子供のころから子供の教育に興味を持ち、

いろいろな能力開発法や、

心理学などを勉強し、

現在は2歳半の娘のため、「良い教育を与えられる場」を探している僕ですが、

なんかいろいろと考えました。




とにかくいろんな教育法やら、学校やらを調べていて思ったのは、

「みんな一体、どこを目指しているの?」

ってことでした。




僕もよくある「自己啓発」の人のように、

それこそ十代の頃から、

たくさんの「成功法則」や「成功法」を学んできました。




でも、そこで行き着く先は、どこなのでしょうか?




まあ、たしかに『お金』は重要です。

実際、僕が「お金」の勉強をはじめたのは、

結局、心理セラピーを勉強しているときに出会ったたくさんの「悩み」が、

どうしても「お金」を切り離せなかったからです。




もちろん、ほとんどの悩みの「原因自体」は、

実は「お金」に「投影」しているだけですが、

それでも、

実際に物理的な問題として、

「お金」があれば悩まなくていい、

または、

「お金」があれば助けを得られること

が多かったのです。




でもまあ、

そうはいっても、それは、

僕がまず「こころ」を大事にし、

「モノに縛られない豊かさ」を得てから「お金」の勉強をはじめたからであって、

やっぱり世の中のほとんどの人は、

「お金では解決しないこと」

で悩んでいるのです。




「社会的な成功」は、

やはりそれだけでは虚しいもの。

もちろん成功すればある種の「満足感」はあるでしょう。

でも、そもそも、

何かが「足りない」から、

それを埋める必要があるのではないでしょうか?




それは「劣等感」だったり、

「無価値感」だったり、

「毎日がつまらない」からだったり、

「実は求めるものが何もない」からだったりするでしょう。




それを置いておいて、

「社会的な成功」を目指して、

何が人生にとって幸せなのでしょうか?




ところでそもそも、

「社会的な成功」って何?




有名になること?

本を出すこと?

権力を握ること?




まあ、それはそれで素晴らしいものでしょう。

それがあれば「やりたいこと」がもっとできるようになるのは100%間違いないでしょう。




でも

そもそも、あなたの「やりたいこと」って何でしょうね?




「社会的な成功」があなたの「やりたいこと」に替わっていませんか?




そういったことは、「教育」の現場では、なぜかほとんど語られませんね。




それは、

「学力」でもなければ、

「ゆとり」でもなければ、

「コミュニケーション力」でも、

「忍耐力」や「集中力」でもない。




「え?それってでも、成功するためには絶対に必要じゃないですか?」って?




はい、そうですね。

絶対に必要な「スキル」と「能力」だと思います。

でもそれって、本当は「やりたいこと」があれば自然に生まれてくるものじゃないでしょうか?




僕は今の教育は、

『プロセス』を間違えているんだと思います。




人間の心には

『順番』



『過程』があるんです。

それを見落としているんです。




人間の心には「プロセス」があります。




私たちの内にある、この

「順番」



「過程」

は、

あなたがある「お店」に行きたいときに、

どんなに「直線距離でいったら近い!」と思っても、

「ある道」を使ってしか行けないのと同じです。




ある「プロセス」が終了していないとき、

人間は次に行けません。




たとえば、人には

「甘えたい」

という時期があります。

「親に近くにいて欲しい」

という時期があります。




もしこの時期に、

きちんとこの「プロセス」が満たさ完了されるなら、

この人は、次の「プロセス」に進むことができる。




でも・・・

もしその「プロセス」が完了しないなら・・・

それは、心の奥で、その「プロセス」が満たされる機会を、

永久に伺い続けるのです。




逆に、

「プロセス」が完了しているのに、

そこに留め続けるのなら、

それは極端な「偏り」となって、

人生を支配しつづけてしまいます。




たとえば、今の日本人には、

「愛される」という「プロセス」が終わっていない。

「ただ認められる」という「プロセス」が終わっていない、

「やりたいことをやる」という「プロセス」が終わっていない、

そんな人がいっぱいです。




で、

その「プロセス」を満たすべき期間に何をやっているかというと、

知識の詰め込みや、

知能を伸ばすこと、

または役にも立たないテレビばかりを見ています。

または、ただ楽しい「お遊戯」でしょうか。




これでは一生「赤児」のまま。

これが、「インナーチャイルド」などと言われるものの正体です。




社会的に成功しても、心は親を求め続ける「赤児」、

政治家になっても、心は自分の価値を認めてもらおうとする「幼児」では、

一体なんのための『人生』なのでしょうか?




一度まとめますが、

「教育」は絶対必要です。

知能の開発や、

知識の詰め込みは確かに必要です。

でもそれは、何のために?




満たされなかった「プロセス」は、

なんと「次の世代」にまで持ち越されます。




人というのは、

世代を超えて、

成長していく。

「家」として成長していくのです。




私たちがやるべきことは、

少しでもはやく、

そして同時、

ゆっくりと焦らず確実に、

大人への階段を上がっていくことです。




昔、やったら「すごろく」や「人生ゲーム」のように、

ゴールに向かって、1つ1つコマを進めていくのです。




経済的豊かさや、

社会的成功は、

この階段を上がるスピードを上げる「手助け」はできます。

でも「階段を上がること自体」ではない。




「手助け」ばかり集めても、

「階段を上がる」ことをしなければ、

人生にあまり意味はありませんし、

「幸せ」や本当の「豊かさ」は感じないでしょう。




「幸せ」や「豊かさ」

そして、

「楽しさ」や「やってみたい気持ち」を、

『感じられる教育』をまずしてみませんか?

と思うのです。




それが『感じられた』時、

「知能」や「知識」、

「成功する技術」は、

自然と得られていくでしょう。

「得ようとする道」への一歩=「プロセス」を歩み出すでしょう。




人は、そういう風にしか、

できていないのですから。(^^)
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