何か指摘されたり叱られても、何の想いも生ずることなく、笑っていられる、反省のない人たちは 何故、目の前に現れるのか?


自分が彼らをジャッジしているに他ならないから だとは思うけれど、 それが倫理観、道徳心のない人の場合はどう解釈すればよいかといったら
そんな倫理観道徳心のない人たちでもジャッジせずに受け入れることなんだ。



道徳心倫理観というのは意識レベルも関係していて、 元々、意識レベルの低いままで生まれてくる子供がいる。


また 高い状態で生まれてくる子供もいる。


そして それを育てる親の意識レベルにもより、後天的な性格が構成されていく。


また 発達障がい児が多いと言われているが 明らかに一般的とは言いがたいレベルの子供も生まれてきている。




いずれにしろ、誰もが人間として守られ認められるために生まれてくるんだ。



だから ほんと、育てることだなあ と思う。


ジャッジしている暇はなく、育てること。

教えること。



見守る、なんて悠長なことを言ってられるのは、知り分別のついている人に対してだと思うのです。


とにかく、教えること。

これに、尽きる。



これは わたしの持論だが、それは わたしが育てる、教えることを目的として生まれてきているからなのだと思う。


このブログも、よくあきもせずに書いてるなと我ながら思う。


次から次へと、言葉が出てくるから仕方がない。


わたしはグレーゾーンと呼ばれるタイプの人間だと思うのだが、どちらの気持ちもわかるんだ。


それが生かされているのかもしれないと思う。


グレーゾーンでありながらコミニュケーション能力はずば抜けて高い。


それがわたしの最大の特徴です。