自分がこうしたい!こうなりたい!という目的があるならば、きちんと筋道立てて考えなくてはならない。


また それは、感情に左右されるものではなくて ちゃんと ビジネスライクに考えなくてはならない。

そのためには、手放さなきゃ話しにならない感情もあるのです。




内観浄化というのは、自分の内側にある感情と向き合い、手放していく作業です。


人は感情を味わい乗り越えることで成長します。


乗り越えたら、離れていくものです。


また まだまだ、乗り越えられなくて 味わい足りない感情は、離れていかないものです。





人生の目的がわからずに過ごされている方もみられます。


それでも 味わいつくした感情は離れていきます。

そのため 目的はわからなくても目的に近づいているものです。


だから、目的がわからなくても 目の前に起きていることを確実に生きていくと 知らないうちに目的にたどり着きます。




どうやら これからの時代は、目指す目的のために 何をしたらよいか、どう行動するとよいか という具現化する時代に入るようです。


そのため この12月は、最終的に感情の手放しが起こるように仕向けられているようです。




わたしはたまに、自分でもわからない行動をとります。


それは 人に対して追い込みをかけます。
感情を煽るとも言います。


それは どうやら、上からの指示でやらされているのです。


その人の感情の手放しが起きるようにわたしが動かされます。


嫌な役です。
嫌われる役目でもあります。


しかし、それは一度だけ行われます。


二度はありません。


一度だけ行い、相手がわたしに耳を貸さなかったら そこで切り上げます。

あとは、神の采配によるでしょう。


わたしは一度は手を差し伸べるのです。


それは わたしの目の届くところにいる人に対しての責任感からです。


一度は口を開くのです。

説教する、とも言います。


だけど 二度目はありません。


あとは神に委ねます。


そんなお役がわたしにはあります。


わたしはままのままだから。



わたしの声を聞いて 人生の目的に着実に近づいていく人もあれば、
わたしの声を無視して 人生の目的から離れていく人もいらっしゃいます。


仕方がない。


それが宇宙の自由意思というものだから。。。




わたしの声を無視した人は病が離れないようです。


仕方がない。