家になるのです。 


実家はブレることなく、その人の実家であり続けるものですしあり続けることです。 


だから、その人が自立していこうが否かに関わらず、居場所(実家)であり続けるので、今まで通り、頼りになる場所になるのです。 


戻る場所がないと感じているうちは自立出来ないものなのです。 


あなたはあなたのままでいい。 


あなたらしくあればいい。 IMG_0037



違う人になることはなくあなたのままでいればいい。 


人はとかく、頑張らねば、と思ってしまうものだけど、頑張らないことを頑張ればいい。 


あなたの好きを大切に。 

あなたのままを大切に。 

笑顔を見せてくれたらいい。 




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鎮めよ。 

心を鎮めて、深く深く、呼吸をしなさい。

深く深く。。。 

深く深く。。。 



胸の奥から大地の響きが聞こえてきます。 


鎮めよ。 

鎮めよ。 

愛する者たちのために祈ります。


静かな囁きが頬を撫でます。 


螺旋を描いて、風がこの身を慈しむように、流れます。 


そして、大地に戻ります。 


心を鎮め、手を合わせて、深く深く、繋がります。 



愛する人に繋がります。 

そして、命を宿します。 


新たな命を讃え、深く深く繋がります。 


深く、深く。。。 


宿した光りは、これからの世を照らします。 






わたしは自分の経験してきたことを通して学んできたことを広めていきたい想いとわたしのように困っている人のために教えていきたいとの想いがあります。 


この世界には、見える世界と見えない世界という括りが存在し、見えない世界とは根源的なものです。 



それは、魂的な繋がりのこと。 


ツインと出逢った方にしかわからない魂の惹き付け感は頭では考えられないものです。  


それは、言葉に出来るものでもなく解読する必要でもないものです。


ツインの、、、、、以外でも魂の繋がりの深い関係では見えない部分でのやり取りがみられます。 


親子関係、友達関係など。。。 


今、生まれてきている子供たちも同じで、言語が苦手なのは、見えない部分での強いサインを送ることが出来るからです。 




今、20代以下の方々には、そういった傾向が多々みられるのが特徴です。 



昭和生まれのわたしからしたらそういった方々は人間という括りからは逸脱しているように思われますが、実際には肉体を持っているためその違和感で苦しんでいる方々がみられます。 



自分がわからない。 


自分の身に何が起きてるのかがわからない。



わからないから怖い。 

わからないから苦しい。 

だから、自分の居場所がない。



そのような方々が多いし増えてきています。 



見えないことは視覚化したり言語化して自分に落とし込むことで楽になると言われています。 


しかし 実際には、間違った視覚化言語化で苦しむことも少なくありません。 


これは本来なら根源的なことなので、視覚化言語化する必要ないものなのです。


しかし、視覚化したり言語化しないと納得できない自分の在り方に問題があるのです。 


わたしは人との付き合いを通して、それを徐々に改善させていくことをさせていただいています。 


実際には、見える世界と見えない世界と分ける必要はないのです。 


そして 視覚化言語化しないといけないわけではないのです。 


便宜上、あると便利だから使ってるわけで。 


それは、もしかすると 時の権力者の便宜上なのかもしれません。 



だから 言葉にとらわれずに、本質を観る力を養っていかれると良いでしょう。 



わたしたちの周りは見えないサインが渦巻いています。



今後は、言葉で教えるというよりも、エネルギー的に教えていくことが主になっていくような気がしています。




何か変わったことがあると すぐにいっぱいいっぱいになり、自分を責めてしまいがちになる方がいらっしゃいます。 


「自分はダメな人間なんだ〜」と。 


何故、そこで出来ないと諦めてしまうのでしょう?


諦めぐせがついているのではないですか? 



わたしは、逆に意欲的になる方だから、そうなってしまうことがわからないため共感は出来ません。 



たくさんあった方が楽しい♪ 
同時進行できるし♪ 



わたしたちは多次元に生きてる存在なので、本来なら得意なはずです。 



出来ない!ことがわからない〜 


分刻みで動くの好き〜♪ 



結局はON、OFFが出来ていないのです。 

ほら見てくださいな♪


「止」→「伸」→「止」→「縮」の動きこそが、呼吸の動きの元となるでしょ。 


呼吸をしっかりすること、ONOFFをしっかりすることが基本です。

諦めたら呼吸が止まるじゃないか!IMG_4421




《神の活動》


「空」という存在があった。 「空」という存在は、生命の中心の流れを示す。 
純粋なエネルギーであり、「止」とも表現される。 
また 物事すべてを統制する力も持つ。 
その「空」が進化したい!と発動した。 
そのため、「止」→「伸」→「止」→「縮」という動きが生まれた。 
これが「呼吸」の元始エネルギーとなる。 




 







わたしは自分の利益を考えずに動くし動かされます。 

だから、神様に使われるのです。 



また、自分の利益を考えずに動くわたしを人は使おうとします。 


わたしはそのように使わされます。



便利だから使えるだけ使ってやろう! 

