自分が今、ここまで来てわかったことがあるので 書いてみたいと思います。


以前のわたしは 常に 自分を責めていました。

ヒネていじけて責めていました。

ヒネていじけるというのは違いますが 自分を責めるということは、人のせいにしないということなのです。


人のせいにしない代わりに自分を責めていたので 悪いことをしてるわけではないのです。



自分を責める人は人のせいにしない、人に対して思いやりがあるということです。

思いやりが形を変えてしまっただけなんだと思うのです。


自分を責める、って言い方は悪い言い方ですが 要は、自分を律することができるということなのです。


人から

「自分を責めてはいけないよ」と言われて

「自分を責めるのはよそう。自分を許していこう。自分の制限を外していこう」と思うのではなくて、

「自分を責めるのはよそう。自分を愛するために、自分を律していこう」と思うのです。



自分を律することも自分を愛することなのです。

自分を癒し、慈しむことも 自分を律することも、自分を愛することなのです。



以前 わたしは、自分の物差しで人は計ってはいけないと書いたことがありますが 自分を律するのは、自分の物差しで自分を計ることです。

他者を計るならまだしも自分です。



思い込みを手放す、自分を許すということは 自分を計るための物差しを持つことを許されると言うことなのではないでしょうか?


それが草薙の剣ではないでしょうか?



人として生まれたなら、自分専用の剣を持って、自分を律して生きていくのではないでしょうか?


剣を手放したら、人は人ではなくなってしまうかもしれませんね。


かく言うわたしもたまに剣を投げ捨てます^^



もっともっと、精進せねばと心を改め直しました。


自分を責める傾向がある人は 自分を律する剣を持っているということなのです。 

だから、わざわざ その剣を外さなくても良いのだと思います。 


剣の使い方を間違えているだけですね。 



自分を律するための剣です。 

自分や人を責めるための剣ではないですね。