この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

「わたし」が今、なぜ、ここで生きているのか。 人は本来この世の中でただ一つの命として、自然で無垢な、すがすがしくも清らかな存在です。 しかし現代では、その姿を保つには相当の努力が必要なことのようです。 心身を清浄に保つためには、神や祭り、自然の力をかりて謙虚な気持ちに立ち返ることが必要です。 自分の目の前に差し出されたことを真摯に受け止めてください。 出来ないことは求められないものです。 息の本体に帰ってください。 息の本体に帰り、愛となれば、望んだことは一寸の狂いもなく叶えられるもので、望みが叶えられないのは、我が身が愛でない証拠。 だから、息の本体に帰ってください。 ご自身の「根っこ」を見極めるために、父母 をこえる存在として神や仏、自然の世界やご先祖様の存在が解ると、大きな心のよりどころを得ることになるものです。 日本の文化や風習、特に日本人のこころに脈々と受け継がれてきている信念を取り戻すことは、古くからある豊かな心をとりもどさせてくれるだけでなく、新たな価値観を生み出す大きな手段ともなるものなのです。 そのために出来ることを日々、お伝えしています。

2019年09月


今朝、駅まで娘を送っていく道中、 


あ〜っ 

と叫び声をあげた娘。 



重大なミスを犯したことに気付いた様子。 

それを、自分の頭で駆使してる娘。 


わたしは娘の仕事に携わっているわけではありませんが娘から聞く情報はわたしの頭にインプットされてます。 
そのため、そんな娘に指示を出したのはわたしです。 


「上司に連絡して、◎◎◎してもらいなさい」


その後、駅まで送り届けてから連絡ないので、確認をわたしがしたら、わたしの機転が事なきを終えたようで良かったです。 



本来なら、 
事なきを終えた時点で、 「ありがとうございました」と娘から連絡があってもよいはずです。 

でも、連絡がなかったからわたしからわざわざ連絡したのです。 


そのため 
「連絡できなくてごめんなさい。でも きちんと対処できました。ありがとうございました。」と連絡ありました。 



緊張してる気持ちは伝わってきたので、お小言は言いませんでしたが、
親子間ですが、礼儀は必要です。 



このようなことがあるので 娘はわたしに嘘もつかないし何でも話します。 


こんな親子関係です。




わたしのモットーは、
その時に最大限の働きをする、というだけです。 


有るものは使う、だけ。 


何かの時に使わせていただくのだから 常に感謝を持って接するのです。 



常に、遣われる身だからわかることかもしれませんね。




また ミスをごまかすことはお客様に迷惑をかけることにもなるので 上の者とどんなことでも共有することです。 


それが仕事の姿勢、心の姿勢となるのです。 


そして、それが人柄として表れ、 それが受け入れてもらえる、許されることに繋がり、信頼へと育っていくのです。 





隠さない、ごまかさない、共有、相談、報告、は人生を歩むために欠かしてはならないことです、 



そうやって生きていたら、そうそう変なことは起きません。 



先記事の無知な人は、無知なことを自覚してないから、やらない人が多いのが特徴です。 


まずは自覚して謙虚になることです。 



そうやって ひとつひとつ助けられて成長していくのです。




無知を自覚するから出来ることです。




無知が悪いことではありません。


自覚して克服、成長していくことですね。





以前も書いたけど、おさらいのために書いときます。 



物理学に 


『hc/G=屐 


という公式がある。

hcは願望実現速度と呼ばれるものである。
ちなみに、cは光速度、hはプランク定数と呼ばれるもので、エネルギーを表し実現のスピードを表している定数であり周波数に関係する。

また Gは万有引力。 

そして、屬、質量である。 


プランク定数hと光速度cをかけたものを万有引力Gで割ると、質量mの2乗とでてくる。


 hc/G=屬亮阿如
右辺は、毎日、1日の間に新陳代謝する細胞に含まれるDNAの質量であり、生命現象である。
 一方、左辺は、万有引力、プランク定数、光速度だから、生命とは全く関係ない物理学の定数である。

