グラウディングできている状態というのを、なかなか言葉で表すのは難しいのですが 地に足をつけているココロモチと言いますか生かされていることに感謝ができていること。。なのかなあ と思います。


自分の自我もそれほどなく、〜したいという想いもなく ただ、生きることに感謝できている状態なのかなあ と思います。



自分の内面と向き合っていくとわかるのですが 向き合っているときは、苦しいのです。


魂の想いに心が押し潰されそうで苦しく辛いものです。


だから そこから逃れたい、早く乗り越えたいって思うわけです。


苦しみがある時はまた、生かされていることに感謝できるよりも自我が強い状態ですので自我がはがされたくなくて必死です。


必死にはがされたくない!としがみついているから苦しいのです。


だから、そんなときは まだまだ、しがみついていたいんだね、と内観をやめることです。


しがみついているのは、まだまだ役割があるからしがみついていたいのです。


そんな自分の状態を知ることですね。


自分の状態を知っていることがグラウディングできている状態と言えるのではないでしょうか?



自分の状態を知ると、自分の力を過大評価もしないので無理なく生きることができるようです。


人に対して無理して奉仕したいとか人に認められたいために役に立ちたいとは思わないものです。

分を知るということです。


自分というものを知りますと、人にあれこれ手は出さなくなるものです。

人に役立つよりも前に人に迷惑をかけずに生きようと思います。


人の手を煩わさないようにしようと努めるものです。



人に対する奉仕は余録でよいとわたしは思います。



それよりも 自分でしっかり立つことです。



よく病気になっから他者への感謝が溢れて、人の役に立ちたい と言われますが、わたしからしたらまだまだ、わかってないな と思います。


本当に感謝が溢れたら、手が出なくなるものなのです。

思いやりは当然あるものですが、役に立ちたいなんて滅相もない。


困っている方に手を差し伸べるのと役に立ちたいというのは違います。


役に立ちたいという想いは思いやりを越えています。


役に立ちたいという想いは欲求ですが、思いやりは無償の愛です。


感謝して、無償の愛がわき上がるのは理解できますが 欲求が溢れるのは理解できないです。


欲求が出るのは、心が満たされない証拠です。


そのように 幾度となく感謝を経験して人は無償の愛がわき上がるようになるのです。


自分を知ること、大切です。



現実を生きるためには、まず 自分を知ることからです。


常に今の自分を知って生きると、無理なく生きることができますよ。