自由になりたい!ってよく、言われます。



そして やっと、自由になった!という人の話を聞くと 違うなあ〜 と思うことがあります。



自由って無制限であることではないのです。



時間が守れない人が 時間を守らなくてもよい生活をすることが自由ではないし


苦手な人と話をしなくてもよい生活をすることが自由でもないし


今まで、お金に困っていた人が必要なお金を手に入れたから自由になるワケでもないし


自由な時間がない人がやっと少しの時間が手に入れられたからといって自由ではないのです。




心の縛りがない状態

それでいて

やるべきことがわかっている状態 であることなのです。



日常において、知り分別がきちんとあって 尚且つ、人を想いやる心があって 心に縛りがないことを指すのです。




時間が守れなくて人に迷惑をかけていたり


好き嫌いが激しくて 人に迷惑をかけているのは、論外です。




人として きちんと生きてこその自由です。




確かに 今は、いろいろな個性を持ったお子さんが生まれてきています。





人とうまく接していけない人も増えています。



挨拶ができない。


じっとしていられない。

あたりかまわず、声をあげる。


言葉をしゃべるのが苦手だ。




だからといって できないことをほおっておくことではないのです。


良いところだけ伸ばしてあげればよい。

と言われますが

そもそも、良いところっ何ですか?




記憶力だけ抜群に良い、発達している。


絵を書くのが天才的に上手い。



それでも そこだけを見ていくだけでは片手落ちなのです。



だって、生きているのですから。




生きるって 人として生きることなのです。



この地球に来たからには すべて 人なのです。



同じ人として生きるのです。



そのために 譲り合い、話し合い、

人と合わせる

ことが、人として生きるということなのです。




自分は〇〇〇だからとか 〇〇〇が苦手だからとか言って 人と合わせないことは 生きていることではないのです。


息をしているだけです。


わたしたちは息をしているだけのために、この地球に来たわけではないはずです。




自由の意味をよく、考えてみてください。





心の縛りをなくして、ゆとりを持つのです。




〇〇〇しかできないと、良いことばかりを伸ばすのではなく


良いと思うことは素直に伸ばし
できないことでは人に合わせる努力をするのです。



心の縛りを解き放って、心を開くのです。



心を開くのです。



それが 本当の自由なのです。