 生物学と物理学と言う全然関係ないものの数字が同じであるというのは、非常に奇怪と言うか、面白いというか、何を意味するのか?
 そう考えると、生命と宇宙は共振関係にあるに違いない。私たちは万有引力や光速度やプランク定数と全く無縁に生きているような気でいるが、大宇宙の申し子と言える。 

 左辺の物理学と右辺の新陳代謝を速くする、

つまり昨日起きた嫌なことはなるべく忘れ、未来に向かって気持ちを切り替えて新陳代謝をドンドン進めていくと、

左辺の hc、つまり「願望実現」が増える。

できるだけ短時間に願い事を実現したければ、昨日までの嫌なことはさっさと忘れた方がいいという公式が生まれる。


 では「引き寄せ」をしたければどうしたらいいか?

 新陳代謝を緩やかにすれば、Gが増える。はっきり言うと、やたらに努力するだけではなく、寝てボーッとしていた方が引き寄せられるということになる。宇宙にはこの2つの法則があるに違いない。これを合理的に考えると、まず自分にとって必要なものを引き寄せることである。

「五島秀一著 「5次元宇宙の物理学」参照)




この考えから行くと 

無知というのは、万有引力のない、状態だと推測されます。 


そのため、
引力がないということは、生きるために最低の細胞分裂しかしていない状態で、願望実現もしくは引き寄せるまで行き着かないことを指します。 


そこで 生きる意欲であるGを増やすと、右辺が自ずと増えてきて、新陳代謝も増えて、願望が叶う速度が早くなるのです。 



このように、『意欲』という万有引力を持つことで無知からは抜け出せるのです。 



\(^-^)/ 



意欲=知ろうとする力、考える力を高めるのです。 


物理学で証明されています。 




今の世の中、無知な人が多いのだと思う。 


無知は、知らない、知ろうとしない、考えないから無知なため教えれば良いのだが、それを騙そうとする輩がいることがこの世界を悪くしている原因だと思います。 



無知だから簡単に、騙される。
無知だから簡単に、お金をむしりとられる。 


結果、貧困層が出来たように感じます。 



無知の中でいくら真理を説いたところで響かない。 

そればかりか支配している権力者の言いなりになるばかりで、真理を説く者は権力者から排除される。 




真理を説く者は無知には見向きもされないものだ。 



権力者が改心するか滅びれば良いのだが、無知が居る限り、騙す輩は現れるだろう。 


親切を装い近付いて、下僕にさせる者もいる。 

ペットのように甘やかすだけ甘やかす者もいる。 

どちらも無知からは抜け出せない。 



無知な大人が子供を生んだら子供も無知のままだ。 

教育もロクにつけさせないで大人になり、また 無知な子供を生むという連鎖。



子育ては親から受ける愛情が重要な役割を果たすと言われているが親からの愛情が受けられないなら他の人からの愛情を十分注がれたほうが良い。 

親でなければならないことはないと思うことすらある現状です。 



ある人と話をした際に言われたことは、大人(親)を教育するよりも子供を教育すべきだという言葉でした。 


一理あると思います。 




昨日 ある人と話していて、「家事が嫌いだから仕事に出ていたほうがいい。休日で家にいると寝てばかりいるから。」と言われました。 



これは、 家事が嫌いというのは、家事は頭を使う仕事だから嫌いだと感じるのではないかな? 



仕事でも、体を動かす仕事と頭を使う仕事とあります。 

そして 頭を使いながら体を動かす仕事もあります。 



その人の仕事は頭を使わず体を動かすことをしてるのかなあと感じました。 




ひとつ疑問があるのだけど 一般的に人というのは、仕事をしていない時は頭が働いていないものなのかな? 


仕事が終わって、やりきった感を味わったら、そのまま頭が動かなくなるのかな? 




