極めることが好きなわたしは、ある道を極めている方とお話しさせていただく機会がありました。 


わたしから連絡を取り、会わせていただいたのですが、挨拶もソコソコに、自分の元には技を盗みに来る人もいるので間口を広げていないからあなた(私)はとても運が良いですよ、と言われました。 


そして、あるキーワードで検索するとその方が極められているものを盗んだ方々のHPに誘導されるともいわれました。 


しかし、わたしはまさに、そのキーワードでその方にすぐ辿り着いたので 他の、とか偽物とか言われてもまったくピンとこないまま、その偽物さん達にたいしての想いをひとしきり語られてからの本題に入りました。 



本物と偽物。


道を極められている方なら偽物が出たとしても動じることはないと思うのですが 実際の所、その偽物に引き寄せられてしまう方々が多数間違って世に出てしまうことを嘆いておられました。 


その偽物に引き寄せられてしまうのは、偽物に引き寄せられてしまう因を持っているからで それは自ずの鍛練でしかないもので他人が嘆いても仕方ないようにわたしは思います。 


それよりも 自分の道をより極めていくことが世のため人のためになることだと思います。 


その道を極めている方に申し上げるのは畏れ多いことでしたがわたしの考えをお伝えさせていただきました。 


その後 わたしのことを訊ねられたので、細々ですがと前置きしてお話しさせていただきました。 


そうしたら 少し安堵されたようでした。 



想いはひとつなのだと感じました。 




目に見えて良くないと思われるような事が起きていても 思い煩うことなく自分の道を進むだけなのだと思います。 




これからは、その方にその道を教えていただけることになりました。 



自分のまま、ありのままのわたしの姿を素直に出すわたしにその方は驚いてみえましたが、どんな時も高らかに思い煩うことなく歩んでいこうと思っています。 




とても、有り難い有り難い出会いでした。 





《狭き門》

狭い門からはいりなさい。
滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。

そして、そこから、入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

にせ預言者たちに、気をつけなさい。

彼らは、羊のなりをして、やって来るが、うちは貪欲な狼です。

あなたがたは、実によって、彼らを見分けることができます。

ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから、取れるわけがないでしょう。

同様に、良い木は、みな良い実を結ぶが、悪い木は、悪い実を結びます。・・・

こういうわけで、あなたがたは、実によって、彼らを見分けることができるのです。




イエス・キリストは、

「まことの救いは、人目につかなく、地味で目立たないところに、入り口がある」

と言った。 





間口を拡げることなかれ。