なぜ、瞑想をすると良いと言われるかといったら、自分自身を客観的に見ることができるようになるからです。


日本人は特に、共感力が高くて 人の想いに入り過ぎてしまう傾向があります。

また 共感力が高いことが良いと言われることもあるので 逆に、客観的に見ることをあまりしないのですね。


共感力が高いと 人の気持ちに敏感になるが故に 相手の気持ちを自分の気持ちに同化しやすいのです。
結果、相手の気持ち=自分の気持ちになってしまいます。


そうなると 客観的に見ることができなくなって 正常な判断ができなくなるのです。


また 共感されたい気持ちを持つ人は多いです。

だから、好かれたい気持ちのある人は人に共感してしまいます。


人に寄り添える人にないたい。。と言われるヒーラーさんも多いですね。


頼られたい、人の役に立ちたい と思うから、人に寄り添いたいと感じ、より共感してしまうのでしょう。

結果、入りすぎて 自分を客観的に見ることができなくなるようです。



以前のわたしがモロ共感力が高い人間でした。


しかし、内観浄化を経て、客観的に見ることが日常になった今は、人にさほど共感することはなくなりました。


だから、共感されたい人からは わたしは嫌がられます。


共感するようなことを言わないから。
わざと言わない^^
言ってもらいたいんだなあ というのはわかるけど、あえて言わない。
だから、嫌われるの。


共感力高い人は客観的に見る人は嫌いなのです。




この共感力と客観力って相反するのです。




瞑想をして、客観的に自分を見ることができるようになり、本当の自分と対話をしていくと 今まで見えていなかったことがわかるようになりますね。


昨日の記事の日記を書くこともひとつです。




昔のわたしは 共感されたい人間だったし共感力も高かったから、人からは好かれていました。

だけど、共感されても、物事は解決できないのです。

やはり、客観力は必要です。

だから、共感力はなくなったけど 客観力はあるから、まあ、いいかあ〜とも思うけれど、 それではいけないようで共感力を戻していくようになされるようです。


自分の肉体ですが、天の想いになすがままです。


そうやって わたしは使われていきます。