家事、というか日常生活というのは、頭を使うことです。 

人生を生きるということだからです。

人生設計をすることは頭を使わないと出来ないことです。 



わたしたちは人生のうちに自分の人生を考える時期があります。 


進学や就職、結婚など
節目節目にあるはずです。


それを、自分の意思を持たずに流されて決めたり、ただ 〜したいという欲求や感情だけで進めることではないのです。 


これをしたら次はどうなる?等未来を見据えることをしての成就です。 



ただ お金がないから働くことは、自分の人生を考えることにはならないのです。 


大きな節目節目で考えられないのは、日々の生活で頭を使っていない証拠なのです。 




頭を使って生きていないと思える人が非常に多いなあと感じます。 



頭を使って生きていないのに、ただ 羨むのは、違うと思います。 

日々の生活から違います。 




受験戦争と聞くと、競争、人を蹴落とすことと短絡的に考える人も少なくありませんが、頭を使うことで勝ち進めてゆけることだから、わたしは受験することや学校教育は悪いと考えていません。 



子供の個性を大切に、とか子供のやりたいことをやらせるという考え方は、ややもすると、頭を使わない子供をつくることになりかねないのでわたしは賛成しません。 



たかだか、10年やそこら生きてきた子供の意思を尊重するのは馬鹿げてる、と思う。 
それまで 頭を駆使して生きてきた子供ならわかる。 

頭を使わず、個性と言われるものだけを大切に生きてきて、したいことをさせたい、というのは馬鹿げてるとわたしは思います。 



頭を使うこと、頭を使わせること、頭の使い方を知らずに、ただ、子供を信じるというのは、無知というものではないでしょうか? 


癒やしは大切だと思うけれど、それよりも必要なことは無知な大人を減らすことだと思います。 



頭を使わず生きることは、機転をきかすことも出来ないし、何か起きてもボーとすることしか出来ない。 


戦力にはならないのです。 


これから何が起きてもおかしくない時代に入ったのに、戦力にならない人間ばかり増えて、助けなきゃいけない人間ばかりいても仕方ないと思いませんか? 




無知のままでいると排除されていく世の中です。 




わたしは前世からのカルマは外れ霊的修行を終えている状態です。それは、自分でも気づいていたしサインでも降りてきて、はたまた人から告げられもしました。 


一般的に霊的修行を終えると人は、死んであの世に行き、あの世で活動するのですが、わたしの場合は今世でやり遂げることがあるのと人類の覚醒サポート、地球の次元上昇サポートという役割があるため未だに人間やっています。 

