本物のおもてなし?あれこれ

頼めばやってくれるけど、 頼まなければ気付かずやってくれない。 

というのは 


お金を払えばやってくれるけど、お金を払わなければやってくれないということにも通じると思う。 


親子関係、師弟関係では、気づかない、気がつかない人には、上の者が教えます。 

 



気づく人は気づかいのできる人。 


その気遣いをお金をもらわなければしない、やらないというタイプの人がいます。 


本来、気遣いは思いやりなのだが、そこにお金を支払う人がいるからそのようなタイプの人も出てくる。 



世間的には『おもてなし』がそのように利用されているのが現状ですね。 




手なづける、手なづけられることに馴れている人は気遣いを欲しがる。 


手なづけられることに馴れている人は気遣いや思いやりを欲するし、人にたいして気遣いする人はそれで人を手なづける。 

そんな共依存の関係があります。 


今まで手なづけてきたから 次は逆の立場になり、人を手なづけていきたいと考える人もいます。 


そんな人の元には、同じような人が集まるのです。 


しかし そんな関係に最近では異変が起きています。 


それは 手なづけられない人。 


気遣い、サービス、金銭的なものを嫌がる人がいます。 


それは それまでに手なづけられてきて嫌な想いをしてきたからでしょう。 

だから そういった気遣い、思いやりから離れた生活を送りたいのです。 


見せかけの気遣いや思いやりはいらないのです。 

本物が欲しいのです。 


しかし 本物と偽物の区別がつかないのです。 




気遣い、思いやりといったものは、気付きの一種であり神様からの愛でありギフトです。 



そのため それを知るために、自分の内側を見つめるように促されている人が増えています。 


目の前の思いやりが本物か偽物かわからない。 


本物にこだわる気持ちが資本主義を崩壊させていきます。 


人は本物にしかお金を使おうとしなくなるから。 


そんな風潮がありますね。


でも まだまだ、物で人を釣ろうとする人も見かけます。 


気遣い、思いやりがわからない人は騙されます。 


でも わたし、個人的にはわかって騙されてます。 


本物でも偽物でも思いやりには変わらないから^^ 



わかっていれば良いと思います。 



本物でも偽物でもこだわらない心が穏やかな生活を送る秘訣かなあと感じます。