意識の段階(2)

前回の日記の続きです

時間と運命に対する認識は、

第一段階、過去から未来へ流れる、因縁因果の流れの中にいる。
第二段階、未来を現在に引き寄せる、因果の流れを知り、自分が運命を改善し、創造する。
第三段階、過去、現在、未来がなく、今ここにすべてが「在る」状態。


気になる(反応)対象は、

第一段階、自分の外にあるもの、物や人、環境、目に見えるもの。
第二段階、自分の内にあるもの、精神や魂、目に見えないもの。
第三段階、存在そのもの、全対象。

人生をより良くするための認識は、

第一段階、自己啓発、勉強、修練、努力、社会的地位、金銭、人同士のつながり(外的なもの)。
第二段階、魂の浄化、意識を高める、瞑想、祈り、言霊など(内的なもの)。
第三段階、無限の可能性と、すべてはシナリオ通り、今「在る」ことの気づき。

神とは?

第一段階、自分を救ってくれる存在、自分と異質な存在、自分の外に存在する。
第二段階、自分の生命の元、自分と同質の存在、自分の内に存在する。
第三段階、自分そのもの、神とは自分、神しか存在していない、あるいは自分ししか存在していない。

などなど、このように三つの次元に分けて見ると、意識の状態が分かりやすいと思います。

これらの段階のどれが良い悪いというより、それぞれの意識段階を体験するために、私達は霊幽肉の三位一体の自分となって、ここへ派遣されて来ているというような感じです。

理解も認識も違うこの三段階。
第一と第二段階は、水の中ですが、第三段階は水の外、この差は大きいと思います。

これらが混ざり合って紹介されているのが今の「精神世界」と言えそうです。自分の段階とあった内容に出会えば、それが有効なアドバイスとして機能しますが、食い違っていると、自分の求めていたものとは違う・・と感じてしまったりするわけです。

例えば、意識が第一段階である人に、魂の浄化や、世界の平和、人類の次元上昇などの話をしても、頭にあるのは、現実的成功や自分の欲しいものを手に入れることであったり、体の健康や寿命のことであったりするので、第二段階における霊的価値観は、理解されがたいものとなります。
また、そのような方が宗教に走ると、現世ご利益の神頼みとなってしまうこともあります。
この第一段階の意識の方は、現世における良い環境を得るための手段として、「何か」を模索しています。その何かが、宗教になったり、哲学になったり、様々な日々の行動になってゆきます。
そのため、その目的が達成されなければ「自分には合わなかった」という判断を下すのです。

もし、意識が第二段階へシフトすると、この世の苦しみがあったとしても、それは魂的成長や、未来をより良くしてゆくためのプロセスとして見ることが出来るので、苦しみとはならず、精神的霊的な成長として生きがいを感じることになるわけです。この世の幸不幸にはあまりこだわることなく、それなりの満足を得る。

そしてさらに第三段階まで進んでくると、自分のことと、周りや世界のことが、別々なものでなく、一つ意識として存在することに気づきます。同じように世界平和のためにお祈りを捧げていても、それは他人事ではなくて、自分の本心から湧き上がる、無心の祈りとなってくるわけです。

無心というのは、自我が関わっていないということです。自我は、たえず自分にとってどういうメリットがあるかということばかり考えています。その思考範囲外に存在しているのが、真我、水の外にいる自分です。

その水の外にいる自分は、水の中で、必死になっている自分、何かを求めている自分、たえず自分のコレクションを増やして満足しようとしている自分ではない、全てに満たさて悠々とした自分が存在しています。その自分へスイッチが切り替わると、「なんだそういうことだったのか」となるわけなのです。

すべてとの一体感、愛と喜びそのものの世界、そこから分離したように感じた分だけが、不安と恐れになっています。不安と恐れは、分離感からくるものです。分離感が消え、自分と何かを隔てる壁が消えてゆくごとに、不安や恐れは無くなります。それを愛といいます。

人は誰でも最初からこの愛の中で存在しています。それが本来の神なる自分の姿です。
最終ステージ第三段階、人生ゲームもここまでくると、出口が見えて来ますね。

これをゲームの世界でいえば、
第一段階、ゲームをプレイ中、必死になっている
第二段階、ゲームをプレイ中、楽しんでいる
第三段階、ゲームをしていることを知っている、そのゲームを降りることも出来るし、続けて楽しむことも出来る

そうです、第三段階へ行って、またもう一度最初の第一段階をプレイして楽しんでもいいわけですね。凡人であって凡人にあらず、また違う世界を味わうという選択もあります。
いや、もう人間は卒業します、という方もおられるでしょう。
いろいろな選択があり、いろいろな世界と体験がある。

すべては自分次第。
それを考えただけでもワクワクしてきますね。





マイミク ツトムさんの日記からの転載です。