昨日、読んでいた記事にこんなことが書かれていました。 


『魂経験を積んで修行みたいにして感覚を獲得した人の言葉は重いんですww
だから、たぶん、そういうのは、地球レベルの超偉い、達観した人の語り。』


この一文を読んで、まさにわたしだわ〜と思いましたが、そう体験をしてない人は、いくらわたしが声を大にしてもわからないということだなあと感じました。 

体験しないとわからないもので。


体験を怖がっていたりその必要のない人には届かないものなのだなあ〜 



愛とは相手の幸せを願うことです。 

がんじがらめにしたり自分の思い通りにしないもので相手の意思を尊重すること。 

相手の意思、それは表面的なものではなくて、深いところにある想い。 

それは相手を推し量って推し量ってこないとわからないものです。 


相手の信実をわかる、ことかもしれません。 


たいして交流ない相手の気持ちは読めるものでもなく深い付き合いするからわかるものなのです。 

表面的な付き合いしかしない人には出来ないものなのです。 

そういうものと捉えると良いでしょう。 


それ故、相手の意思を尊重するということは、相手と深い付き合いをしないと出来ないものかもしれませんね。 



相手の幸せって何なのかを突き詰めて考えることをしてきたわたしだからこそ言える言葉です。 

わたしは内観ばかりしてきましたが、相手の幸せを考えることも同時にしてきました。 


だから、愛を発揮することが出来るのだと思います。 


自分の愛を発揮したいなら、相手の想いに耳を傾けてみてください。敏感になれということではありません。耳を傾けるということです。