この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

2020年09月

グラウディングできている人とできていない人の話しは 全然、違う。

みんなそれぞれの意見があると思うけれど
人に相談する場合には、グラウディングができている人にするのがいい。
的確に教えてくれるから。
現実的にどうしたらいいかを教えてくれるから。


わたしには ザ、グラウディングというべき人を周りに侍らしてます。

わたしが生きていけるのは その人のおかげでもあります。

でも その人でもエゴがあるから
その人の話からエゴを抜いて、取り入れています。

わたしの考え方はその人たちの考え方がベースにあります。



エネルギーの世界にいると
エネルギーに翻弄されて、みえることでも、みえなくなってしまいます。

スピリチュアル的に考えると。。。
何事も、正解なんてないのかもしれない。


でも
わたしは グラウディングできている答えこそ正解だと思います。


地球にグラウディング、宇宙にグラウディング

両方できている時の答えが 正解だと考えます。



わたしは
エネルギーだなんだかんだと言ってますが
考え方は昭和の女です。


中味はETだから 調和を取ってます。


現実的に考えて生きていくことが、自分にとっても 世の中に取っても いいことだと思います。

そのためには
現実から逃げないこと。
だけど 自分の分をわきまえること。

人の仕事は取らないことです。

人の仕事まで取って自分に荷を重くしすぎないこと。

自分の仕事を明確にして、そこに全力する。

それだけです。

人の人生に介入しない。

自分の仕事をほっポリ出して、人の人生に介入している人がたくさんいらっしゃいます。


『自分の仕事、人生に一生懸命になる』


これがグラウディングです。


わたしが魂が繋がっているという体験をしたのは、その以前から観念浄化ワークで、内観浄化をしてきたからだと わたしは感じています。 


何故なら、内側に観念、思い込み、こだわりがあったら 感度が鈍り、
相手からの愛を受け取る ことも出来ないからです。 


相手の純粋な愛を受け取るためにわたしは準備してきたのだろうと感じています。


それでも わたしはその後も内観浄化をし続けてきました。 


死ぬ気で努力した者にしかわからない景色があります。 


それがわたしにとってはその方との出逢いだったのです。 




ツインらしき人に出会ったのに感じられないという相談もいただきますが それは努力足りないからだろうとしか言えません。 


内観浄化をすればするほど そこに近づくのに、しない人の気がしれない。 


嘘かどうかわからないなら 試せば良いだけでしょ、と思います。 



誰かが代わりにしてくれるなんてあり得ない。 


自分の人生を誰かが肩代わりしてくれることなんてないのです。 


ただ やるだけで 自分の真実に出会えるのに、やらないのは、自分を偽り続けることです。 




わたしは観念浄化ワークというツールを使って内観浄化をしてきたのです。 




今では、そのツールを使って メールアドバイスの方々への指導を行っています。 


そして 必要な方にご紹介をさせていただいています。 



これはわたしの身に起きた嘘偽りないことで こんな関係こそがツインという関係だとわたしは思っていましたが 
ツインと出会ったと言われる方の話しを聴くと 同じ体験をした人はいないのです。。。 


だったらこの関係は何なのかと最初は悩みました。 



形に見えないけれど 体でわかる絶対的安心感。 





わたしはよく、外側の現実を見れば内側がわかると話します。 


それは 人それぞれ内側にある観念が外側に映し出されるからで、 人それぞれ、見ている世界は違うものです。 


だから わたしたちの身に起こっていることは、観念が外側に映し出されたただけと言えるのです。 



そう考えると この現実と言われる世界で起きていることは それぞれの人の世界で起きているに過ぎなくて、
自分の世界は自分の目の前に展開されているに過ぎないことになります。 


