この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

2020年02月


未だに、誰かに依存したいと考える人はいるもので わたしはそういう人からは一線を置いてるのですが、見ていることは見ています。 


見ていると 常に依存先を探す行動をされています。 


こまめなブログチェックなコメントなど。 


そこに力を注ぐなら自力で立ち上がることをすれば良いのにと思います。 


また 人が仲良くしている間に割って入ろうとして失敗します。 
相手にされないのです。 



依存したい人はいるけど、依存させようとする人は少ないのかもしれませんね。 



しかし せっせと依存先をを見つけるため奮闘してます。 




見ていて、面白いなあと思います。 




あなたの周りにもいらっしゃいませんか?




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 


今まで人任せで生活していた人や荒れた暮らしをしていた人は福祉を頼る方法があるかもしれないが因果応報という言葉があるように、ツケが回ってくることは覚悟したほうが良いかもしれない。 


確かに優しくて親身になってくれる人もいるかもしれないがそうそう頼れるとは限らない。 



自分でそれなりに働いてきている人は世間を知ってるためシビアな考えを持っているもので、
そんな現状から逃げて生きてきた人はツケが回ってくるものだと思う。 



家族に元々、縁の薄い人や離婚して母子家庭や父子家庭となりお金に苦労して生きている人や病気で苦しんでいる人、様々な人がいるわけだが、自分のその境遇を自分が選択しているのだと知ってる人は多くないと思う。 


そんな人は福祉の力を借りたり優しく親切にしてくれる人に出会うかもしれない。 



どんな境遇でも自分や人を責めることなく受け入れることで好転することを知ってほしい。 




たまに見かけるのだが、自分自身がさほど心が豊かでもないのに、行政に働きかけたり手を差し伸べた行動を起こしている人がいる。 

手を差し伸べたら手を差し伸べた分だけ依存させようとする。 

しかし、依存させようとしても体調を崩されたりしてそうならないように天空が動いてるようにも見える。 


今は、自立を促されるということですね。




誰からも好かれて慕われていても 心が弱くて、自分に自信の持てない人がいます。


表面上は自信のないようには見えないのに、訊ねてみると自信がないと言う。


優しくて慕われているだけじゃダメなのかな?


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



『自分を誰かに批判されたとしても 動じない状態』

それが、自分に自信があるということかな?



自分のことをわかっている。

良いことも悪いこともひっくるめて、自分大好きって言える。



自分をよくわかっているから、自分が悪いと気づけば、すぐに謝ることができるし 見当違いのことで言いがかりをつけられたら、違うと伝えることができる。


そして、誉められても、いちいち喜ばない。



誰もが、自信がつけば世の中は平和になると思う。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



優しさ、慕われている人は 自信を持ちたいようだ。


結局は、人からどう評価されていても自分が自分をどう評価しているか が重要なんだと思います。

人は人を裁くことができるし自分に対しても同様だ。


人からどう評価されても自分が不満があれば、その心は満足しない。


自分が自分に満足することだと思う。


満足するというと、良いことばかりを連想させるけど そうでなくて、
自分の良い部分悪い部分どちらも認めることなんだ。


納得することだね。


そのためには、嘘はつかないということ。



わたしは自分に嘘はつけない。

つかないのではなくてつけない。

どんな小さな嘘でもつかない。




自分に嘘をつかないという、地味だけど 自分との信頼を積み重ねていくと、だんだん自信がついてくるんだよ。



自分との約束を守るのです。

毎日、◎◎◎をする というような決め事をつくり、それを必ず、実行します。


それをひとつずつ増やします。


朝、5時に起床します や 起きたらすぐに掃除します や 何でもよくて 必ず、守ることなんです。


人との約束は守るけど自分との約束は守らない、というのはいい加減。


そのゆるさが自分との信頼関係を弱くする。



太っている人がダイエットに成功して自信を取り戻すのは、やせてきれいになったからではなくて 自分で決めたことを必ず守ることをしたからです。


自分で決めたことを必ず守ること


それが自信になるのです。


自分に嘘はつきたくないから、決め事を作らないということは、自分を信頼していない証拠です。


自分と自分自身との決め事をつくって実行してください



それがあなたの自信に繋がります。


先日の「分かれ道」でも書いたことなのですが 「すぐやるかやらないか」は成功するかしないかの分かれ道でもありますが 言われたことを素直にすぐやらなかったり自分のやり方でやろうという一見、自分の個性を大切にしているようにみえる行為は、成功とは真逆だということをわかっていない人がほとんどです。 



最近では、「個性を大切に」と言われますが、個性をわかっていないのに大切に出来るわけがない。 


集中して取り組める何かもないのに個性がわかるわけない。  


考える力を育むことは大切ですが自分の個性ややりたいことを探すあまり人の話を聞かない。 


頭の中で探すよりも経験が先です。 


要は失敗という経験が怖いのです。個性、個性と言ってる人は。


逃げなのかな? 

