人は いろいろ気付きを経て 成長していくんだけど、
わたしは 内観浄化をしながら気付きを得てきました。


そして 内側からの声を信じて生きてきました。


それを まとめて、ブログに綴っています。。。



わたしの内側は、わたしに物事の道理を教えてくれています。


人として生きるためにはどのような考え方をしたらいいのか どうしたらいいのか また、人と接するための心掛けなど、詳しく教えてくれます。



わたしは 内観浄化を経て、 自分の内側にあった観念を浄化してきました。


だから、
わたしは 人から攻撃されたり 何かされても、怒ったり憎んだり恨んだりしないし、 気にならないです。



だけど 相手の方に 怒りや憎しみや恨みの感情を持っている場合には
わたしの 言動で わたしを怒ったり憎んだり恨んだりしてくるのです。


それは
わたしの内側にないものは わたしは感じ取ること、思いやることができないからなのです。



相手の立場になる。。。


わたしは、
憎んだり恨んだりする人の立場になって考えることができないのです。


憎むとか恨むという発想がないから そういう人たちを思いやることができないのです。


配慮ができないのです。。。



そういう配慮が出来る人というのは
憎しみや恨みが根底にあるからこそ、できることではないのかなあ と思うのです。



『人から恨まれたくない』という気持ちがある人は 気をつけます。


だけど 根底に『恨み』がないから『恨まれたくない』という発想が湧かないのです。

すると 相手は 自分を軽んじてきた。。。と、思うようで 憎まれたりします。。。

まあ、
まだ わたしに この学びがあるから 憎まれたり恨まれたりするわけですが。。。




なぜ わたしがこのようなことを書くかと言うと



憎しみや恨みを持っている人は
『憎しみや恨みを持っていない人はいない』
と 思い込んでいるからです。



誰もが 自分を普通だと思っています。


でも 現に、自分が持っている感情を持っていない人間がいるのです。


また、自分が持っていない感情を持っている人間もいる ということです。



地球は そんな人たちの学びの場です。



それが 個性です。



この地球で学ぶために生まれてきているのに

その感情は自分に持っていないからわからない、素通りしていい と思わないでください。



自分にはないけど、相手にあるものを認める、受け入れる努力をしてください。


現に、わたしはこれで苦労しています。

ないから。。。

怒りや憎しみ、恨みの感情を持っている人を受け入れることをしていくと、 世の中が よくなっていくんだと思うのです。




自分の内側にまだ、怒りや憎しみ恨みがある人は その感情を受け入れてください。


また、自分の内側にその感情がない人は どうぞ、目の前の相手のそんな感情を受け入れ、認めてあげてください。


受け入れ、認めるということは
配慮するということです。


相手を怒らせないように、憎ませないように 思いやりを持って、接するということです。


その根底にあるのは、恐れでなく、愛であることを忘れないでください。



わたしも まだまだです。



わたしの配慮が足りないばかりに 怒りをかったり 憎まれてもいます。


怒りをかったり、憎まれてしまうことは 自分を傷付ける行為です。



自分を大切に思うなら、配慮する人になりましょう。