人に気遣いできたり心配りができることは、素敵だと思うけど それが目的で生きるのは違うと思う。


これは わたしの意見。


人のためになりたいと一生懸命になることは素晴らしいと思うけど、それが目的だと疲れてしまうんじゃないのかなあ。。。



だけど 人から認められたい、評価されたいから そこに全力をかける人もいる。



その気遣い、心配りというのは 身に付いているからこそ、だと思います。


わざわざ 何かをしなくてはいけないのではなくて、自然にできてしまうことだと思うのです。



ちょっとした気遣い心配りの話をした時に 「負けた気がするからしない」とか「人から良く見られたいの?」と言われたことがあります。

その発想の低さに絶句しました。



世の中では 学生に受験戦争で勝ち負けを競わせて、社会では気配りを重要視しますよね?


でも それって 家庭内で気遣い心配りを教えることが前提だからです。



家庭内で気遣い心配りを教えずに、受験で良い大学に入れても社会に出たら通用しないのです。


社会に出てから苦労しないように家庭内で教えることは必須だと思います。



意識の低下はそんなところから来ていると思います。