この世界にあるすべてのものは感謝するために存在するbyままのまま

2021年02月


わたしの内に居す神様は、薬の副作用を取り去ることをされます。 

そのため、依頼されれば無償でお取り次ぎ致しますが、そこには礼儀が必要です。 



例えば
『今日は、風邪が治らないため病院で診ていただきましたらアレルギー性と診断され薬を出されました。申し訳ございませんが またいつものように副作用のないようにしていただけないでしょうか?お忙しいところ申し訳ございませんがお手透きの時にお願いできないでしょうか? 
どうかよろしくお願いします。』 



と書いてわたしからの返答があってから薬の画像を送るようにしてください。 


 
神様がなさることなので 礼儀のない方からの依頼は通らないのです。 

していただきたいならお願いすることです。 


最近 礼儀のない方が少なくないので困っています。 

勝手にお願いだけしてきて効果がないとおっしゃられる。 


これはお金を積めば良いと言うものではなくて礼儀の問題です。 


礼儀のない方からの依頼はハナから受け付けられないのです。 



ご注意を。 


このように、礼儀を尽くして接すれば願いを叶えていただけるものです。


それはどんな神様にでも同じです。 


礼儀を尽くして接すれば願いは叶うものなのです。 


万が一、叶わないとしたら それは礼儀がまだまだ足りないか、相手が礼儀が通用する相手ではないということです。

そんな時は付き合わない選択をすることもひとつです。


それが自分を大切にする基準です。 


覚えておくと良いでしょう。 



しかし 神様であれば叶えてくださいますよ。 


叶えてくださらないのは神様ではないので。 






神様の伸縮運動
神様の運動の基本は、『伸縮』運動。 


伸は、行動力、発進力。 
縮は、省みる力、振り返る力。つまり、反省です。 



行動力と省みる力は人としての基本です。 


心が素直なのは省みる力や行動力が強いこと。 

心が捻れているのは省みる力や行動力が弱いこと。




最近は転生回数の少ない人が多く生まれてきていて、宇宙時代の誇り高い気持ちが先立ち、省みることや慮ることがわからない人が少なくないようです。


そのような方は人間離れした印象を受けます。 

しかし、そういう方々は『伸』の力はあるように感じます。 

発進力、行動力ですね。 
しかし 『縮』の力、省みる力が弱い若しくはない。 


一方、転生回数の多い人は 基本の力をねじ曲げられていることが多くて 『縮』の力を失い 自分を卑下する傾向があり、『伸』の力は削ぎ落とされていて、行動力がないことが特徴です。 



どちらの方も 心の捻れを真っ直ぐにする必要があるのかなあと思います。 


心が捻れている人は真っ直ぐになっている状態そのものがわからないので 今の状態がまともだと感じている傾向があり、指摘されても 捻れていることに気づかないです。 


現代人の多くが捻れているため 捻れている人こそが人間らしく 真っ直ぐな人は人間らしくないと判断される方も少なくないです。 




本来 人間は行動力と省みる力が備わっているものです。 


反省しながら行動力を発揮していけるものです。 

そんな自分に戻してくださいね。 



感謝と謙虚さ、 
なければいけないと考えてる人は少なくないと思います。 


なくても生きていけます。 

あった方がより良く生きられるだけで。 





人は自分のこだわりや思い込みを物差しにして生きているものです。 

その物差しは自分仕様の物差しで自分以外の人を計るものではありません。 


あくまで自分仕様の物差し。 



だから、感謝と謙虚さが必要だと自分が感じるなら、自分だけを計れば良いのです。 

自分以外の誰かを計らなくても良い。 





わたしは、人生をより良く生きるためには、感謝と謙虚さの必要性をお伝えしていますしお教えもしていますが、それはより良く生きたい人に参考にしていただきたいだけです。 


目の前にいる人の魂がわたしのお口を通してご自身に話されることが多々ありますが、わたしの意思ではなく、目の前にいる人の魂のご意思によるものです。 


だから 自分の周りの誰かが感謝も謙虚さもなくても気を病む必要はないのです。 


それぞれ自分の人生を生きていらっしゃるでしょうから、気を病み自分が責任を持たなくても良い。 


それよりも 自分の責任を明確にして責務を全うするだけですね。 




『俺は、オレの責務を全うする❗』 


鬼滅の刃のレンゴクさんの言葉だそうです^^ 


人間は、地上神界を創建された国津神の分霊の活力がなくなると 神、宇宙とのエネルギー的連絡が途絶えるため、そのような状態に至った人間、生物は絶滅が免れません。 


この分霊は分物の生命を掌握するエネルギーであり風吹長寿の神と呼ばれる神様です。 




これまでの世の中は、神様と人類の間に天皇が居てくださり、天皇がその風吹長寿の神様のエネルギーを受け取る中継点となっていてくださいました。 


しかし ある時期から中継点の役割を終えられています。 



これはどういうことかというと 
今まで天皇を中継にして受け取っていたエネルギーを直接受け取らないと我々、人間は生きていけなくなり、絶滅が免れないことを指しています。 



