今までのわたしは 導き手、親としての目線で書いてきていましたが 実際のわたしは母親であると同時に 一社会人でもあります。


一社会人としての目線から書くことってなかったなあ〜 と改めて思い直して書いてみたいと思います。


「助けること」でなく「助け合うこと」です。



「助け合うこと」は日常的に生活の中でやっていることだから 特に気に留めたこともなかったのですが、それが苦手な方もいらっしゃるようです。


上下関係はそこそこできるけど、友達付き合いが下手な人がいらっしゃいます。


上下関係ができるが故に 対等な立場でありながらへりくだってしまう、という方がいらっしゃいます。


人というのは誰しも尊敬、尊重されるものです。

そして また 人には、人それぞれ個性があり、認めあっていくものです。


それが 助け合いの精神を生むのです。


私たちは魂的には繋がっていますが 別々の肉体を持ち、存在しています。


その肉体は ひとつとして同じものはありません。


そのため 自分と相手の違いは当然にあるわけですから、違いをまず認めることから始まります。


違いを認めることって 自分のできないことにクローズアップすることではなくて 互いの違いを知ることから始まります。


互いの、です。


自分の個性を知ることは大切ですが それよりも互いの違いを知ることです。


自分のことばかりをわかっていても仕方がないのです。


互いの違いを認めるためには、相手の優れたことを見つけることです。


それが自分と同じなら、同じだ〜と仲間意識が生まれますし

それが自分よりも優れたことなら、スゴい!と誉めて、教えてもらいたい、助けてもらいたい と思うものです。


その「助けてもらいたい、教えてもらいたい」と素直に感じることが 「助け合い」には必要なことなのです。


人と比べて 出来ないがあっても卑下しないということです。


自慢もしないし卑下もないのです。



昨日もメールのやり取りをしていて「45才にもなってこんなことができない。。。」と書いてあったので、わたしの45才の時の日記を彼女に公開しました。

読んでくれたかな?

アホとしか言い様がないわたしの日記です。


出来ない〜って、出来ないことがあるから それを教えてくれる専門の人がいるのです。


出来なくても、頭さえ下げれればよいとわたしは思って生きています。


その代わり、自分の得意な部分を生かせばよいのです。


パソコンが苦手なわたしは すぐにパソコンの先生に泣きつきますし、できな〜いと仕事の書類を放り投げたら代わりに担当者がやってくれます。

できるとこまでは努力します。

すると、誉められます^^
小躍りします♪



完璧じゃなくても良いのです。



わたしは書いてることはご立派なことを書いていますが、元は すっとこどっこいの何でもありです。


どこでも、頭を下げます。

人に対して素直に接します。


出来ることはさせていただき、出来ないことは教えを乞うかお任せします。


それが助け合いではないでしょうか?


まずは 互いの違いを受け止めることですね。


現実を知ることです。


現実を知りたくない想いがあることもわかります。


だけど、知らないと前には進めないのです。



出来ない!って思い込んでいることって 大概が思い込みや憶測であるのです。


出来ないことは出来ることなんですよ〜♪


自分を条件づけないでくださいね。


可能性が詰まっているのですから〜