最近のわたしは 主人に 「お前はおかしい」 と言われます。

言われると ムッとはしますが言い返しません。

彼の常識からすると わたしは常識外れだからです。



昨日 わたしは農家のお客さんから白菜3玉大根3本にんじんたくさんいただきました。

それを調理して食べたところ 主人はおいしい!おいしい!と平らげました。

食事の終わった頃、宅配便が届いたので 配達の方に、労いで 白菜2玉と大根1本を差し上げました。

すると 主人が怒り出しました。

「あんなやつにやる必要はない!お前はおかしい!」

お野菜は 土から抜いてきたばかりでとても新鮮でした。
そのため 主人はそれを一人占めしたかったようです。



一人占めしたい人からすると わたしの行為は おかしい!のです。


わたしは 誰にでもホイホイと差し上げます。


美味しいものだったから、特に 新鮮なうちに食べていただきたくて差し上げました。


これは 昔から変わらないのです。

でも 以前は言わなかったけど、最近の主人は言うのです。


以前の主人は我慢していたのでしょうね。

だけど、最近の主人は自分の意見を言うようになってきたのです。

正直、意見されることは好きではないですが 主人が言いたいことを言えるようになってきたのは、良い傾向だと思っています。


自分の意見を言えず、ひねくれていた時よりはマシですから。




人は このように 自分のこだわり、考え、常識を持って生きているようです。


だから わたしの自由さは自分の常識の範疇にないから 「お前はおかしい」になるのです。


一人占めしたい!

という想いは、人や物にたいしての執着です。



あんなにたくさんのお野菜を家族3人で新鮮なうちに食べるなんて難しい話です。

そうやって 差し上げてなくなったら また、新鮮野菜をいただいてこればよいのです。


結局 次にいただけない、入ってこないと思っているから執着するのでしょう。

また 自分からいただきにいくのは恥ずかしいのでしょう。


わたしには恥ずかしいという発想はありません。


それよりも こんなに美味しいのだから みなさんに食べていただきたい想いで一杯です。



はたして わたしのポイポイ差し上げる行為が良い行いなのかはわかりません。


だけど、
農家のお客さんは、頼むでもらって!と言われますし
宅配便のお兄さんは喜んで遠慮なく持っていかれました。


それだけで ありがたいなあ と思えるのです。




神様は 一日に一回は、毎日 ごほうびをくださると 「平等」の記事で書かせていただきました。


それを ありがたいと思って受け取るか誰にも渡したくないと思って受け取るかは、本人次第です。


神様からの恵みを感謝して受け取り それをお返しするのが感謝している者の行動だと思えるのです。