経験豊富にならなくてはならないと言ってるわけではなく、逃げてはいけないと言ってるわけではなくて、逃げてる事実に気づいていない、自覚ないだけですね。


自覚って大切です。 


自覚して経験を積むことで考える力を養うのです。 

経験もないのに力はつかないです。 


どれだけ勉強してもそれを活用してこそです。


活用して実践して力が養われるということを忘れないように!


必ずしも 自分の役割と仕事を合致させなくても良いと思う。 


進路を決めるにあたり自分の個性特性を重視することは当たり前かもしれないが、そこに固執し過ぎるあまり、合致させなくても良いと思う。 




自分の進路を決めるにあたりやりたいことが見つからないと言われることもあるけれど 『決めること』はそんなに簡単でもない。だけど、難しいものでもない。 


それは、インスピレーションの場合もあるように感じる。 


イヤな気分がしない、という感覚。 


あと、求められることは出来ること。



求められることは、適性があるとも言えます。 



求められることは自分のベースになることだと覚えておくと良いでしょう。 


進路相談を受けた時に参考になさってくださいね。 



まあ
色々、書いたけど やり直しが出来ないことなどないですし、誰しもプライベート部分は必要なのだから、融通性を持つことも頭に入れておいたほうが良いかもしれないね。




いくら責任を求められる仕事でもプライベートや家庭で求められることがあったらそちらを優先出来るような世の中ですので。 




だから 予防医学がもてはやされるのでしょうね。 



これからは自分が自分を守る時代ですから。 






長年、取り憑かれているように誤解していたことがありましたが、やっと解けました。。。 



言葉とエネルギーが違うからと納得できなかったけれど 最近やっと、エネルギーと言葉が合致してきました。 



わたしは言葉では騙されないからより厄介だと思う。 

たぶん エネルギーが最近、変わったのだろう。 


相手が、何かに拘っていたことがあり、それを手放しスッキリしたのだろうな。 

それでエネルギーが変わって、わたしが納得出来るようになったんだと感じた。 



誤解は妄想を産み出すね。 



誤解していたから
希望を持ち続けることが難しかったし不安にもなった。 


希望を持てない環境に身を置いてると勝手に誤解していたんだ。 


あのまま、相手が握り締めていたものを手放さなかったら、あのまま希望のないものだった。 



こんな時が来るなんて想いもよらなかったな。 



希望を持つって大事だね。 







神様からの想いや歩みよりを感じるためには、
「自らの歩み寄り」と書きましたが ただ、仲良くしたい〜というような歩み寄りではなくて、根底に敬う心を備えての歩み寄りをしていくことです。


