一生懸命に頑張ってる人に限って、自己価値が低かったり、人を受け入れられない苦しさを感じている。



そんな人に対して、わたしは優しい。


努力している人には優しいのよ。


努力しているから良い悪いという問題ではなくて、努力しているのに報われない辛さがわかるからかな?


実際には、努力していたら報われるのだけど、努力していても その努力を自分が認めていないと、その努力は宙ぶらりんになってしまうものなのです。。。



一方、わたしは努力していない人を見た場合、ワケわかんないの。

言ってる意味がわからないのです。


だから、答えようがなくて言葉が出ないです。



あと、わたしが厳しい態度を取る人は、他力本願な人。


他力本願な人は成長したい気持ちはあるものの自ら動かない人。


他力本願というのは、自分のしなければいけないこと(責任)を人に押し付けてくるのです。


だから、わたしはその人が背負う義務を受ける義務がないわけだから、お断りをするわけです。


そこがはっきりしているから厳しいと受け取られます。



何でもかんでも、人任せでは自分の人生を生きてるとは言えないですよね?




人はそれぞれ役割を決めて生まれてきているのですが、そこに気づかずにあぐらをかいてる人にもわたしは厳しいかもしれないです。


自分のやるべきことって、人それぞれ違っていて、比べることではないのです。


比べて卑下している人や努力している人様々ですが、わからないながらもやるべきことをやってる人には優しいですが、わかろうとしない人は、はっきり言って視界には入ってこないのです。


だけど、自分を誇示しようとわたしの視界に入っていらっしゃる人がたまにいます。

そのような方もやはり、他力本願なんです。
然るべき、順序を守ってわたしの目の前に現れることが筋ですが、そうでない方はお払い願います。


わたしは、ナアナアに出来なくてはっきり口にしてしまうから、怖いと思われてしまいます。




結局 わたしは、わたしから見て わかる人には優しいと思います。

また わからない人は素通りします。

そして、わかってほしいオーラ全開の人には、吠えて威嚇します。



何が言いたいかといったら
努力している人は、何をしなくても努力していることが認められるし、見つけられるよ ってことです。


努力がないと、人からは見つけられないってことです。


努力しずに見つけてもらいたい人は、追い払われるってことですよ。