人というものは、まず 自分の器を知って、それに見合ったことを続けていくことで、自身を鍛えていけるし評価もされていきます。 



しかし、知識も知恵もありながら、個人の利益のためにしか使っていない人達がいらっしゃいます。 


世のため人のために使ってこそ活かされるのに、世のため人のために活かさないため、幸せにはなれません。 



また、無知のままでは幸せ感じて生きてはいけない。 


最近では、想像力のない人は少なくありませんが、それは無知が原因ですね。 

学ぼう、知ろうという意欲がないからコレをしたらどうなるかという想像力がないのです。 


独身で生きてる分には差し障りないかもしれないですが子供がいる場合には問題になることが多いですね。 


魂的には、自身を学ばせるために子供を生む選択をするのでしょうが、そこを理解できないし知ろうとしないから始末が悪く、結果、生まれた子供を育てられなくなり放棄します。 


そんな悲惨な状況下に居る人の話を聞くのも少なくないです。 



しかし、知識も知恵もありながら、個人の利益のためにしか使っていない人達の方が無知な人よりも罪は重いと思う。


無知な人には教えることができるけど、知識も知恵もありながら、個人の利益のためにしか使っていない人達は、自覚があっても世のため人のために働こうとしないのだから、無知なことよりも大罪なのだろう。 



『自分の器を知って 自分が出来る事を粛々とする。その事に徹すること。』 



肝に命じようと思います。