お役目があるということは 人からしたら羨ましいと思われる人もいらっしゃいます。


でも わたしからしたら、代わってくれる人がいたら代わってほしい想いです。

このお役目というのは大いなる存在に遣われる役目を指します。


自分がそのお役をさせていただくときというのは、すっぽりと自分は人なんだという意識が抜けるのです。


自分が、人じゃない存在に変わった感じがします。


だけど 実際わたしは、人間なのです。


それを繰り返すと、自分が偉くなったような錯覚を起こします。


だから、そこで ごう慢になってしまうのです。


そして バカも〜ん!と奈落の底に落とされます。

反省して、人間生活を立て直します。


すると また、お役目があると 意識をすり替えられ人の意識なく動かされます。



そんなことの繰り返しです。



また そんなわたしの存在を疎ましく思ってか挑戦してくる人もいます。


面倒なことはイヤなので避けるのですが、あまりにしつこいと、爆弾を落とします。



現実のわたしは穏やかに過ごしていたいだけなんです。


でも 急に意識の変容があり、お役目意識にさせられてしまいます。


これは 自分では どうにもできないことだから、とにかく 上から目線にならないように 自分を律するより他ないのです。


これはわたしが大いなる存在に遣われているときに起こる現象で 人間的お役目は他にあるのです。


役目というのは、それをするだけの器を求められるものです。


器があるから求められるのでしょう、と言われますが こういうことは、見切り発車されるもので その中で育てられていくものです。


器が大きくなればなるほど、役目も大きくなり際限なくなります。


大いなる存在に遣われる役目というのは、このように魂意識になりますが わたしは人として生きているので、常に謙虚さをもって律して生きていくことを求められるのです。



上に立つということや人を導くというのは、羨ましいことでもなんでもなく ただただ、責任を担うということに他ならないのだと知っておいてください。


責任を取りたくないなら上に立ってはいけない と感じます。


また 自分の行いをきちんと説明できることは必須に感じます。


これが、ありのままの自分を生きるということですね。


こうやって 生きると、自分を律して生きているぐらい楽なことはないことがわかりますよ。


お試しください。