ある困難な出来事にぶち当たり、それを乗り越えた人は自信を持つ。


そして 人間の特性から その体験によって得た気付きを人に広めたいと思う。


それを世のため人のために生かしたいと考える。



それは、とても素晴らしいことなのです。


でも そこから、また 落ちるという危険性がはらんでいるということでもあるのです。


そのサクセスストーリーは、人を惹き付けます。


自分もなれるのではないかと希望を誘います。


しかし、それだけではなく、それを羨む人も惹き付けます。


人を羨む感情というのは、その人に憑きます。


結果、波動を落とされます。


自分がやってきたことを生かしたい、世のため人のために生かしたい という気持ちは 純粋な気持ちですが それに その羨む感情がつけられると、純粋でなくなり、人に見せ付けたい、自分はスゴい人間だと見せ付けたいという気持ちに変わります。


自分はスゴい人間だという自負心は人をごう慢にします。



だから


ひとつ乗り越えても 世のため人のためと、表に出さない方が身のためです。

ひとつ乗り越えて転落するのは、そういうことです。


転落しないためには、言わないことです。


本当に、世のため人のためと考えるならば こっそりやればいいのです。


憑かれない努力はもちろんです。


憑かれること承知でするのは、自分を大切にしていない証拠です。


わたしは、ひとつ、ふたつ乗り越えた道中の時は、魂がガラス細工のようでした。


人にさらすことはできなくて また、ふいに傷をつけられることも少なくありませんでした。


わたしは非常に敏感なため、それがわかったので 助かりましたが みなさんも同じなのです。


ひとやま、ふたやま辺りは 敏感なのです。


だから よけいに傷つけられないように、自分を大切にして 隠しておくことも大切なのです。


自分の魂は自分しか守れないのです。




最近 他者のサクセスストーリーを目にするので書いてみました。


魂がガラス細工のように繊細になっているのに、自分を省みず、 自分の体験で人を癒したいという人が後をたちません。


なぜ そんなに、自分の生きざまをさらしたいのか。。。

なぜ そんなに、自分の魂をさらしたいのか。。。



人を癒したい気持ちは純粋ですが


その自分の純粋さに酔っている気もします。



自分の心は美しい。

自分の心は愛に溢れている。


見てみて〜と言わんばかりに、羽を広げて、好奇の目を招き入れる。


そして、沈む。。。



その繰り返しをしている方々は多いですね。



スピリチュアルに目覚めた方は、目覚めたからと、自分のエネルギーを振る舞う。。。


人に憑かれるほどの低いエネルギーを 振る舞うことほど、迷惑なことはありません。




本当に、世のため人のためを願うなら


人に憑かれるようなエネルギーを提供すべきではないのです。



人に憑かれる、憑かれやすい ということは、自分のためにも言えることではないのです。


それを 自力で防ぐ、直すことができてこそです。



人に迷惑をかけないように、世のため人のために動ける人になりたいものです。