わたしの中の神様
昨日は、久しぶりにいろいろ歩いた。 

最近のわたしは自分のルーツを探っているような気がする。 

そのために 近場だがあちこち回ったのだろう。 


そのせいか、昨夜は 何かが一気に爆発した。 


一見、DVのフラッシュバックのような気がした。 


しかし それは、肉体を着た神には当たり前にあることだと気づいた。 


わたしたちは、「神様」というとどんな姿を想像するだろうか? 


わたしたちは 見たこともない神を勝手に自分の概念で作り上げているのではないのか と感じました。 


清濁合わせ呑む  


神というのは、清濁合わせ呑む存在だと感じるからです。



わたしは 今まで この世界に生きてきて、良いことも悪いことも辛いことも苦しいことも楽しいことも嬉しいことも経験して呑み込んできました。 

呑み込んできたのです。 

だから、わかる。 





神様のことなんて、自分が経験したことを呑み込まないとわからないのです。 


なぜなら 自分の心の中に神様がいるからです。 




自分の目の前に起こることはすべて 内側にいる神様が映し出してくださっている。 


そう思います。 



どんな自分も呑み込む。 

どんな自分も許している。 


だから、外側の自分が体験できるのです。 



内側に神様がいるから体験できるのです。 





あなたはこの世界でどんな体験をしていますか?



あなたの神様はどんな自分を映し出してくださっていますか? 



いつも内側に神様が居てくれてくださるから体験できる。 


それが幸せということだと思います。