自分を愛する、ということがわからない人がいます。


それは 痛みに鈍感だからだと思うのです。



わたしも かつて、

わたしはストレスなんて無縁だわ!

と言っていた時期があります。



また、どんな楽曲を聴いても どんな映画を観ても感動したことがありませんでした。


『感動する』ということがわかりませんでした。

また、『感謝をする』ということもわかりませんでした。


ありがとうございます と言うことが 感謝をすることだと思っていました。



だから いつも、お前は心がない!思いやりのかけらもない!と叱られてばかりいました。



これは すべて、ハートが閉じていたからです。


それを知らなかったから、叱られていた。。。



今なら、わかりますが 当時のわたしには理解ができなかった。。。

当たり前です。


ハートを閉じてしまうような躾をされて 心がない思いやりがない と言われていたのですから。。。


ハートというものは、あまりに辛い出来事があると 感じないように閉じてしまうのです。

そうやって、身を守るのです。




ハートを開くって大切です。



どうしたら ハートを開くことができるのでしょう。



それは 自分が好きだなあ と思えることを思いっきりすることです。


でも 理性があると、なかなかできない人も多いでしょう。


また、好きなことが見つからない。。。という人もみられます。



趣味がない。

何をしたら良いかわからない。




本当は やりたいことは山ほどあるのでしょう。


だけど 自分で自分に制限をしているのです。



最初はどんなことでも勇気がいるものです。



結局は 勇気 なのです。


勇気がないと何もできません。


そして それをすることの責任です。



何か、それをすることの責任を取れないから勇気が出ないのです。



わたしたちの人生はすべて、責任がついて回ります。




結局 自分を愛する、ハートを開くことは
自分の行動に責任を持つことなのです。



気持ちが浮いて、ハメを外しても その行動に責任はついて回るのです。



自分が好きだなあ と思えることを思いっきりするにしても 責任はついて回ります。


だけど そこを越えていかないと 自分を愛することはできないのです。



自分を愛するということは、自分の行動に責任を持つことと隣り合わせなのです。




わたしは 自分を愛することに一生懸命な時は、人を傷付けていました。

そして その度に責任を取ってきました。


でも どれだけ人を傷付けても わたしは自分を愛することをやめませんでした。

その度に、責任を取ってきました。




そして 今の自分がいます。