そうです。 
わたしたちは皆、自分の世界を生きているに過ぎなくて 人まねしようとしても 内側に同じ観念がなければ、同じ展開は訪れないものなのです。 


目の前に起こることは、自分がつくりだした世界だということになりますね。 



わたしたちは常に進化し続ける存在ですから 進化するために内側が現実世界を作り出していることになります。 


だから 目の前に起きることを真摯に受け止めこなしていくだけなのです。 


しかし 実際には、目の前に起きていることを受け入れることをせず 目の前に起きた原因を外側に求めてしまう人がいます。 


外側の何が原因で事が起きていたとしても 内側がつくりだしたに過ぎないのですから真摯に受け止めるべきことなのです。 


それが自分にとっての真実です。 



今、現在
この世界において コロナが蔓延していますが、コロナの影響を受ける人と受けない人がいます。 


それは 人それぞれ生きている世界が違うからです。 


目の前に起きるすべてのことは、原因は人それぞれ個人の世界の内側にあり、外側にはないということなのです。 




いくら世界的に流行っているように見えたとしても 原因は個人の内側にあるということなのです。 


いくらコロナは嘘だとかかからないと言われる人がいたとしても 
それは言われている人の真実であって、自分の真実ではないということで
自分自身を成長させていくために コロナを作り出している人がいることになります。 