歩み寄りすればいいんだ〜と簡単に考えて、相手を逆に怒らせてしまうなら歩み寄らないほうが良いかもしれません。 




敬う心を持つことは、人として基本的なことで特別なことではありませんが それを持たない人が少なくないように思います。 



親子関係や師弟関係などこの世界には上下関係というものが存在します。 

あと 友達同士の対等な関係でも相手を敬う心は基本的なことです。 




歩み寄りと敬う心はセットなのです。 



先程は、受け入れようとか歩み寄ろうという概念がないと書きましたが、あることに気づくと思います。 


それは、ナイものは推し量れない。 


そうです。 
受け入れよう歩み寄ろうという相手からの気持ちがわからないのです。 

わからないならそれで良いのですがわからないからそこで不安になります。変な動きをされてる?と考えるようです。 




わたしの「グラウディング出来ていない直観は妄想だ」はこういうことです。 

いくら瞑想しても神様からの想いや歩みよりを感じられないのです。 



神様からの想いや歩みよりを感じるためには、人からの歩みよりや受け入れようとする気持ちが理解出来ないことには難しいのかもしれません。 



そのためには、自らが歩み寄ることからなのです。 


その実践、経験を積むことです。 




結婚して子供が出来てみて親の気持ちがわかるとはこういうことなのです。




これが出来て初めて人の気持ちがわかると言えるのです。 


エンパスの共感力の高い方やサイキックの能力で人の心を読む力が高い方でもこの歩み寄ろうとする気持ちのない方は正しく受け取れないですね。 




スピリチュアルな人と言われる人に多い傾向です。 



やはり、自ら歩み寄るという経験を増やすことで気付いていけるでしょうね。 



これはいわば、テレパシーを使う上での基本になるものです。




人から受け入れられたいと感じてる人は少なくないですが そのような方たちに自分から受け入れようとか歩み寄ろうという概念がないことに驚かされます。



受け入れてもらいたいしかない。 
自分から歩み寄るとかはない。



与えられたいしかないのです。  





◎◎すると人から受け入れてもらえるようだ。 

と聞くと、それが一見簡単そうに見えると手を出します。 

でも すぐにやめます。 



「自分には合わない」とか言って。 



それは、合わないわけではなくて 自分から歩み寄らなければならないことに気付くからです。 


人から与えられることは当たり前。 
だけど 自分が出すのは舌を出すのもイヤ。  


これはお金の観念とも関係しているようですね。 




先記事に投稿した歩み寄りは、豊かなままのままさんからの歩み寄りでした。 

ままのままさんは言わば神様ですから豊かさに溢れています。 


愛情たっぷりです。 



ままのままさんはわたし自身でもあります。 



わたしはわたし自身から愛情たっぷり注がれているのですが誰もが同様に自分自身から注がれているものです。 


気がついていないだけで。 


自覚もないですかね? 






一度、静かな場所で目を瞑り自分自身と対話をしてみてください。 



自分自身からたっぷりと愛情が注がれているのを感じとれるのではないでしょうか? 




これは真実のお話しです。 




ツインソウルと出逢って、引き付けられてしまって、好きで好きでたまらなくて、それに伴って、不安な気持ちや嫉妬心や猜疑心やら、感情が溢れだして止まらなくなり、

ツインソウルというキーワードを頼りに、ネット検索をする。



何とか、今の自分を形作ろうとしたり、言語化したりする。


それでも 治まらなくて、また 一緒になりたくて 重なりたくて 想いが暴走する。


結果、何年もそこに留まったまま 動けなくなる。。。


ツインに出逢ったら、向き合うのよ と聞かされる。


でも、向き合う。。。ってわからない。


何をしたらいいのかわからずに、ただ 時間だけ過ぎていく。。。


そのままでいたくないの。

前を向きたいの。

でも、わからない、わからないのよ。。。



ツインかどうかを判定されるのが怖くて、進めない。


たくさんのツイン関連の記事を貪り読む。



自分と同じ体験の記事を探して回る。


そうしないと、落ち着かない。

自分を落ち着かすことができないの。




いいのよ。やりたいだけ、やれば。


気が済むまでやればいいの。


1年、3年、5年、10年と時が過ぎていく。。。



それでも、いいの。



あなたはそれがやりたいの。




やりたい気持ちを押さえ付けずに、やりきればいいの。



それをしないと、生きていられないから やってるの。


悩んでいいの。


怒っていいの。




今、悩みながらでも 生きている。


今、ふさぎがちになりながらでも 生きている。




あなたは、『生きる』ことがやりたいのね。



相手を想う気持ちが『生きる意欲』を駆り立てるなら、それでいいんだよ。


あなたは、前を向いて進んでいる。



間違いなく、進んでいる。




わたしが言うんだから、間違いはない。

わたしはウソはつかない。



ままのまま




人は、誰もが成長したいという想いを持って生まれてきています。 


そして、その想いに応じた資質を持ち、両親を選び、人生の青写真を持っているものです。 




それは、この世界に生まれ落ちて資質を育んでいくことで開いていくものです。 




わたしたちは、自分の資質を育むために、毎日、神様からヒントをいただいているものです。 




繋がっているのです。 


しかし、現代人は仕事に追われたり、感情に翻弄されたりして、サインを見逃してる方が多いように感じます。 




そこでわたしは、わたしの資質を生かして、そのお手伝いをさせていただきたいなあと考えています。 


自分ひとりひとりの特性と言えるべき資質を知り、資質を育むためにすべきことを知って、自分本来の成すべき道を歩んでみませんか? 























◎ままのまま

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