だから、倒幕を経て鎖国が解かれ、明治時代に入り、神仏分離政策が引き起こされましたね。 


それまでは 天皇が中継して風吹長寿神様を降ろされていたけれど、宇宙の方針で個人個人が直接、受け取らないと生き残っていけないようになったということです。 



だから 最近は特に、呼吸、瞑想、ヨガがブームとなっています。 



誰が悪いということでもなくて 言うなれば宇宙のせいです。 




これは これから生きてく上で非常に重要なことで基本です。 



これを知らずに、コロナだオリンピックだと言っているのはおかしいので、書かせていただいています。 



今、わたしたちは宇宙の変革期に居るのです。 


そのため 絶滅をさせようとする輩が現れていたりそれを阻止しようとする存在も現れています。 


これは言わば、進化の過程に起こることで、地球だけでなく 他の星ぼしにも起きていて、
それを経て、宇宙の仲間入りを果たします。 



そう考えると、
地球温暖化も進化の過程に起こることかもしれませんね。 


だから
日月神示が降ろされているのでしょうね。 




どうしても、個人的不安感を感じててしまうかもしれませんが そのためのサポートの光りも降りているので希望を持ち歩んでください。 



わたしはわたしの出来ることをさせていただきたいと考えています。 


そのため 近いうちに息の会を再開出来るようにしていきたいと考えています。 


生きてるだけで可能性はたくさんある。 



願いは自分から掴みにいくものです。 


そのためには いつでもどんな時にも『希望』を持ち続けること。 




自分がしっかり自立できたなら、どんな人生を歩むかの選択肢が増えます。 


そのための努力を惜しまないように。 


努力は決して裏切らないから。 


 
この宇宙は、自分が願い望んだことが叶えられる世界です。 




自立とは? 
自立している人というのは、自分の責任範疇を明確にして、それに一生懸命に取り組み、出来ないときには 相談、協力を仰ぎ、教えを乞うことの出来る人のことを言います。 



人を頼らないことを言うのではありません。 

素直に頭を下げて教えを乞うことが出来る人のことを言います。 



そのためには、頭や心を明晰にすることが必要です。 


そのための観念浄化ワークです。 


明晰になったなら 負の感情がなくなったということですから、感情に左右されず何事にも意欲が出るはずです。 


そうしたならば 目の前に出された課題に取り組むだけ。 


感情に左右されないのでサクサク進みます。 


出来ないことはないくらいサクサク進みます。 


しかし 人間ですもの得て不得てあり、学力も違うものですから 出来ることまではサクサク出来ても出来ないことは進みません。 


進まないからストップするのではなく 調べたり人に教えを乞うてみたり協力を仰いで学びながら進みます。 


出来ないことを出来るようにして、 ひとつの物事を成し遂げて成長していきます。 



目の前のことに取り組んでいる時は自分の責務に責任を持つため
自分の責任の範疇を定期的に明確にするものです。 


そのため 周りを見て動きますが、人の仕事を取ってまでやろうとはしないものです。 


自分の責務を全うすることが最優先だと考えるからです。 




このことからもわかるように 
自立している人というのは 


1.負の感情に左右されないこと 

2.出来ることと出来ないことを明確にすること 

3.自分の仕事(目の前に出された課題)の責任を持つこと 


この3点が出来る人のことを指すのだと思います。 



このうちの2.ですが 
出来ることと出来ないことを明確にするために 日々の見直しのため日記を勧めていますし、メールアドバイスは、日々の見直しの場です。 


自分で気付いていないことをお教えしたり下を向いている時には前を向くように促しています。 



出来ないことを出来るようにするためには 最初は人を頼ることからだとわたしは考えています。

最初は何事も努力が必要です。 

努力が必要な時には見守ってくれる人がいてくれたほうが励みになるのです。 


そんなメールアドバイスです。 


自分で答えを出せるようになったら卒業です。


今日は節分〜大晦日 
反省するって 自分が起こしたことを過去にすることじゃなくて それを糧に生きること。 

きちんと償いをすること。 

叱られているうちが花というか ホント、その通り。  

叱られなくなると 気付けなくなる。 

宇宙が采配してくれるうちは、いい。 

地球が大目に見ていてくれるうちはいい。

地球や宇宙に 「どんな生き方をしても自由だよ。間違いないよ。」と言われたら、気をつけなきゃならない。 

今の自分はどうだろうか間違いはないだろうかと 常に立ち止まる。 

そうやって生きざるを得なくなる。

自分で全責任を負うことの重圧。 

成長すればするほど 責任は重くなる。 

そういうもの。 


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何度も書いてるのでおさらいの意味で書きますが 

自立している人というのは、自分で出来ること出来ないことをを判別認識して 出来ることは一生懸命に頑張り 出来ないことは諦めるのではなく、周りの者に頭を下げてお願いして協力してもらえる人のことを言います。 


全部、自分でひん握ってボロボロになるまで身を削る人のことを言うのではありません。 


わたしが何故、日記を書くのを勧めているかといったら 
毎日毎日、出来ること出来ないことの判別認識して前を向いて歩むためです。 


成長のためです。 


コツコツ出来ることを増やすこと。それに尽きる。 


心のお掃除家のお掃除は、前を向いて歩むために必要であり 目的ではありません。 



家がきれいになり心がきれいになったら 何か仕事をしようかしら?人のために働きたいわと生きる意欲が出るものです。 


そうやって貢献させていただくのです。 



今日は節分〜大晦日ですが 今日までに家のお掃除心のお掃除を終え、明日から貢献させていただくのです。 




家のお掃除心のお掃除することが生きる目的になっている人がいるようなので書かせていただきました。

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