しかし わたしみたいなのは、珍しくないようです。 


今世でやり遂げることというのは個人的なこともあるしライトワーカーとしてのもあるし、一宇宙人としてもあり、たくさんありすぎてよくわからん状態です。 


その時々で自分が変わり、その時に応じたことをやっています。 


そんな中で 人とのわたしのお喋りはかなり重要です。 

というのは、わたしが◎◎に行くといいよ、とか ◎〇してね との言葉は、その人の覚醒ポイントを指すからです。 

覚醒ポイントというのは、そこに行ったりやったりすることで 一気に視野が広がるポイントであるからです。 

最近では、雲龍さんの笛の会ですね。 


それは人それぞれ違います。 



そんな役割も担っています。 


役割が多すぎて、よくわからんのだが、わたしがお喋りだから出来る芸当だと思う。 



以上。




ピュアなアルさんの話で思い出したのだけれど、以前、天麻那舞のお席で麻の気持ちを話したことありました。 




麻もアルさんと同じなの。 




敬意を持って接しないと、心を開いてはくれません。 


敬意を表さない人には見向きもしないし、あまりにしつこいと毒を盛り、沙汰します。 


扱いが悪いと毒を盛るのです。 


でも 一度、相手を受け入れると、ごろにゃん、全面降伏して明け渡します。 


そのような性質を持つのです。 



だから、扱いが難しいのです。 




そのため 麻を利用しようと目論んでいる人は、逮捕されたりあるはずです。 

怖がって手を出してこない人には危害を加えません。 


しかし 関わろうとしてくる人には、最初は警戒心して合わせますが、心に少しの墨がついているのがわかるや否やそれ以上は触らせません。


利用されるのがわかるからです。


医療用大麻をと聞かれますが、よほど礼を尽くさないと出回らないのは、そのような理由からです。 


よほど丁重に扱わないと沙汰されるでしょう。 



マコモダケも同様です。


気づかれない方もいらっしゃると思いますが、マコモダケは痺れが起きる作用があります。 


以前、いただいて食した時、一口いただいて、全身に痺れが走りました。わたしはそれだけ敏感です。 


痺れがあるから悪いということでなく、注意して、扱わなきゃいけないよ、ということです。 

また、依存作用もありますね。


その後、わたしはマコモダケさんに敬意を表して 皮を乾燥させて、編み編みさせていただきました^^ 




そのように、強い毒性を持ったものは依存性や常習性が高いということです。 


そのようなものには安易に手を出さないが無難です。



その毒性故惹き付けられ依存してしまうのでしょうね。。。 



だけど その実、アルさん含め麻やマコモダケさんは、仲良くしたい♪気持ちしかありません。 


己れの毒性を省みず、関わりたいのです。 


関わって扱いが悪いと毒を吐く。。。 



これが、麻を麻薬たらしめた理由です。 


麻も悪いとこあるのです。 


ホイホイと人間に擦り寄っていくから始末が悪いのです。 


毒を吐いて脅したら怖がるに決まってる。 


人間なのだから。 


だから、神格化されたのでしょうね。 


おいそれと近づけないようにしたのです。 




これについて、わたしは麻のほうが悪いと思ってます。 


己れに毒がある自覚がないから。 




でも まあ、これからは、自然と人とが共存していく時代ですので、その間に入ってわたくしが互いを教育しながら、共存させていきたいと考えています。 


そして、麻やマコモさんには依存性や常習性があるので、そこも改良せねばならないです。 



自然と人とが共存していくためには、互いに、依存させないことが大切なのです。



自然と共存して生きてくのはワクワクうきうきすることばかりじゃないよ、ってことを書いてます。 


何事も、相手の立場を思いやること、配慮すること、わきまえることが必要ですね。 



と これを書いてるのは、ままのままさんです。 


依存性あるアルさんをうまく采配ふるっているままのままさんです。 





たぶん わたしに助言を求めたら、その相手はそれを聴くことは必須で、それがわたしに対する礼儀なのだろう。 

わたしに助言を求めておきながら、それを実践しないのは礼儀のない証拠なのだろうな。 



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 


昨夜、ある方とのやり取りで、わたしの体に降りている存在は、地球創世に関わった、とてもピュアな存在だと言われました。 


彼はその存在を称賛してくれていた。 


また、敬意を表しただけだったのだが喜んでいただきました。




わたしに降りる存在をわたしはままのままさんとかアルさんと呼んでいるけれど、その存在は、人に自分を明け渡すのが上手いなと感じる。 


彼はわたしに紳士的でやり取りをさせていただいていたのだけど、それにたいして敬意を表すると同時に、姿を現したのです。 

礼を尽くせば礼を返すというのかな? 



「最初は警戒心を持っていたけど、ある時期から、わたしは貴方に、すべてを明け渡してるよ」、とわたしの口が発したのです。 


これはたぶん、アルさん。 

彼にたいして、「わたしはあなたを全信頼しているから、何をされても構いませんよ」という意味です。 


アルさんから、こんなことを言われたら、嬉しいと思うわ。 



別の話ですが、
こんなアルさんからの助言を素直に受け取らないでは、さすがのアルさんも手を退くわな。 




この世界、宇宙というのは、法則で成り立っています。 

法則とは秩序です。 

秩序なき者は宇宙の法則に則って沙汰されます。 


厳しいと言われれば厳しいかもしれませんが、そうでないと 秩序は保てないし生態系が崩れてしまう。 



わたしたちは生態系の一部ですから。 




宇宙を乱さないように生きていきましょう。 







好かれなきゃいけない
大事にされて当然
お節介をやきたくなる自分を抑えなきゃならない
みんなによく思われなきゃならない
人より劣ってはいけない
軽蔑されてはいけない
下げずまれてはいけない
ボーっとしていてはいけない
人より上に立ってなきゃいけない
でした。



