わたしは 人をジャッジする傾向が強いのですが

最近のわたしは そういう思考になろうとすると 頭の中に雲が現れて その思考のじやまをします。

そのため めんどくさくなって 考えなくなります。

そうやって、自分に必要のない思考は 徐々に働かなくなってきています。

そして今 その思考と入れ替わるように、魂の衝動が表れてきています。

思わず、口から飛び出る、手、足が出ます。


思考で身体が動くのではなく、魂の衝動で身体が動くのです。



スピリチュアルでは、よく真実の愛は見守る愛だと言われます。


だけど、わたしの魂はそうそう出来がよくないようです。

魂の部分は 神に近づくように 努力をしていますが そこに 肉体をまとっています。


だから、魂の衝動で 手足、口が出ます。


肉体があるから
人間であるから

つい、出てしまいます。

思考は働きません。

手足、口を押さえる思考は働きません。




今、この地点に立って思うことは


肉体をまとっている限り、人は神にはなり得ないのではないかということです。


いくら、神でも 手足口が付いていたら 魂の衝動があると思うんです。



また、人に奉仕する心は誰にでも あると思うのです。

自分を犠牲にしても他者に奉仕したいという人がいらっしゃいます。

その場合には 己れの魂からの衝動なのか 思考からなのかを 検証されるといいでしょう。

思考からの場合には 根底に 『 人から認められたい』という気持ちがある場合があります。

そんな方は その気持ちと向き合って解放させてから 奉仕の実践をされるといいでしょうね。


それにしても

奉仕の気持ちはとても尊いものです。

だから、どんな場合でも ダメだというものではないと思います。


思考からの行動は ストレスのない程度にするのが 望ましいように思います。


これは わたしの場合ですので すべての人に当てはまるものではありません。
だから ご自分で 信じていることを信じてくださいね。