最近、世間を騒がせている相撲界ですが お相撲はご神事です。


そして 勝負は、相手を讃えるために行われることを知っていますか?


負けを認めることは、自分本来の力に気づくことなのです。


自分本来の姿に気づくから、相手を讃えることができるのです。


負けた相手から讃えられ、とどめをさすことはしませんね。


自分を知ること、自分本来の力に気づくこと、自分本来の姿に気づくことが 本来の勝負の意味なのです。


自分を過信している者は それに気づくまで 力を見せつけられます。


とどめをさされるまで気づかない者は 愚かです。


本来は、勝ち負けではなく 自分を過信しないことに気づくために勝負とはあるのです。


負けることは悔しいことではなく、自分本来の姿に気づく感謝すべきことなのです。


それが 時代が進むにつれ、相手を倒すことが勝つことだとすり替えられ、讃えることが戦いへと変化していったのではないでしょうか?


冒頭にも記した通り、相撲はご神事です。


神様を讃えるためのご神事なのです。


神様を越えるためにするのではなく 神様を讃えるためのご神事なのです。

神様に守られている土俵の上で 勝ち負けを争うのではなく、本来の自分の姿に気づき、目の前の相手を讃えるために、このご神事はあるのです。



神棚には鏡がしつらえてありますね。


それが物語っているのではないでしょうか?



勝負を挑み、勝ち負けを争うことは 相手を敬うことのできない愚か者です。


相手を敬うこと。讃えること。


本来の自分の姿に戻ったら、思い出すでしょう。


思い出してくださいね。

本来の自分の姿を。





今年も一年、ありがとうございました。



ままのまま