10年以上前のわたしが持っていた感情です。


こんな感情を抱えたまま生きてると、苦しいね。



自分でどうやって克服したのか記憶を辿ってみると、 2、3年前まではあったような気がします。 


わたしは幼少期から、姉と比べられてきたし 姉からも、同じ腹から生まれてきたと思えないどんくさいヤツ!と言われてきました。 



根強い劣等感。 



どうやって克服したのかというと、自分の得意分野を認めて、その自分を存分に出して生きたからなのかなあ〜って思います。 


今は、やりきった感ある。 


存分に出し切る❗ 



前回?も書いたような気がする。 



人に嫌われるまでやりきると、やらなくなる。 



自己主張万歳\(^-^)/ 




押さえていないで出すといいんだよ、きっと。



思ったより、受け入れてくれるものです。 


行動せずにいることで長引くから行動することですね。




嫌われてもいいやん❗ 


自分がやりたいのを止めるほうがストレス溜まるね。 





夫婦でいると どちらか一方がお金にルーズだったり使いすぎてしまったりすることあると思います。 



すると 相手からお小言を言われたり、言われなくてもそう感じたりすることありますね。 




それは 自分が相手に引け目を感じているからです。 



相手を誤解しないようにしましょう。 



見つめる対象は自分自身の生活態度であったり心です。 



誤解されたパートナーはたまったモンじゃありませんね。 






言われてないのに、そう感じて決めつけて相手を評価してる人は意外と多いです。 

自分はエネルギー読むのが得意だから間違いない!というスピ系さんにありがちな勘違い。 


そこ!自慢するとこじゃないから〜 


自慢して墓穴掘ってます^^ 


こういう人ほど確認検証しません。 


そのため横道に反れます、反れます。 



グラウディングできてない自分の直観は妄想です。  


スピ系あるあるな話しでした。 



これがわたしがメールアドバイスをしようと思ったキッカケです。 





この地球に住む人間としてまた この社会で生活する人間として必要なことを学ぶことが現代に生きる人々にとって必要だとわたしは考えます。 



だから まず、親が家族という小さな社会の中での生活の仕方を教えます。 

家族という単位での役割分担をして、立場の上の者を敬い下の者を慈しむことを元に日常生活の送り方、食事の仕方など 上の者が模範となって教えます。 

 

家族という小さな社会で社会の仕組みを学んだら外の社会に出るのです。 





最近では、学校に行きたくない、行かせないことを見聞きしますが、学校は躾の場ではなく教育の場です。 


昔から読み書きソロバンは必須であったはずです。 


小中高と順に進んで、最終的には社会に出ていくのですが、社会に出た時に人様の迷惑をかけない程度の生活ルールや知識、また労働方法、お金の使い方を学ぶことは必要だとわたしは考えます。 



そのため、学校教育が必要だと感じるなら通わせる選択をすべきでしょう。



しかし 保護者がそう思わないなら、やめればいい。 





学校に行かせる行かせないという選択を迷われてる保護者が多いと思いますが、上に書いたような社会人として育てるためにはまずは、今、何を選択するべきかを考えれば良いと思います。 



そして、子供は親の所有物ではなくて社会からの預かりものだという意識は必要だと思います。 






その意識がないから、子育てに迷うのではないでしょうか? 




保護者の描いた子供の未来に子供を当てはめることもなくなるように感じます。 




娘はわたしの作品として社会に出しています。


そして 彼女の生きたいように生きることができるため わたしは手助けをしたり助言はしています。 





自分がいなかったら生きていけないようにしてしまうことは、避けるべきなのです。 







わたしが学校教育について意見を言わないのは、子供を所有物として見ている保護者や指導者が多くて何を言ってるか意味がわからなかったのですが、最近になって理解できたので書いてます。 




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