わたしたちは、正義感というものを持っています。

自分の家族や仕事仲間や友達が間違っていることをしていると知った時に あなたならどうしますか?

最近では、告発をしたり、内情を暴露する人が増えていますね。

自分でどうにかできないから
自分たちが秘密にしてきたことを、世間にばらして 公にします。

病院内部のことや家族間のことなど。。。

古い話しでは、
若貴兄弟(相撲)のことや 最近では、佐村河内氏のことが挙げられます。

兄弟間のことをわざわざ、世間に暴露する。

仲間としてやってきたことを 自分だけいい子になって 世間に暴露する。

された方はたまったもんじゃありません。

暴露された挙げ句、信頼していた人に裏切られるのですから。。。

正義感のある方は、正義を盾にして、人を裏切る行為をしてよいものなのでしょうか?

間違った考えを持った人は、
この世の正義に背いているのだから 裏切られて当然なのでしょうか?

世間にさらされて当然なのでしょうか?

今の風潮は、そうですね。。。

その問題が持ち上がるということは

自分たちだけで解決しなさい

ということです。

当事者間での話し合いなり、解決策を練るために起こっていることなのです。

元々、この世の利にかなわないことは
宇宙の法則により、沙汰されるのです。

自分で相手を罰しなくても、沙汰されるのです。

その前に、自分でその問題に真摯に向き合い、仲間内で収めるようにすることを求められているのです。

それをする勇気がないから、世間を味方につけようとするやり方は、フェアではありません。

自分はいいことをしたと思うかも知れませんが、宇宙はそうは、思いません。

その方にも 宇宙の法則が働きます。

よく、やったとは 言われないのです。

内々のことは、内々で解決することです。

また、自分の恥部を出した自叙伝などは、魂的に最も、罪になります。

自分の恥部をわざわざ、世間に知らしめることはないのです。

『自分は〇〇〇だったけど、脱却して 今は☆☆になりました』

ということは、自分さえ知っていればいいことです。

自分の恥部をさらして、それでお金を得たとしても そのお金は、自分のためにならないのです。。。

人間はプライドを捨ててはいけないと思います。

自分を尊敬、尊重するならば 人にわざわざ 言うことではありません。

それは 自分を大切にしない行為なのです。。。

自分を認める行為は、

人に自分の恥部をさらす行為ではないのです。

自分を大切にする、愛する、可愛がる

ということは

相手を扱き下ろして、自分だけいい子になることではなく

相手の立場を思いやり、また 自分の心を思いやり 歩み寄ることです。

その努力をしていくと、宇宙がうまく采配してくれるものです。

自分勝手に、人を裁かない。

人は、人を裁けないのです。。。



人を裁きたくなったら、



自分を見つめることです。


この世界はすべて、己れの心が映す鏡なのです。