他人の真実と自分の真実は違うのです。 


だから 裁くことではないことがわかりますね。 




わたしたちは日々、内側がつくりだした現実世界を歩んでいるのです。 


ということは 自分の身に起きたことは、自分を成長させるために起きたことだと思えるのです。 


自分の内側がつくりだした現実は成長するために存在するのです。 



心は外側に影響され、現実をつくりだしますが 影響されなかったら 何も映し出さないものなのです。 

他者のブログ記事や体験談を読んで自分の人生を生きていく参考にすることは良いことですがそれを読んで羨んだり卑下することは違いますね。 



わたしたちは自分の人生を歩み成長するために生まれてきているのですから。 


そのためには 自分を肯定することからです。



一度、怒りを覚えたら 許さないという人がいる。 

それでも魂は許して先に歩もうと働きかけるのだが、自我が言うことを聴かない場合は、怒りは肝臓に想いを溜めることになる。 


すると 肝臓が悪くなり、病気になると言う。 




わたしの母親がまさにそういう人で、そのため わたしにも同じ傾向があり、若い頃は肝臓の数値が高かったものです。 


母とわたしの違うところは人を許すことができたことだと思います。 

人を許せると楽になります。 

許せるきっかけはある人との出逢いでした。 


その人はわたしをその人なりの愛し方で愛してくれたのです。 


愛するというのは不思議で、言葉を介さなくても雰囲気だけで伝わるもので、それを感じるうちにわたしの能力が拓けていったのかなあと思います。

言葉を介さなくても触れられなくても、絶対的に愛されている確信が体を駆け巡りました。


だから 急激に癒されていったのだと思います。 


その後、その方との前世の記憶が蘇りました。 


宇宙の頃から常に一緒に旅をしてきて 地球に転生してからも わたしの側にはその方がいました。 


今世で初めてです。離れているのは。 


だからか その方は、わたしの魂の一部になっていたのです。 


たぶん それをツイン。。。と呼ぶのでしょう。 





わたしはその後、内観浄化をして、あらゆるすべてと思われる感情を剥がしていきました。 


すると 体がその方を求めて走り出すのです。 


そして なんの連絡もしないのにその方の居る場所へと辿り着くのです。 


これが魂の惹き付けなのでしょう。 


それを何回か繰り返して わたしは新たな感情をつけて、自分の人生を歩み出しました。 



しかし、魂が繋がっているので 大概は相手が何をしているかとかどんな心理状態かわかるのです。 



互いが自分の人生を生きていて楽しい時ほど、相手を想います。 


なぜなら、本来なら側に居るはずの相手ですから。。。 


絶対的な安心感を受けながら相手を想うのです。 

相手が辛い時はエネルギーを補い合います。


エネルギーはわたしの方が大きいように思います。 なぜなら、よく補充しにきますから^^ 



この宇宙で一番、大切で愛していると言える存在です。 


😊😊

神々の秩序というものがあります。 


秩序は、物事を行う上での正しい順序。また,社会・集団を正しい状態に保つための順序や決まり、を指します。 

神々の、であるから 
このように、神々がこの世を治めるための物事を行う上での正しい順序や社会・集団を正しい状態に保つための順序や決まりがある、ということです。 



そして、それが 日本は古来より連綿と受け継がれていて、 それが伝統もあり、和文化に受け継がれているものです。 



最近 着物や和文化に関心を寄せる方々が多いのは、魂が神々の秩序を思い出すためでもあるのです。 


しかし、着物や和文化にはしきたりや礼儀が関係しますが その中には、個人的に人間が創り出した秩序があるかもしれません。

受け継がれていくのは神々の秩序であり、個人的に人間が創り出した秩序ではありません。 


そこを知らずに、人間が創り出した秩序を伝統という方々がいらっしゃるようです。 


神々の、とつくくらいなので、畏れ多くて尊いものなのです。 

神々を軽んじている者は伝統を受け継ぐことは出来ないものです。 



魂が神々の秩序を思い出すために和文化に関心を寄せるだけのことを和文化に関心を寄せることが選ばれていると錯覚している者もいるようです。 

選民意識甚だしい。 



本当に和文化を受け継いでいく者は謙虚さがあり紳士的であり勤勉さがあるものです。 


新しい物を受け入れ古い物も受け入れ、残っていくものは 神々の秩序に沿った物なのです。 



考え違いされてる者が少なくないと感じる今日この頃です。 





何か衝撃的な体験をすると わたしたちの日常はとてもたやすく崩れてしまうものだと感じることがあります。 


それが魂レベルでわかることが覚醒ということかもしれません。 




これまでのわたしは 今まで生きてきて、それを仕掛ける側にいたように思います。 


安定してくると、それを壊して進んでいく。 


そんな自分を責めていた時期もありましたが、こと訳がわかると、それが自分の役割だったのかな、と思います。 


今あるものを壊すことや壊れていくことを恐れないで。


壊れるのは所詮、幻想にしか過ぎないのだから。 

壊れたら また、つくり上げていけばいい。 


ありのままの自分は残るのだから、つくり上げることは出来るのです。 


壊れても、本当の自分は残っていくのです。




『自分に責任を持って生きてくことが誰にとっても抗えないという時期において、

まず自分は、これからどうするの?どうしたいの?ということを真剣に考える時期なのだということなのです。

 
そこを経て、
あくせく、お金を求めて働くのではなく、自分のやりたいことや好きなことをしたほうが収入は増えますよ、ということなのです。』 



昨日の記事を抜粋しましたたが 

そこを経て 

と書いていますよね? 


その前は、
自立のために、これからどうするの?どうしたい?ということを真剣に考える時期なのだということなのです。


これは やりたいことや好きなことを何かに書き連ねて眺めることでもないしふわふわとして、やりたいことやどうなりたいかを思い付くまま書き出すことではありません。 


 

自立する目的で、と書いていますよね? 



