わたしがいつもブログで書いていることは家の中でも日常的に話しています。 


わたしは神様を身近に感じて生きていますがソレ同様に人との関係も近く垣根があるようでありません。 
昨日、書いた礼儀についても それは、親しき仲にも礼儀あり、の意味が大きく、親しい、が前提なのです。 

そうです。わたしは、親しくなったら垣根はなく、家族同様に接します。 

接しますというより接してしまいます、と言ったほうが良いかもしれません。 


それはわたしが日常的に神様事を話したり行ったりしているからかもしれません。 


制限されることに対して拒否反応を示してしまうので予め自分の正体を暴露しているのです。 



神様事のことでも原発のことでもタラタラと喋りだします。 


家の中だと、母親として過ごしていることが多いですが、何をしていても降りてきたらそのまま話すし、動き出します。 


自由です。 




人と交流を持つということは、ありのままを生きてるわたしにとって、ありのままを出せる場所を広げているだけで、もっともっと広げていきたいなあと思ってます。 

ブログを読んでいただくことで、わたしの日常を感じて欲しいです。