わたしは神に遣われる身だから 神の御意思に従います。
ただ わたしは、それに遣われるだけなのです。
神に遣われるだけのわたしから発せられる言葉は尊いものです。
しかし それをいい加減に扱われると憤りを感じます。
尊いものだからです。
わたしが憤りを感じたら、神々はそれ以上 わたしを動かさなくなります。
神々のご意思でわたしを動かさなくなるのです。
そうやって わたしは神々から守られています。
媒体であるわたしを労り助け続けてくださるのです。
ありがたいです。
媒体であるわたしの体が壊れたら神々の降りる先がなくなってしまう。
そのため わたしは守られる。
その想いを感じているから わたしは、また 立ち上がれるのです。
神々との信頼関係があるからわたしは生きていけるのです。
そうやって 神々が一見さんお断りしてくださるのは、とても心強いものです。