そう思われる方も少なくありません。 



わたしは神の使いで神に使われてる存在です。 



そんなわたしをぞんざいに扱う者には宇宙の法則が働きます。 



働きます。 




最近 わたしが動かされるのはそのような理由もありますね。  





神に使われてる身ですからどこにでも行かされますが、ぞんざいに扱われることがわかっているときには戸を立てる時もあります。


そうやって、守らせていただくこともあります。 



だから わたしはわたしとの付き合い方を通して、人との付き合い方、自分との付き合い方を教えているのかもしれません。








人に何かして差し上げた時感謝も何もない場合に、相手に対し、何故感謝もなにもないんだ!という想いが起きても、そこに留まらないようにしましょう。 


寂しさから、そこに留まったり、相手に執着することは、自分を大切に出来ていないということです。 


離れましょう。その人は感謝のわからない人だから、相手を変えようと思わないことです。



そう教えられた時期がありました。 

教えられても、相手への想いが強すぎて離れることができなかったわたしにままのままさんは、強制的にわたしの相手への感情を外してくださいました。 


ままのままさんが大切なのはわたしなのです。相手の方じゃない。 


感情って人を成長させるためにあるもので苦しめるためにあるものではないのです。 

苦しんでるわたしを見かねてままのままさんは外してくださったのです。 



愛されている、大切にされている、と感じます。 



人を愛することや大切にすることの意味をそうやって教えてくださっています。 


わたしが苦しみもなく平然としていたら、ままのままさんの手は伸びなかったでしょう。 

わたしが努力している様を見て、手を差し伸べてくださったのです。 




有り難い存在です。ままのままさんは。 



また 神の使いのお仕事が忙しくて うっかり感謝を忘れている時には、司令で「ソコ!感謝、忘れてるよ〜」と行かせてくださいます。 


よく見ていてくださる、ままのままさんです。 


感謝忘れずに、生かせていただけるのは、ままのままさんのおかげです。



有り難い♪有り難い♪ 





現実を動かしたいなら、今までお世話になった人々に対してご恩返ししたいと心から思うことですね。 

そうでないと、現実は変わりません。 


感謝のない人は何をどうしても現実は動きません。 


一生懸命に何をやってるんですか? 

一生懸命の矛先が違う人は一生気づかないでしょうね。 





人の言葉って受け取る側の問題でもあります。 


素直な心で聞き入れるのと穿った想いで受け取るのとはまったく違った作用を及ぼします。 




ひとそれぞれ感じ方次第だから、それはそれでいいと思う。 



穿った想いのある人は感謝が湧かないようですね。 



素直な人というのは、心から感謝を感じていたらお返しをしたいと思うもので思ったら行動に移すものなのです。 


それがないのは、口先だけで感謝がないということなのです。 



口だけの人が多い世の中です。 




してもらいたいことばかりで与えることを考えられないのは感謝のない証拠なのです。 



人に何かしていただいたらその人の立場を考えて感謝の意味を込めて行動に移しましょうとわたしが誰かに教えたとします。 

その時に、感謝を強要してくると思われるようでは心根が腐っているのだと思う。 

教えようとしている人の気持ちを考えようとしないばかりかこちらの気持ちを無にする言葉です。 


人に感謝することを教えるには、繊細なことで配慮が必要です。 


これは、ままのままさんに教えていただいたことですが、本当に有り難いと感じました。 



心から素直な気持ちで聞く姿勢があると、たくさんのことを細かく教えてくださいますが、自分の気持ちに少しでも素直さがないと、言葉は降りてきません。 



「〜をしなさい」という厳しい言葉で降りてきた時には、強要されてる気持ちにならなくはないですが、それでも 自分の心がまっすぐじゃないからそう感じてしまうんだ、と反省すると、優しく「わかるようになったね」と誉めてくださいます。 


ままのままさんはあまり誉めることはされないので誉められるととても嬉しいです。 



いつも教えてくださり有り難いと思っています。 

教えていただいたことをもっともっと繋げるようにしていきたいと思っています。 


そんな想いを感じて、ままのままさんはある道筋をつけてくださいました。


自分の頭で考えるよりもままのままさんにお任せすると動きますね。 



有り難いなあといつも感じています。 





ままのままさんの言葉で印象的な言葉があります。 




毎日、毎日 頑張っていても、出来なくて、自分が情けなくなって、自分はダメな人間なんだ〜って落ち込んだ時、何て言われたと思いますか? 




「暇なんだね」 



「卑下してる暇あるなら働け!」 


でした。



卑下してる間は、ずっと下を向いて動かない状態ですよね? 


「時間稼ぎか?」とも言われたことあります。 



いつまでも被害者意識でいた時もそうでした。



自身に誇りを持ち続けていたら、求められることは時間内に出来て当たり前なのです。 

だから、余り時間でも働くことになるのですが。 



自身を卑下するって、サクサク働いてる存在からしたら邪魔なのです。 

プロジェクトから外されることもあります。 



出来ないことはない世界ってそういうものなのです。 



だから 人から泣き言を聴くと、暇なんだなあ〜、時間がたっぷりある初心者さんなんだなあと思います。 

初心者にはそれなりに配慮しますが、いつまでも初心者でいる人は相手しません。 


そうでしょ、わたしの仕事ができなくなりますから。 



そうやって鍛えられてるから今のわたしがいます。 




卑下してる暇あるならそこから抜け出す努力してください。 

被害者意識でいたいならその立場から退いてください。 




自立するってこういうことだよ。 



今の世の中、どなたも自立を促されています。 



自分以外のものにしがみついていてもなくなっていくのです。 



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