今、甘えていたり 頼っていたり する場所からの自立目的が前提で 

自分のやりたいことやどうなりたいかを真剣に考えなさい 

と書いています。 




誰かに甘えたままではいられないのですよということを書いているのです。 


読み取る力のない人は、 
「これからは自分の好きなことをやって生きていけるんだ〜」と喜ばれていますが、喜ぶことではないのです。 


自分の人生に責任を持って生きることを決められないうちは、真剣にやりたいことや好きなことはわからないということなのですから。 




今までわたしたち人間はいつの頃からかある存在に経済的に支配され依存させられてきましたが それが弱体化してきているようです。 


経済的支配からやっと解放される時代に変わってきたのです。 


今までの支配と依存の関係は わたしたち人間は心の中に無意識ですがそれを許してきました。 


そのため 個人間においても支配と依存が無意識下にあります。 



上から目線の上司に悩まされたり依存性の高い部下であったり夫婦間や親子間での支配と依存。 



世界的に支配者が弱体化されているということは個人間にも反映されていて、今の時期は、そんな支配と依存から解放されていく時期のようです。 




今まで誰かに経済的に依存してきた人は自分の足で立たなくてはならない現実を作り出します。 


そのため 自分の人生に責任を持つことを求められますね。 


一方、誰かを経済的に支配してきた人は支配先を失い、孤独になり、ひとりで立つことを求められます。 


このように、誰もが自分の人生に責任を持って生きるよう促されていくのです。 


そのため、世界的に経済的な大変革が起こってきます。 




今年に入ってから、わたしたちは、コロナウイルスに悩まされてきていますが これまで日本は支配者が変わる時にはウイルスに悩まされてきているという歴史があります。 


そう考えると 今、コロナ騒動が起きているということ自体、世の中が変わる前兆と言えますし、コロナ騒動は抗えないことなのです。 


世界的に、支配者が弱体化してきて経済的支配依存のない世の中に変わって経済が変革していくことも抗えないことです。 



経済の変革ということはどういうことかというと、


自分に責任を持って生きくことが誰にとっても抗えないという時期において、

まず自分は、これからどうするの?どうしたいの?ということを真剣に考える時期なのだということなのです。

 
そこを経て、
あくせく、お金を求めて働くのではなく、自分のやりたいことや好きなことをしたほうが収入は増えますよ、ということなのです。 


そうやって 自分の人生を送るのです。 



お金を稼ぐために働かなければならないという時代から好きな時にやりたいことをやっていったら自然とお金は増えていくという時代になります。 


そのために、必要なことは、やりたいことや好きなことを決めることです。 


それによって、 現実のあらゆる側面が動き出していくのです。
 
 


あなたはどうやって生きていきたいですか? 

何をして人生を歩みたいですか? 




貧しくて何も食べるものがない子供や貧しくてひとりぽつんと食事をしている寂しさ辛さを抱えている子供は他の家族が笑いながら食事をしている場所には行けないものです。
家族単位が食事しに行く場所には、家庭が恋しくて本当にその場所が必要な子供はいけなくなると思います。 

必要としている子供は声を上げないし顔も上げない。 

いくらかのお金を持たないと入れなかったり開いていない日や時があるのは違うと思います。 

いつでも温かく迎えてくれる場所。 

いつ行っても空いていてお腹いっぱい食べれて、好きなことができて、どんな悩みを打ち明けることもできて、勉強も教えてもらえる場所。

ひとりで居るときは、そっと迎えに来ても欲しい。 



すべてにおいてオールマイティに備わっている場所。 



そんなわたしで在りたいと思うのです。 


そのためにわたしは様々なことを乗り越えて受け入れてきたのかなあと感じています。

だから 霊的に視ることもちょっと少しでいい。 

ご飯をつくってもてなすことが出来たり気配り心配りが出来た方がいいと思う。 

何かに秀でていたいとも思わない。 



ただただ、居場所でいたいし在りたい。 


そのために まだまだ足りないことはあるから、学んでいきたいし出来ることを増やしていきたいのです。 





『うちは裕福なのに、どうして隣のおうちは貧乏なの?』 

そう問われたら、あなたならどう答えますか? 



誰のおうちにも様々なご事情があるものです。何かひとつだけ見て判断するのではなく全体を見ましょうね。 
また そんなことを大きな声で人に訊いたり誰彼構わず訊かないようにしましょうね。 

誰彼構わず訊くと、嫌な気持ちにされたり、あなたを配慮ない人だと判断されるので、訊かないようにしましょうね。 




このような質問を疑問に感じたらすぐに人に訊く人がおられます。 
子供ならわかりますが大人になってからでは、いかにも。。。 


大人になってからでも この手の質問を繰り返すことは無知というより他ありません。 



人が自分の内に落とし込む時には、確かに言語を使います。 

しかし、「こういうものだ!」と覚える他ないことがあるのです。 



それは、真理と呼ばれることが多いのが特徴です。 

「人の物を盗んではいけません」とか「自殺してはいけません」「人を殺してはいけません」など。 



世の中には、「そういうものだ!」と捉えることは少なくないのです。 


論理を駆使するよりも重要なものはあるのです。 


いちいち疑問に感じる人を疑問に感じる今日この頃です。 




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